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ダンジョンとは深いもの


 ダンジョンとは何か。人間界での一般的な知識にその答えはない。


 誰が掘ったのか。深く広大なその穴は気付けば構造を変えている。いつどのように変わるのかもわからない。

 誰が作ったのか。そこには多種多様な罠がある。なぜ罠があるのか。誰がどんな目的でいつ作っているのかもわからない。

 リスクは罠だけではない。魔物が多数生息しているのだ。それも、なぜか深くなるほど強い魔物が。

 一説には深い階層ほどマナ濃度が高くなるために強い魔物が誕生しやすくなるのだと言われている。

 そして、一定階層ごとに存在するボス。誰かが意図的に配置したとしか思えない存在だ。

 倒せば数日間は不在になるが、一定期間後に復活する。その時に配置されるのは、かつてと同じ者とは限らない。


 それらの危険を犯してでも探索者がダンジョンに潜るのは、それだけの価値があるからだ。

 魅力的な鉱物資源が溢れている。

 地上では滅多にお目にかかれない希少な動植物も存在する。

 神々の涙と称される高濃度のマナが蓄積された泉が発見されたこともあった。

 また、かつての探索者の遺物か、高価な武具や魔道具が手に入ることもある。

 そして、ダンジョン内に突如現れる古代遺跡。いつの時代のものなのか。誰かが暮らしていたのか。それは学者連中の好奇心を刺激した。遺跡の発見だけでも一生遊んで暮らせるほどの収入を得られる。


 ダンジョンというものをさらに複雑怪奇にしている要因に時空間の歪みがある。


 まず、いびつでありえないフロア構造。降っていった先のフロアの落とし穴で上階に戻ることもある。

 そして、場所によって時の流れが変わることがある。過去に戻ることはないが、あるフロアで1日過ごして地上に戻ったら1年経っていたなんて話もある。だからこそダンジョン探索者が行方不明になっても容易には死亡判定されない。俺もきっとまだ死亡したとは記録されていないだろう。



──俺たちは、世界に数多存在するダンジョンの謎を知りつくした限られた人間なのだ。



「そろそろかな」


「そうね、もう見えてもおかしくないわね」


 ダンジョン『グルガン』を目指して俺たちは駆けていた。


 ダンジョンまでは徒歩3時間程度。よく整備された道だ。今のところ誰とも出会っていない。

 真夜中だ。薄ぼんやりとした月明かりだけが頼りの道。常識で考えれば、夜闇に紛れて夜行性の魔物にでも襲われたら事だ。余程のことがない限り出歩くことなどないだろう。


 そんな中、俺たちは走っていた。なるべく早く到着したかったためだ。

 スピードはユリーネがついて来れるぐらいだ。さすがにレイシャは身体力的に着いてくるのは辛いのでメスブタが担いでいた。なお、服装は普通のローブに着替えている。

 本当は俺が担ぎたかった。黒タイツのままで担いで走りたかった。しかし、女性陣からNGが出たのだ。予想はしていたが悲しい。


 レイシャのローブはユリーネが用意していた。彼女はしっかりと二人分の旅支度をしており、その中にはレイシャの服も含まれていた。さすがは百合姉。大好きなレイシャのお世話は何でもしてあげたいのだろう。本当なら今も担いで走りたいだろうに、残念ながらこの中で一番足が遅いのでそれは叶わなかった。


「はあ、はあ、はあ」


 百合姉は全力疾走なので息切れしている。顔も真っ赤だ。とても良い。凛々しいお顔が苦しそうに歪み、それでもなお必死に足を前に出しているのだ。大好きなレイシャのために。もう一度言おう。とても良い。俺が肩に乗せてあげればもっと早いのだけれど、可愛いからこのまま走ってもらおう。



「あの、メテオ様。大丈夫ですか?」


 身長的にはそう変わらない二人だが、メスブタは軽々とレイシャを肩に担いでいた。巨人が悪の魔法使いを肩に乗せるかのように。

 あまりにも不自然な光景で、乗っているレイシャはこの道中で何度も心配そうにメスブタに声をかけていた。


「軽すぎて困るっ!」


 そして毎回この回答である。本当は飛んだり跳ねたり、適当に魔獣を狩りに行ったりしながら移動したいのだろう。そうはさせるか。余計なトラブルを生むのは目に見えている。グリフォンならまだしもフェンリルとか狩ってきたらどうしたらいいかわからない。レイシャを乗せておくのが無難だ。しかし


「やっぱり俺が変わろうか?」


 そうは言っても、俺だって肩に乗せてみたい。お尻の感触を堪能したい。レイシャだって肩幅があった方が座りやすいだろう。


「乗せるならユリーネを乗せればいいのです」


「それはダメだ。見ろ、あんなに頑張っている彼女にそんなこと言えるか?」


「なぜ言えないのです? 不可解なのです」


 愛する女のために全力疾走する女を眺める喜びがわからないとは。

 ああ、でもやっぱり頑張って汗だくの彼女を肩に乗せるのもいいかも──


「ダメよ。私が、イヤ」


 は? ブレアだよな? 今喋ったのブレア?

 変わらず無表情だがなんとなくちょっと不機嫌さを感じる。え、デレた?

 20人の男たちを惨殺したその直後……だが、デレたのか!?


 待て、冷静になれ。気持ち悪くてみてられない、そういう意味での『私がイヤ』なのかもしれない。あれ、しっくりくる。いつものブレアらしいぞ。いや、でもなんかさっきの不機嫌さはそういう類のものではなく、ちょっといじけたようなふくれっ面だった。子供っぽいというか。


 え、ええ……? 判断つきませんがな。


「ついたわね」


 と、迷っているうちに着きました。あれ、なんか得したような損したような。まあいいか。


「はあ、はあ、はあ、みなさん、お、おはやい、です、ね……っふうう」


 と言いながらもユリーネはすでに呼吸が整いつつあった。聖女の護衛を勝ち取ったのもその変態性だけではないというわけだ。

 レイシャはユリーネに近づき、水を渡している。体力の回復をしようと神聖魔法を提案するも断られていた。たしかに必要はなさそうだ。


「さて、ダンジョンの入り口だが……」


 小屋になっていた。面倒くさ。中には多分、数人いる。


「どうやって入るのです?」


「適当なところから掘るか」


「それが良さそうね」


「殴るかっ?」


「絶対にダメだ」


 ダンジョンの一階がなくなるかもしれない。


 と、レイシャがおずおずと手を挙げた。質問があるということか? そんなジェスチャー無くても声を出していいのに。


「どうしました?」


「はい。あの、ダンジョンは時空間が歪んでいることがあると言われています。そのため、下手に穴を開けたり破壊したりすると思わぬ事故が起きたり、場合によっては恐ろしい何かの怒りで周辺が死の大地と化すと……」


「ああ……」


 それは穴の女神です。彼女は大事な穴に悪さをする者を許しません。


「大丈夫ですよ。1階なら穴を開けてもその『恐ろしい何か』が反応することはありません。ポイントは深さなのです」


 はい、人類が求めるダンジョンの秘密は全部聞いております。

 世界中の学者が欲してやまない真実。それを教えてくれたのはボンテージ姿のおじさんでした。


 一言で言おう。


 ダンジョンとは穴の女神の習性だ。


 それが全ての答えだ。


 彼女は穴を掘るという行動を取ってしまうのだ。

 しかし奥まで来られると恥ずかしいので罠を仕掛けるのだ。ボスも同じ理由で駆り出されるのだ。

 また、神界側から掘るので、漏れ出る高濃度のマナが様々な魔物や動植物を育むのだ。

 時間の流れや空間の歪さは人間界と神界のマナ断層の影響だ。


 これを神界の神々は穴の女神と相談し、神へ至る試練の一つとして活用している。

 神へ至る試練としては無限牢獄も挙げられるが、こっちはスカウトに近い。禁忌を犯せるほど鍛えたのなら神になりなさいとのことだ。

 遺跡は大昔に天使が人間との融和を図った時の名残だ。神々がもっと人間を有効活用しようとしたらしい。


「深さ、ですか?」


 レイシャは納得していないようだ。彼女のこれまで知り得た常識には無かった話なのだろう。


「まあ、大丈夫です。のんびり見ていてください」


「はあ、わかりました」


「できました」


「えっ?」


「のんびりさせる暇が無くて申し訳ないです。下に見えるのが1階ですね。近くに人はいないようですからさっさと入っちゃいましょう」


 そう言うと、迷わずメスブタが飛び込んだ。一番乗りが好きだな、本当に。続いてブレアが入り、アルマが入る。


「行こう、レイシャ。ここまで来たんだ」


「……ええ、ユリーネ」


 そしてレイシャとユリーネは手を繋いで穴に入っていった。



「改めて考えてみると……穴に入るのって興奮する……」


 俺は一人つぶやき、開けた穴を閉じながら中に入っていった。これもまたなんというか……深い。


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