ニトの知らない世界
今回、聖女の件は置いておいたとして、グルガン攻略の重要な目的が一つある。それは、俺たちパーティが、どれくらいの難易度のダンジョンをどれくらいの労力で踏破できるのか確認するということだ。
このグルガンが俺たちパーティの今後の活動の試金石となる。
変質神のオーダーは一年に一つダンジョン踏破なのでアルマ爆散までまだまだ時間的な余裕はあるが、期限1ヶ月前にダンジョン攻略に着手して、そこで決定的に足りない何かに気付いたのでは間に合わないかもしれない。
まずはさっさと一通りやってみる。足りないものがあるなら早急に対処してリトライ。無事に踏破できたならそれを基準に今後の予定を立てればいい。
もっとも、ダンジョンによって難易度も相性も違うから一概には言えない。
だからこそ、その辺も考慮してしばらくは短期間でダンジョン攻略をこなしていき経験を積むべきだろう。
そうだな。10個ぐらい攻略して本当に余裕だと判断できたなら数ヶ月おきの攻略にしてもいいかもしれない。
いや、それだけ攻略すれば穴の女神も警戒するだろう。踏破するほどに難易度は上がって行くかもしれないな。
頻度が悩みどころだ。やはり、少し余裕は持ちつつも出来るときにやるのが正解だろうか。
そんなことを考えながら薄暗い穴の中を進む。手には石を数個。これが俺の武器だ。変質者スキルで丸くしたり、尖らせたり色々加工している。
「あ、投げまーす」
ヒュッ。
石が空気を切る音。そして、肉が弾ける音がした。全員で進み、ユリーネが弾けた肉を確認する。
「ポイズンラットですね」
「またネズミか……たくさんいますね」
「グルガンの5階層まではネズミとゴブリンばかりですからね。初心者には稼げないダンジョンなんですよ」
「なるほど」
先頭に立つ俺はマナフィールドで罠と魔物の探知をしている。容易に魔物を見つけられるので投擲で仕留めているのだ。
ネズミやゴブリンと戦いたい者はパーティにはいないので投擲が一番早い。
初めは予告なしに投げてしまい、突然破裂したゴブリンにレイシャがビビってしまう事件があった。その際にユリーネが憤怒の魔王になりかけたので、事前に投げる告知をすることにしたのだ。
「あ、また投げまーす」
破裂音。近づくとゴブリンだった。魔物も投擲予告の後に死ぬとは思わなかったろうな。
しばらく歩くと道が分かれていた。
「分岐なのです。どっちに行くのです?」
「えーと……右かな」
「そうね、右だわ」
俺の判断にブレアが同意し、全員で右に向かう。実はマップがなくても大体の道順はわかる。簡単だ。マナが濃いほうへ行けばいいのだ。
通常、希少なマナ視スキルホルダーは街でのお仕事がたくさんあるので、危険をおかしてまでダンジョンに潜ることは無い。まず使えない手だ。
ブレアが見ても向かうべき方向は明らかだし、俺がマナフィールドで接するマナ量を判定してもいい。マナが淀んで溜まっている場所もあるので間違えることもあるが、概ね正しく進めている。
6階層に到達するまでは、ひたすら岩がむき出しの洞窟が続いたが、以降は若干、壁が整備されていた。
穴の女神は神界側の方から掘って作って行くので、潜るほど造りが丁寧になるのだ。
黙々とダンジョンを整備する穴の女神が可愛い。いつか一緒にダンジョンの内装を相談したいな。相手は何億年と一人で穴をいじってきた神だから相談というレベルになるかはわからないが、追いつけるように頑張ろう。まずは会話を許してもらわねば。先は長そうだ。
「おっと、罠があるな」
そこまでややこしい罠ではなさそうだ。踏んだら地面から何かが飛び出す系だな。俺でも解除できる。練習がてら丁寧に罠を解除する。
スピードを考えれば避けるのが一番だ。もしくは壊す。それでも解除しているのは、長い目で見てのことだ。
もっと潜ればそれこそ専門家でないと解除できないものが出てくる。そうなると流石に力技でどうにかして行くことになるが、本当にどうしようもない時に、多少なりともこの経験が活かせればと思ってのことだ。
解除できない罠は諦めてメスブタがおもちゃにしている。
みんなが避けて通った罠に、最後尾のメスブタはわざと引っかかるのだ。罠を踏んでは、飛んでくる矢を掴み、吹き出すガスを拳で霧散させ、現れた落とし穴を飛んで避けている。
こうして罠の効果を見るのも立派な勉強だ。なかなか罠にかからないブタが俺の技術向上に重宝している。
「お、今度はゴブリンじゃないな……オークか」
「オークですね。女性の天敵の」
ユリーネは腹立たしげにオークを睨みつけている。元聖騎士、つまり彼女は女騎士だったわけで。
ちょっと色々考えてしまうな。
「ユリーネさんはオークに捕まったらどうしますか?」
「え、捕まらないとは思いますが……」
「でもほら、オークキングとかオークジェネラルとかそういうのがわんさかやってきてユリーネさんを攫うかも」
「必死に戦いますよ」
「捕らえられるかも……」
ドキドキ。
「そしたら、足掻きますよ。何があっても生きてレイシャの元に帰る。それが私の騎士道です」
少しの揺らぎも見せぬ力強い笑顔だった。
そうか。穢されようが、痛めつけられようが『くっ殺せ』とは言わないのか。女騎士道よりも性騎士道。愛を優先するのか。素晴らしい……。
なんて思ってる裏でアルマがなんか魔法を撃ってオークが溶けた。溶ける魔法とかあるんだな。えげつない。撃たれないように気をつけよう。
「魔物を前に、前衛がサボって談笑とか馬鹿なのです?」
「馬鹿でした、ごめんない」
内容が内容なだけに反省。
「いや、申し訳ない」
ユリーネも力強い笑顔から一転、反省のしょんぼり顔だ。うん、良いお顔です。
オークがいるということはどっかに女の子を閉じ込めた部屋とかあるのだろうか。そんな悲しいお部屋はありませんように。でも、ベッドのお部屋はありますように。
しばらく黙して進む。
15階層に到達した。ベッドのお部屋も女の子の閉じ込め部屋もなかった。複雑。
ここまで所要時間は6時間程度。教会ではそろそろ聖女の不在に気付いたころだろうか。
「教会の方でも騒がしくなる頃かな……」
何の気なしにつぶやく。
「書き置きの効果があれば良いのですけれど……」
そしてレイシャがそう答えた。書き置きを自分から話題にしちゃうのか。レイシャとユリーネの力関係とかいまいちよく分からないけど、ああいう内容も気軽に言える関係なのかな。
意外にレイシャがユリーネをいじったりすることも多いのだろうか。
「書き置きって?」
ほら、ユリーネが食いついちゃったじゃん。いいのかこれ?
「私の不在が判明した時に、少しでも捜索が遅れるように混乱をもたらす書き置きを残してきたの」
おお、レイシャが満面の笑みだ。これは言いたかったんだな。そして反応を見たかったのだろう。変態聖女なのか?
「なんて書いたんだ?」
「ええっと、たしか……『ユリーネが腐っている感じの何かを拾い食いして、ひどい下痢と痔なので治療します。彼女の名誉のために探さないであげてください』だったかな」
俺も覚えてたけどレイシャも覚えてたようだ。『たしか』とか言いながら一言一句違わず。やはり変態聖女だったか。
「なっ…………何を食べた設定なんだ?」
え、そこ?
「聖騎士副団長×聖騎士団長を……」
「そ、それは無理だ! 私は聖騎士団長× 教皇じゃないと許せない!」
「ふふ……まだまだ聖騎士団長が受けの意味がわからないお子様なのね──」
なんてことだ。聖女はたしかに処女ではあるものの、腐った処女だったのか。だからこその写生なのか。俺の聖剣でその形状や魅力を学び、今後の腐った趣味に活かそうと言うのか。
なんとも言えない気持ちに。レイシャは恥ずかしがりながらも興奮して写生に取り組むのか? 俺からの一方通行の攻めかと思いきや、相手も興味津々だったとは。
それだけではない。俺の聖剣が彼女らの今後のスタンダードになるのだ。責任重大じゃないか。
まあ、悪くないか。そういう体験もして損はない。むしろ良い。
というわけでここら辺で耳を塞ごう。ゲリーネとゲイシャの話の続きは聞く必要ないだろう。これ以上は意味がわからないし、俺が分かってはいけない世界だ。さらば。




