ざつだん!
「で、結局90階層のボス部屋はどこなんだろうな?」
神界ホテルに繋がっていたはずの壁をさすりながら誰にともなく呟く。壁にはもう扉があった痕跡など少しも残っていなかった。最悪の罠に引っかかったような気分だ。
「マナの流れが変わってるわ……」
「ああ、ホントだ。手の込んだ事だな」
マナフィールドを広げてマナを検知するとマナが一方向に急速に流れていくのがわかった。
さっきまでは今立っているこの場所が最もマナ濃度の高い場所だったのだが。変質神かセバスチャンかどちらの仕業かは知らないが、90階層のマナの流れを変えて誘導したのだ。
「マナの流れが整ってきたな……」
少しずつ、マナの速度が緩まっていく。
「元に戻ろうとしているのね……こっちよ」
ブレアが指し示した方向へ、再び探索を開始する。
さっきの変質神との最後の会話。咄嗟に出た回答だっだ。
──3人と仲を深めていきたい。それが何より大事。
改めて口に出したことで明確になった俺の中での優先度。ブレア、メスブタ、アルマ。この3人の優先度が1番高い。
そして、現地妻になってくれそうな女性が……3番だな。それ以外の世の中の可愛い女の子たちが4番。変質神はよくわからないから保留。邪神(仮)だ。
2番はヘレンちゃんだ。
いきなりおっぱいを揉んで申し訳ないと思っている。古くから大事にしてきただろうに。それをキチンと償いもせずに脱獄してしまった。そりゃあ怒るよ。
でも、一番優先すべきものを選んだ結果だ。だから悪いがダンジョンは攻略する。ダンジョン攻略は義務だ。アルマ爆発防止のためだ。まあ、これも邪神(仮)のせいなわけだが。
穴の女神はこのダンジョン攻略によって不愉快な思いをするだろう。だが、少しでも彼女が良い気持ちになれるように、コアは丁寧に突こうと思う。丁寧に、そして唐突に、強く……力強く、ガツンと。ダンジョンがビクンッてなるぐらいに。
考えているとアルマが口を開いた。
「さっきの唐突な質問タイムは何だったのです?」
「そうだな……なんか誘導されてる気がしたな。俺たちが疑問に思っている事を見越していたような、変質神が望む事をぼんやりと言うだけのような……まあ、こうやって考えさせてもてあそぶだけかもしれないが。ブレアはどう思った?」
ブレアは顎に手をやり、しばし考えて答えた。
「そうね……もし、収束魔法が災害に繋がるというのなら、ちょっと考えちゃうわね」
「……引け目は感じなくて良いと思うけど?」
そう言うと、一瞬だけキョトンとした顔をして、すぐに真顔を取り繕って話し始めた。
「違うわよ。引け目なんて感じないわ。考えちゃうのは『その災害は、世界が変質すると必ず起こるものなのか。防ぐことはできないのか』という事よ。神々が考えつかなかった防ぎ方を、今この瞬間に私が思いつく。そんなことがあっても良いんじゃないかしら?」
それは途轍もなく難しい事だろう。
創世から今日まで、どれだけの時が経ったのかは知らない。その災害が何なのか、神々が何を考えたのかも知らない。
ただ、変質神の言葉を信じて常識的に考えれば、恐らく数億年以上の時の中でその問題は神々に考え尽くされ、結論が出ている。
禁忌という形によって。無限牢獄という形によって。
「神々の知を超えるのです? ブレアちゃんなら不可能じゃないのです」
アルマは両手放しでブレアを褒め称える。ブレア信者なのだ。だが確かに、不可能とは言えないか。
発想なんてものは、その時々だ。どんな情報を持って、どんな視点で要点をつかみ、何と何を関連付け、どのような基準で形にするか。人それぞれ知っている事も見ているものも違う。
ブレアにはブレアにしかできない思考がある。収束魔法はその成果の一つだろう。
ま、その発想をする事が難しいということに変わりはないがな。永い時を生きた神々と、数十年から数百年程度を生きただけの人間とは前提知識の量が違う。
無いモノを絞ってもアイデアは出ない。俺のように常日頃から沢山のエロ本を読むことが新たな領域への発想に繋がるのだ。
「そうね。不可能じゃないと思うわ。アルマにも、ニトにも、メテオにもね」
「メテオちゃんはないのです」
「ははは。俺も同感だ、と言いたいところだがメスブタは思いもよらない方法で災害を消滅させそうだからな。無いとは言えないんじゃないか?」
「たしかにその通りなのです。大地震に対して殴って止めるという選択肢を自信満々に言いそうなのです。そして止めそうなのです」
「そこまでか」
俺たちが好き勝手に言ってる間もメスブタは死んだ魚の目でゾンビのようにゆらゆらと付いてくる。変質神の小難しい話のせいで頭が機能停止しているのだ。動かないとつまらないな。
なお、道中の魔物は、話しながら俺が適当に退治している。
「4人とも禁忌に触れてるんだからな。今後も色々事件は起きそうだな」
「そういえば世界を変質させないための禁忌という仮説が正しいのならメテオちゃんはなぜ無限牢獄入りしたのです?」
アルマは指を口に当ててつつ首を傾げた。あざといな。だがそれがまた良い。
「そう言えばそうだな。パッと思いつくのは単純に神候補としてかな。人手……神手が欲しいみたいなニュアンスが会話の節々に漂ってたし」
「後は再生スキルかしらね。死なないという点においては聖女よりもずっと厄介よ。だって自動で再生するのよ。こんなスキルが広まったら世界が大きく変わると思わない?」
「なるほどな。死なないからいろんな無茶もできるしな」
無茶な採掘、探索、冒険、修行、人体実験。王侯貴族とかも『聖女とかどうでもいいから超再生スキル覚えたい』ってなるだろうな。
さて、色々話したが…………結局、さっきの話の意図はわからない。災害の警告なのか。あるいは、俺がその預言者だとして、使えるか否かを判断したのか。少なくとも、俺たちの疑問を解消する『変質神の優しい時間』とかじゃないだろう。
「私たちに世界を変質させたいのかしらね」
「……かもな」
特に俺がその役割を担う預言者だとしたら適任だろう。
アイツらなら、
『飽きた』
『ほんとそれ』
という程度の理由で取り掛かりそうだ。
「なら神々を倒すのです?」
「やろうっ!」
メスブタ起動。今回の起動キーワードは『神々を倒す』だったのか。死神を倒したいんだもんな。
正直、俺にはやる理由がないが、優先度1のメスブタがそう言うならお付き合いするしかないな。もっとも、その前にそうさせない方向へと誘導したいが。
「神々はまだまだ難しいな。アバドンちゃんを完全消滅させるのも難しいし、そもそも倒すのだって4人がかりの予定だ。神界には神々がたくさんいるわけだから、数でも負ける」
「とりあえずはダンジョン攻略を続けましょう」
仮に変質神が本当に俺たちに世界の変質を求めるとしても、まずはダンジョン攻略を求めているのだから、そこから着手しよう。
「そうだな、ブレアの言う通りだ」
そう言って振り向くと、微笑を湛えたブレアがこちらを見ていた。なんで笑ってるんだろう。その美しさに思わず息を飲んでしまう。
「ブレアちゃんの言う通りなのです!」
そして、アルマが頷くと同時に青い髪が揺れる。
美しい女たちが俺の仲間なのだ。ちょっとだけ預言者という謎ワードにモヤっとしていたが彼女たちの美しさで気が晴れた。ありがたい。
そう思いながら桃色美少女を見た。
「経験値っ! 強い敵っ! 卑しきメスブタっ! 全てを破壊だっ! 破壊せよっ!!」
満面の笑みのメスブタは素早く小刻みにステップを踏み続けていた。あまりの速度にその可愛い顔は残像のように分身していた。
さっき『動かないとつまらない』とか思ったけど撤回する。速すぎ。
「えぇ……なにこれ……こわい」
俺のささやかな呟きはダンジョンの壁にぶつかることなく空中で霧散した。
そして、しばらく歩き、おそらく本物であろう90階層のボス部屋の前に到着した。今度はちゃんとボスがいますように……。




