崩壊
女の子は高らかに名乗りを上げた。
「我はアバドン。奈落の底で滅ぼす者なり!」
「あ、そうなりか……」
しまった。またしても語尾がうつってしまった。どうも語尾が『なり』だと弱い。
「がはははは!」
女の子が高笑いする後ろでデュラハンがユラユラと佇んでいる。なんだこれ、どうしたらいいんだ。戦えばいいのか?
「アバドンさん、あの──」
「否っ! アバドンちゃんだ!」
ビシッと天を指差し訂正された。なぜ天を。
「は?」
「ふっ……アバドンちゃんで良いと言うておるのだ。何せ転生したての幼子であるからな」
転生したてか。てことはアバドンちゃんは前に死んでいるのか。俺の知り合いのようだが、知っている中で死んだことがあるアバドンは一匹しかいない。というか知っているアバドンが一匹だ。
「あ、やっぱりバトゥールの最下層にいた方ですか?」
見た目も全然違うし、名前以外に共通点はないが。マナ総量が300万の化け物アバドンがこの女の子ということか。
「うむ。我こそはアバドン。深遠であり奈落である。破壊する者であり、滅ぼす者である」
「あ、そうですか。二つ名が定まらないですね」
前に会った時は奈落の王だったと思う。
「奈落、破壊、深遠、滅ぼす、この4つの内いずれかのキーワードが使われていれば我の二つ名として成立するのだ。便利な世の中よの」
アバドンちゃんはしみじみと目を瞑り頷いた。
「待てっ! 破壊ってなんぞねっ!?」
メスブタも語尾が壊れてるな。このままじゃみんな語尾が崩壊するぞ。
小さなアバドンちゃんは下から俺たちを見下ろすように腰を反り、ドヤ顔で答えてくれた。
「我が肉体に接するものは全てが崩壊するのである!」
皆が息を飲む。なるほど……つまり
「それってメスブタの下位互換じゃない?」
みんな頷いてくれた。だよね?
「な! なんだとぉ?」
「アバドンちゃん、落ち着いて聞いてほしいなり。たしかに君のマナ総量はすごいズラ。でもメスブタのスキルでの破壊はマナフィールドに触れただけで機能するんでゲス。肉体に接する必要はないんだポヨ」
神界ホテルの非常階段で虫を触るのが嫌で進化したのだ。
「なにぃ?」
「さらにだ。彼女のスキルは自己再生まで兼ね備えているにゃん。致命傷すら復活させる『破壊と再生』というスキルなりよ!」
「なんだとぉっ!? すごいな!」
アバドンちゃんは素直に感心しているようだ。メスブタはテレテレもじもじしている。
て、違う違う。そんな話をしたい訳ではないのだ。
「話が逸れに逸れまくったけど、アバドンちゃんは此処で何を? 倒さなきゃ進めないとかでしょうか?」
「ふっ! ふふ、がはははは! 我は地獄の鍵ぞ! 転生したが故に強さは未だかつてのそれには至らぬが、このような浅い階層で挑戦者を阻むことはあり得ぬ! 片腹痛しっ!」
人類最高到達階層は過ぎているがアバドンちゃん的には浅い階層か。そう言えばあっさり過ぎてたな、人類最高到達階層。気にしてなかった。
「地獄の鍵さんでしたか。先程の4つのキーワードが含まれておりませんが……とにかくアバドンちゃんはこの階層のボスではないと。そちらのデュラハンを倒せば通って良いのですか?」
「うむ! そうだ。で、我の話に戻るが、我は人間界と神界の狭間を守護する最強兵器なのだ! さすがに我ほどのマナ総量があれば容易く転生するしマナ記憶から肉体への意識転写も容易だ。マナ総量は減るがな!」
なぜ自分の話に戻った。お前の話は終わらなかったか? 前にあった時はもっと武人な感じがしたが、精神年齢が肉体年齢に引き摺られているのだろうか。
あ、重大なことに気付いてしまった。
「そんなことより……性別変わってませんか?」
「それ大事なのです?」
アルマは呆れ顔だが、こっちだって呆れてしまう。これは大事なことだろう。
「アルマ、わかってないな。とても大事なことだ。アバドンちゃんの話だとマナ総量が転生に関わるようだから俺たちだって他人事じゃない。アルマも万が一、転生して股間に生えてたらびっくりするだろう?」
「なっ、大事なのですっ!」
一転して真剣な表情でアバドンちゃんに向き直るアルマ。
アルマの真剣さにアバドンちゃんも答えてくれる気になったようだ。いや、何でも喋りたい年頃なのかもしれない。
「えー、まあ答えるが、転生すると最初は性別どころか種族まで違う可能性がある。まあ、いずれはマナ記憶に影響され魂に刻まれた姿へと変貌するがな。ちなみに我の性別は変わっておらぬ! 前も女だ!」
え、この可愛い女の子が成長するとあんなのになるの? あんなのってのはつまり、ゴリラがイナゴの女王様のコスプレしたみたいな風貌になっちゃうの? そんな感じの風貌だったと思う。
「もったいない……」
素直に出た言葉だった。アバドンちゃんも思うところはあるようで、少し影のある顔で小さく答えた。
「我も女子としてあの姿形はどうかと思うが、強さとトレードオフなのだ」
「そんなトレードオフなら可愛さを選んでほしい。そこまでして戦う世の中なんて間違っている。絶対に間違っている!」
横ではブレアが真顔で俺を見ていた。スルーなり。
「戦いたいっ!」
マジか。俺の願い虚しく、卑しきメスブタ殿は間違った世の中を爆走するご予定のようだ。
ああ、そっか。こないだ俺がアバドンちゃんを断首した時は一撃だったからな。戦いたかったって言ってたもんな。
「メスブタ、落ち着け。アバドンちゃんは最終兵器とのことだ。てことは最下層にいるということだろう。あってますか?」
「いや、まだ本調子ではないのでな。しばらくは修行よ」
「修行中でござったか。こないだ死んだばかりで精が出ますな。メスブタ、残念だが本調子まで待とう」
「うーむむむむむっ! ちくしょうっ!」
メスブタは心底残念そうに言い放ち、デュラハンを力強く腹パンした。メテオブーストで瞬時に間合いを詰めて殴ったのだ。
消滅するデュラハンの胴体。驚愕に目を見開くアバドンちゃん。
「あ、ついっ! すまんっ! なんか、わざとじゃなかったっ!」
急死したデュラハンを思うと切ない。突然消されるなんて、魔物とはいえデュラハンもびっくりしただろう。
いや、石を投げてゴブリンたちの頭を爆散させてきた俺が言えたことではないか。一応『投げまーす』と宣言はしていたが。
「メスブタ、いきなり消すのはどうかな」
「哀れなのです」
「一撃ね」
「さすがメテオ様」
「すごいですね……」
ユリーネがメスブタに心酔しつつある。やばいぞ。このままじゃ俺とユリーネでメスブタの奪い合いだ。そこにレイシャやブレアが参戦して血みどろの争いが繰り広げられてしまうのではないか────無いか。
「弱い奴が悪いのだ。会話中とはいえ油断するなど以ての外。しかも相手が己よりも強者であれば尚のこと」
被害者サイドのアバドンちゃんは寛容だった。向こうが良いなら良いか。助かる。
「では、我々はこの辺で先に進ませてもらいますね」
えへへ、と頭を軽く下げて先を行こうと足を踏み出す。アバドンちゃんは厄介そうだからあまり関わりたくない。
もしかしたら若いうちに倒したり情報を引き出したりする方が良いかもしれないが、向こうだって、関わるほどにこちらの情報を得るのだ。こちらの技や目的など、知られては困ることも多い。それが穴の女神にまで伝われば余計にだ。下手に関わると足元を掬われそうだ。
「しかし、さすが我を倒した者の仲間だな。その強さ、確かに覚えたぞ。いずれまた相まみえようぞ」
そう言ってアバドンちゃんはボス部屋の奥の扉から何処かへと去っていった。強さはともかく、次に会う時もまだ可愛い女の子でありますように。
俺はそう願わずにいられなかった。可愛いは正義だから。




