優しい話が育むもの
6匹の天使を見る。男しかいないのはありがたいが、寂しい。上の12匹はまだわからないが。女の子がいても困るが、いなくても困る。本当に困った。殺したくないけど戦いたい。
妄想でカバーすべきなのか。女天使ちゃんは俺の拷問にも屈せず、耐え続ける。『くっ殺せ』と言い放ち、俺を睨む。侮蔑の視線すら心地よい。
いくら吠えても貴様は囚われの身。ほら、貴様の装備がどんどんみかんの皮に変質していくぞ。いいのか? 高い装備なんだろう? ん? さあ、とっとと悪魔堕ちするのだ。こんな仕事をさせた神にマジギレするのだ。そして魔界村で俺の現地妻になるが良い。わはははは────
「ナイトメア」
ブレアが魔法を唱えると身体がビクッとした。反射だ。いつもは俺が対象だからな。無限牢獄ならともかくここで精神崩壊魔法レベル6ナイトメアを食らったら死ねる。
俺の妄想が長すぎたのかブレアは詠唱中から俺を睨んでいた。わかっております。働いております。手は止めておりません。最善の行動をとっております。
戦闘が開始した瞬間、俺たちは結界を解いて部屋の中央まで駆けた。途中、敵から魔法的な光の矢や、物理的な光の矢が飛んできたがメスブタと俺で叩き落とした。
敵の隊長と副隊長は完全な前衛のようで、じわじわとこちらに向かって来ていた。上からの攻撃はない。
部屋の中央でブレアは上方に空間魔法のディメンションウォールを張る。上からの不意の攻撃を防ぐためだ。
アルマも攻撃に参加した。ブレアも言わずもがな、そして先ほどのナイトメアを唱えた。
ナイトメアで天使の1匹が倒れる。その顔は恐怖に歪められていた。どんな悪夢を見ているんだろう。俺のトラウマがフラッシュバックする。ゴブリンとのラッキースケベ地獄、ゴブリンのハーレム……なんて悪夢だ。もう二度とゴメンだ。
かわいそうな天使の仲間達の顔色は変わらない。よく訓練されている。そしてついに前衛の間合いに入った。
隊長はメスブタ、副隊長が俺だ。
隊長は大剣を構える。ここまでの階層でやられてきたデュラハンやゴーレムを彷彿とさせるな。縁起が悪いが本人は気付いているだろうか。
さて、副隊長だ。槍を構えている。カッコいい槍だ。羨ましい。俺みたいに仲間に武器を破壊されたりしないのだろう。恵まれた野郎だ。
槍は鋭かった。研鑽を重ねてきたのだろう。彼の力量は一朝一夕に得られたものではなく、長い年限をかけ、水滴が石を削るかのように少しずつ洗練されてきたのだ。
それを適度な距離を保ちつつ避ける。余裕を持って避けるのではなく、なんとか避けながら反撃の機会を探っている、という雰囲気を醸し出す。
未だ上の奴らは動かない。もう少し均衡が崩れてからか。あるいは眼前の6匹を倒したら出てくるタイプなのか。ボス連戦でげんなりさせるのが狙いのアレか。
メスブタも上手く立ち回っている。スキルを考慮しなければ何だかんだ相手は格上。避け続けるのも良い訓練になるだろう。頑張れ。
「ホーリーショット! なのです!」
アルマの神聖術がザコ天使に飛ぶ。天使に神聖術での攻撃なんて効きそうにない感じがするがそんなことない。魔法も発動してしまえば、ほぼ物理現象だし相手も肉を持った生き物だ。
「くはっ……!」
訳『聖なる射撃なのです』で腹を穿たれた天使は血反吐を吐き倒れた。これで2匹目。
なんとなく分かってきたけどこのザコ天使はたぶんウボウボ天使だ。強さ的にウボウボ。ちょうどこれぐらいだったと思う。んん? てことはこれが外着なのか? なんか普通だな。始めて部屋着を剥いておっぱいを拝見したウボウボ天使ちゃんは元気だろうか。彼女の外着、というか顔が見たい。
まだ敵に動揺は見えない。ザコ天使は残り2匹だ。1匹が遠距離からの弓兵。もう1匹が剣を持った前衛タイプだ。どちらも後衛のアルマが対応している。素手で。やっぱり武器ないのおかしいよ。
そして均衡が崩れた。
「あっ!」
「くっ!」
メスブタが隊長の大剣を叩き折ったのだ。そしてそのまま懐に潜り込み、顎にショートアッパーを放ち、続けざまに足払い、首を掴み地面に叩きつけ、思い切り股間を踏みつけた。
キャーーーー。
これはかわいそう。優しく踏まれるなら嫉妬で頭がどうにかなっちゃうところだが、これは本当にただただ純粋にかわいそう。
「たおしたっ!」
「カリエルト様!」
驚愕する目前の副隊長。この隙を見逃すのも不自然なので、優しく首を刎ねた。俺には他人の股間を踏むような真似はできない。
背後ではアルマのホーリーショットとブレアのナイトメアでザコ天使も片付いていた。
上の連中出てこなかったな。ボス連戦でやる気を削ぐパターンか。
探っていると1匹に動きがあった。隊長──カリなんとか様よりも強いな。
こちらからも視認できる位置に現れ、ふわりと降りてくる。
くそっ、男だ! まただ、また男だ。女天使を捕まえて悪魔堕ちさせて魔界村送り計画がけっこうイケそうな気がしてきているのに。
「強き者よ。よくぞ一つ目の試練を乗り越えた」
仲間が死んでるのに無表情で褒め称えるとは性格悪そうな天使だな。それとも謎の技術でどこかで生き返るのか?
「ヒェー、あざっす。おたくみたいなのに褒められっとハンパねぇなって思うっすよぉー。自分ら腕っぷしが強いって村でも評判なんすよ、これなら天使も村八分余裕っすね、ふひひ」
どうだ? イラっとしたか? ありのままの姿を見せてみろ!
「では二つ目の試練だ。今回は特別に三つ目の試練と合わせよう。腕っぷしに自信があるようだからな」
顔は怒ってないけど言動が怒っていらっしゃる。煽り耐性がないぞ。天使って普段煽られたりしないのか。そんなんじゃ変質神と話しただけで簡単に悪魔堕ちしちまうぞ。
合同試練はどうやら11匹をお相手にするもののようだ。上に残る1匹はさらに格上。四つ目の試練は1匹で成り立つということだろう。
敵を逃さずに全体が見えて来ている。流れは悪くないな。
「高い」
11匹を視認したブレアがそう発した瞬間に天使どもは仕掛けてきた。天使が持つスキルまで共有する時間はなかったか。
前衛5、後衛6。後衛は宙に浮く岩場に散っている。
「ブレア、メスブタ!」
危険なスキルを持つ者をメスブタに仕留めさせてほしい、と願いを込めてブレアを見る。
「メテオ、右上の岩場の天使」
それは伝わったようで、間髪いれずにブレアが指示を出す。
「メテオブーストッ!」
メスブタがブレアに指定された天使を仕留める。メスブタに胸を貫かれた天使は体から力が抜け、岩から落ちていった。肉が潰れる音が聞こえてくる。
そして俺に向かって煽り耐性ゼロ天使様が豪華な錫杖を振りかぶっていた。錫杖の使い方、間違ってませんか。よく見ると顔は怒りに満ちている。さっきの会話では我慢したのか。今は攻撃につられて怒りが弾けてしてしまったのだろう。
広げたマナフィールドが錫杖を読み解く。
──相手がマナを持って受け止めた際、錫杖から鳴る音が相手のマナと調和して意識を削ぐ効果あり──
受け止めんなってことね。避けます。精神力が高ければ抵抗もできそうだが。
しゃがむと、頭の上を通り過ぎていく錫杖。しかし、振り切られた錫杖の石突の部分で突きが放たれる。体を反転し避ける。
戦闘を引き延ばす理由もない。残る1匹が気がかりだ。さっさと終わらせよう。相手の武器を考えると精神力を減らすのは少し危険だが、当たらなければ問題なし。身体力に70万のマナを振って、真正面から仕留めにかかった。
拳、特に右の拳に力を集中させ、殴る。単純にして無駄のない一連の動作は天使の顔を捉えた。めり込む拳が骨を砕く。そして、爆ぜた。グロ注意。
え、こんな事になるとは。予想外です。すまない。
振り向くとアルマが結界を張っており、ブレアが安全圏から前衛にナイトメア祭り。メスブタは岩を飛び跳ねて後衛狩り。
ということで、すぐに片がついた。
「やりすぎたかしら?」
「いや、大丈夫だったみたいだ」
やりすぎて残りの1匹がどっかに逃げるのが懸念だったが大丈夫そうだ。こちらへ降りてくる気配がある。
ブレアがその姿を見て言った。
「最後の最後でマナ視スキルホルダーよ。マナ総量180万。なかなかね。さっきの錫杖の130万とは段違いね」
錫杖さんはそんなにあったのか。
降り立つ天使は男だった。おいおい。本気かい? 女天使を出さないまま終わるつもりかい? そんなんじゃあ納得しないぜ? 俺がよっ! 俺が納得しないんだよっ! ちくしょう……っ!
「四つ目の試練だ。私で最後だから安心するが良い。さて、その前に……貴様らは何者だ? 異常に高いマナにおかしなスキル構成……」
そう言いながら少し考え、やっと思い至ったようだ。
「……っ! 貴様らは!」
「あ、お分かりで?」
「無限牢獄の脱獄者だな!」
「やっぱマナ視でわかるもんなんだな」
「そうね、今後も注意しましょう」
「くっ!」
天使は身を翻して上空に戻ろうとするが──
「メスブタ」
「メテオブーストッ!」
その進路にメスブタが立ちはだかり、急停止した天使のすぐ後ろには既に俺が詰めていた。
「ふっ、ここを通りたきゃ俺たちを倒してからいきな」
なんか逆だな。
「……くそ、お前がニトだな?」
「え? はい、よくご存知ですね?」
そんなに神界に名が知れ渡っているつもりは無かったのだが。
「お前か、熾天使ファラニエル様に呪いをかけたのは……くそっ! 俺まで呪うつもりかっ!」
「そんなことした覚えは……あ、あれか」
無限牢獄の武装天使ちゃんか。熾天使ファラニエル様と言うのだな。たしかに『働きたくなくなれー』とおまじないをかけた。でも、あくまでもおまじないだぞ。本当に効果あったのか?
「お前が呪いをかけたせいであの御方は今も部屋でゴロゴロしてるんだぞ!」
「平和でいいじゃないですか」
しかし、こいつのこの余裕。生死ではなく呪いを気にしている。やはり復活するのか?
「ディバインソード!」
俺の一瞬の思考に隙に、天使殿は詠唱なさっていた。いかん。上空には青白い魔法陣が回転し、中心部からは数メートルもの魔法の剣が出始めていた。
「メスブタ、破壊よし!」
「わかったっ!」
しかしディバインソードなる強力無比な名称の魔法はメスブタの破壊のパンチで無慈悲に砕かれた。本当に便利だ。弓とか使うよりメスブタの方が圧倒的に便利。速くて自動追尾で絶対破壊なんだぜ。
「バカな!」
「いやいや」
このタイミングで使うには微妙な魔法だろ。発動から攻撃までのタイムラグがありすぎ。こちらのスピードを見た後で取る手じゃない。
もっとも発動後に魔法自体を破壊される想定なんて微塵もなかったのかもしれないが。
なんか呆然としてしまっているので、メスブタに目で合図するとメスブタは頷いた。
「メテオコンボッ!」
破壊と再生のスキルを使いながら、顎にショートアッパーを放ち、続けざまに翼をもぎ、上空から地面に叩きつけ、落下の勢いもコミコミで両足をねじ込むように思い切り股間を踏みつけた。
キャーーーー。
多分、破壊のスキル搭載アッパーの時点で、顔面が半分吹き飛んで死んでたけども!
そこからのコンボはただ俺のハートを抉っただけだ。
俺も岩場から下まで降りてメスブタに話しかける。やるべきことがわかった。
「なあ、メスブタ……一緒に買い物いかないか? デートだ。デートしよう」
「え、えと、え? な、なんだ、突然?」
「ああ、いや、買ってあげたいものがあるんだ。一緒に選ぼう。次に街に行った時でもさ」
「な、なな、なんだろうなっ! いいいいいぞっ!」
メスブタは頬をほんのり赤く染め俯いている。可愛い。
「楽しみだな」
メスブタに本を買ってあげるのだ。人の股間を安易に踏まないような優しい優しい絵本を。




