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皆殺し


 勇者はまたビーチの守護に戻って行った。


 ヌーディストビーチか。本当にできたらいいな。勇者に期待しよう。海で遊ぶ女性たちを心の目でヌーディストにして勇者の理想を疑似体験していると、水着を購入したブレア達が登場した。


 ああ…………俺にはヌーディストビーチは不要だ。あったらあったで邪魔じゃないけど、無くても全然問題ない。だって3人ともこんなに綺麗なんだもん。

 隠れてるってのも逆に良い。いや、隠れてなくても良いんだけど。


「ほらっ、とっとと感想を言うのです」


 水着姿の魅惑のアルマが俺に命令する。これはたまらない。


「好きです」


 ドキドキする。これが恋……。


「それは性的興奮よ」


 ブレアが端的に訂正してくれた。助かる。


「だな。えっと、すごく綺麗です。みんな抱きしめたい」


「お断りなのです」


 唾を吐くアルマ。


「格闘かっ?」


 格闘だよと言えば抱きしめられそうだが破壊のスキルで消滅させられる恐れがある。


「今度ね」


 えっ。


「さあ、泳ぐのです!」


「ボールだっ! 岩だっ! クラーケンだっ!」


「クラーケンはいないでしょうね」


 そんなこんなで3人は遊び始め、俺は自主的に荷物番かつ監視員をかって出た。まずは眺めたかったので。


 3人ともすごく良い。すごく良いんだけど、どうしても海の上を走りまわる勇者が邪魔。あいつ沈まないかな。何かの拍子に沈んで、何処かへ流されていかないだろうか。



 その日はビーチで水着を堪能し、上の下の宿の料理に舌鼓をうち、ふわふわのお布団でぐっすり眠った。間違いない、ここが楽園だ。



 そうして、何日か経った。街中で買い物をしたりしていても勇者に会うし、ビーチに行けばそのたびに勇者に出会う。そして毎度必ず話しかけてくる。

 割と気さくな奴で、最初はエロ本の怨みからイライラしていたが、いつのまにか普通に話すようになり、最近では街のおすすめスポットやちょっとした冒険譚を聞いたりなど、仲良く接するようになってきていた。


 ビーチでの勇者の人気は絶大だ。さすが守護神。勇者がこの街にいる時に海難事故が起きたことはないそうだ。とんでもない男だ。尊敬に値する。


 その話を聞いてからは俺は溺れる女を助ける野望は捨てた。偉大な先駆者の築いた安全なビーチに茶々を入れるようなことはすまい。ただ眺めるのみに集中するのだ。ステキな仲間を。見知らぬお姉様方を。


 そして見ていて気付いた事がある。


 勇者は博愛主義なのだ。生きとし生けるものみんな等しく性的に大好きなようだ。具体的には両刀だ。男も女も等しく性的な目で見てる。

 もしかしたら人類以外もいけるんじゃなかろうか。だとしたら正しく勇者だな。


 仲良くしすぎるのはやめよう。危ないところだった。



 ある日、4人で夕食をとろうとレストランを訪れた。たまには宿以外でも食べようという話になったのだ。そしてそこには当たり前のように勇者がいた。もはや空気みたいな存在だ。


 勇者は女性と一緒だった。簡素なシャツに革のベスト、短パン、ショートブーツと軽装のお姉様だ。緑がかったボブカットの29歳だ。うん、29歳だな。もうすぐ30歳になるだろう。可愛いという言葉が似合う29歳だ。目はくりっとしていて鼻は小さく、ピンクの唇は適度な大きさで可愛さのバランスを維持している。


 俺たちが座った席は2人に近く、会話が聞こえてきた。


「……貴方、いつまでそんなこと言ってるの。もう誰もそんなこと望んでないわ」


「バカなことを言うな。誰かが望んでるとか、望んでないとか、もうそんな話じゃないのだよ」


 勇者の返事を聞いた女は深くため息をつく。


「意地になってるだけじゃない」


「……かもしれんな。だが、これは引いちゃいけない一線なのだ。勇者としてじゃない。男としてだ」


 顔は見えないが、勇者の声に迷いはなかった。


「バカなひと」


「わかってる」


「…………」


「…………」


 沈黙が訪れる。いつの間にやら俺たちは聞き入っていた。いや、なんか面白そうで、つい。


「……そろそろ……墓参りの時期だな」


「ええ、墓なんて無いけどね」


 女はそう言って、ふっと笑う。


「野暮なことを言う。墓が無いのは確かだがな。……墓どころか遺体もな」


「いつか、ちゃんと眠らせてあげたいわね」


 心の底から願っているのだろう。そう感じ取れた。


「…………ああ」


 そしてまた沈黙が訪れた。


 重そうな話だな。女は勇者のかつての仲間か。ドラマ調なので思わず聞いてしまった。観劇にでも来た気分だ。よくある勇者のその後って感じだな。


 盗み聞きしたみたいで悪いので声をかけてしまおう。


「ミスター・ヌーディスト。奇遇だな」


「お、いたのか。ナイスガイ。昼のビーチ以来だな。久しぶりだ」


「それは久しぶりとは言わないんだよ。覚えておくと良い。それにしても此処のメシは美味いな」


「美味いぞっ!」


 メスブタが肉を頬張りながら言う。メスブタにブレア、アルマも勇者とは話すようになっていた。そして俺たち全員、勇者は深く関わってはいけない人種だという事で意見が一致している。


「さすが筋肉の人なのです。良い筋肉を作るには美味いご飯が必要と言ってたのは嘘ではなかったのです」


「ああ、もちろん。我輩は嘘はつかぬ。良い筋肉を育てるためには美味い飯と筋肉を喜ばせる運動だ。そう、心が飛び跳ねるような運動だ、ね」


 ウインク入りまーす。近くの皆さん気をつけて。


「アレもコレも筋肉に筋肉を重ね着してる感じだなっ!」


「ははは。言い得て妙だな。その通り。筋肉とはビーチで最強のファッション──オーバーザシー、シーオンザマッスル、筋肉とは波であるということさ」


「だなっ!」


 脳筋と脳筋が会話すると訳がわからないな。


「ちょっと、紹介してよ」


 1人ワインを口にしていた女が口を挟んできた。可愛いなーと思ってチラチラ見ていたので、だんだん不機嫌になっていく様が見れて面白かった。


「む? ああ、すまぬ。我輩も思わぬ遭遇に心踊ってしまってな。彼女はジーラという。魔王討伐の仲間だ」


「ジーラよ。皆さん、よろしくね」


 感じ良く笑いかけてくるが若干の警戒があるのがわかる。


「そして、こちらが手前からナイスガイ・ニト殿、ブルーオーシャン・アルマ殿、クールビューティ・ブレア殿、灼熱の拳・メテオストライクブースター殿だ」


「ん?」


「どうした?」


「えっと、最後の子の名前が……?」


「メテオストライクブースター殿だ」


「そ、そう」


 常識的な方なのだな。メスブタの名前に全く違和感を覚えなかった勇者はおかしい。


「皆さんは観光でこの街に?」


「ええ、水着の女性を愛でに来たんです」


「それはニトだけなのです。唸るほどある金を使って権力者を跪かせに来たのです」


「それも違うんじゃない?」


「殴りに来たっ!」


 それも違う。


「あれ、俺たち何しに来たんだ?」


 首を傾げると筋肉がずずいと寄ってきた。


「暇なのかね?」


「いやいや、暇ではない。全くそんなことない。忙しい。だからあまり俺たちのことは気にしないでくれ。女性というファンタジーをサイエンスしないといけないのだ」


「ゆっくりできるのは楽しいけど、そろそろ刺激も欲しいわね」


 必死に勇者を遠ざけるも、ブレアはそろそろ本格的に暇になっていたようだった。ブレアには刺激不足だったか。俺は毎日刺激的なのだが。


「殴ってないっ! ああっ! そういえば殴ってないぞっ!」


 今頃気付いたのかよ。そうだよ、お前はビーチで遊んでいたけど特に何も殴ってないぞ。


「じゃあ権力者を虐げに行くのです?」


「権力者って誰だよ……あっ」


 俺たちの視線が勇者に集中した。いるじゃん権力者。


「我輩は権力者ではないぞ。何せヌーディストビーチの1つも実現できない程度の男だ」


 勇者は自嘲気味に笑った。それを見たジーラはなんとも言えない顔でフォローする。


「ジャン、そうは言っても貴方は街の権力者じゃない。議会での発言権もあるし、国への影響力も大きい。ただヌーディストビーチは賛同者が全くいないだけで」


 ヌーディストビーチは支援しないが勇者としては誇り高くあってほしい、そんな様子だ。


「賛同者は全くいないのか」


 多くはいないとは思っていたが全くいないとは予想外だ。


「うむ。我輩も解せぬ。ところで、権力者を跪かせたいなら魔法王とかどうだ? 実は近々、魔法都市に行く予定があってな。良かったら案内できるが」


 渡りに船。別に魔法王を跪かせたいわけではないが。アルマがしたがってるしな。

 でもなー。この街の居心地が良すぎるんだよ。アルマさえ爆発しなければここで人生を終えるのに。



「ビーチも堪能したし魔法都市も悪くないわね」


「えっ!?」


 まだ10日ぐらいしか経ってないぞ。ブレアが乗り気になってしまった。フットワークが軽いからこういう時に簡単に移動できてしまう。もっと此処に根付く活動をすべきだった。水着屋を開いたり、陶芸教室を開いたり。


「たしかに魔法王なら相手にとって不足ないのです」


「マジで跪かせる気なのかよ」


「魔王も勇者も魔法王もみなごろしだーっ!」


 行くことになったようだ。無念。いつ出発かはわからないが残り僅かなビーチの日々を堪能しよう。


 皆殺しだと宣言された勇者は優しい微笑みをたたえ、常識人のジーラお姉さんは引きつった顔をしていた。


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