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称号ナンバー9『G』


「三歩目ぐらいまでが問題でしてね」


「え?」


「それ以降ならもう見つけられないはずなんですけど、そこまでに誰にも意識されていない──見られていない方向を見出すのが面倒でして」


 脱出経路を考えながら呟いた独り言に全身黒タイツで変態仕様の爆乳様が反応した。ちらりと見ると、爆乳様のあまりにもエッチな格好に我が聖剣クラウ・ソラスが飛び跳ねんばかりに足掻き出す。待て待て、お前の出番はまだあと少し先だ。落ち着くのだ。


 そう、脱出のことを考えよう。一歩目が鍵だ。それが一番難しい。でも後は簡単になる一方だ。


 さて、その一歩目を踏み出すためにも、まずはこの部屋から出て中庭に向かわねば。


 当然、バカ正直にこの部屋の扉を開けると警備の者がいる。なので俺が通って来たルートを使う。


「どちらに向かうのですか? 扉は反対ですが……」


「私はこちらから来たのですよ」


 そう言って爆乳様の部屋のクローゼットを開ける。


「ここから? 行き止まりですが」


「いえ、ちょっと穴をあけます」


 壁を変質させ、少しの穴を開ける。そしてその穴の先へとマナフィールドを広げ、警備の有無と、警備がいた場合の意識の方向を探って行く。


 本来、物質がマナそのものを阻害することはない。しかし、物質はマナが意思を媒介する際には邪魔になるのだ。


 意志を媒介しているというのはつまり、マナちゃんの伝言ゲーム大会なのだが、途中に物質があるとそれに気を取られてしまうのだ。


  マナが余計な事に気を取られないように意志を強く伝達させるというのはなかなか骨が折れる。


 例えば、壁の向こうで魔法を発動するというのはなかなかにイメージが難しいものらしい。俺も壁の向こうでマナフィールドを展開するというのは結構、精神的に疲弊する。


 変質神ならこんな面倒臭いことはせずともこの街で行われているありとあらゆる全ての行為を即座に把握するだろう。


 俺にはまだ難しい。だが、いつかできるようになって困っている女を片っ端から助けてやるのだ。何なら悪事に手を染める女を改心させ、その後悔の表情を愉しみながら慰めたりもしてやりたい。みんなハッピーだ。


 話がそれたが、正確に警備の状況を把握するために慎重にやっているというわけだ。



「よし、向こうには誰もいません。穴を広げます」


 スキルで穴を広げる。音も立てずにスゥと壁に穴ができる様は不思議だろう。


「わ……すごい」


 広がった穴を見て爆乳様がそう言った。報酬の時のセリフが楽しみだな。大きくなる聖剣を見ても同じように言ってくれるだろうか。


 隣室に抜けると、すぐに穴を閉じた。爆乳様はまた驚く顔を見せるが、スキルについては聞いて来なかった。マナーがわかっているおっぱいだ。


「さて、倉庫ですね」


 聖女の部屋の隣が倉庫とはあんまりだが、彼女は貴族ではないし、どちらかといえばこの教会全体で見張るべき存在だ。


「ええ、と言ってもそこそこ出入りのある倉庫ですが。日用品が置かれていますので」


「そうですか……壁越しでいまいちですが、多分大丈夫ですよ」


 何かがいるか、いないか。その程度なら壁越しでもわかる。それが獣か人か、警備か神官かわからないだけだ。


「この後はどこに向かうのですか?」


「中庭に」


 顔を寄せ合い小声で会話しながら少しずつ移動する。俺の口、臭くないかな。ちょっと心配。爆乳様はほんのりと石鹸の香りを身にまとっている。


「ご存知だとは思いますが、中庭は夜間でも人の目は多いですよ?」


「いえ、実はそんなことはないですよ。構造上、どこからでも中庭が見えるというだけで、見ている者は多くはいません。中庭を見張る意味はないですからね。見ているのはサボりの警備ぐらいですよ」


 倉庫の扉を少しだけ開き、出るタイミングを見計らう。


 中庭は大きな四角い形をしている。建物はそれを囲うように建てられている。3階建の建物で、聖女の部屋は一階だ。


 さらにこの聖女が住むこの建物は教会本部を囲う大きな塀の中にある。


 聖女部屋は教会本部全体の入り口からもっとも奥まった場所にあり、警備が厳重になっている。横には倉庫、さらに横にはキッチンがある。倉庫はなかなか大きめのサイズだ。さっきも考えたが、聖女の部屋の横にあるのは違和感を覚えるが、そもそも自室で来客応対することは無い。

 サロンや応接部屋は全て建物の入口近辺に集中している。聖女を意識したせいか、おかしな構造になっている。


「それはそうかもしれませんが。中庭からどこへいくのです?」


「あ、今です。黙って」


 そっと扉を開き、音を立てずに駆け抜ける。中庭の木の横まで来て一息ついた。


 この位置ならば、俺たちを視認できる者は一人しかいない。しかし、そいつはいま反対を向いてうたた寝中だ。

 仮に見ようとしても、この朧月夜に遠目で全身黒タイツの人間を見つけることはできないだろう。


「ここまで来てしまいましたが……見られていないのですか?」


「ええ、もちろん。数十匹の虫に意識されましたが人間には気づかれませんでしたよ」


「そんなことまで……」


「さて、ここからは三歩です。三歩以内に見つかったら変装して大暴れパターンに移行します。黒蛇さんに罪をなすりつけましょう」


「たった三歩……どっちの方向へ?」


「そんなの一つしかないでしょう?」


 地下がかっこ悪いのだから……お、タイミングが良さそうだ。


「いまかな? 離さないでくださいね」


「え? あ──」


 叫び声は飲み込んでくれたようだ。助かる。



 俺たちは、空を飛んだ。



 簡単な話だ。地面がダメなら飛べば良い。おっぱいを抱きかかえた俺は強く地面を蹴り、高く、高く空へ跳ねた。


 地上を警戒する者、空を警戒する者、警備は多方面に意識を向けている。ドラゴンや魔法使いなど、空を飛んでくる敵がいるのだから、当然、空を警戒している者もいる。逆に穴を掘ってくるやつは稀だから地中を逃げた方が断然楽だ。


 しかし、それでも空を選択したのはスピードが要求される今回の案件にマッチしていたからだ。見つからなければ問題ないのだからさっさとやってしまおう。爆乳様との密着度も高いしかっこよさも申し分ない。


 警備の意識が向いていない方向へ向かって二歩目を踏む。空中での二歩目だ。右足で空気を蹴りつけた。


 変質の難易度判定は多岐にわたる。マナ総量もそうだし、物質の状態もそうだ。運動量が少ない方が簡単なのだ。個体が簡単で、気体が難しい。冷たい方が簡単で暖かい方が難しい。


 なので今回のように空気を足場に変質させて跳ねるというのはなかなか難しいのだ。だが、このおっぱいと密着するために俺はリスクをとった。


 結果として今ハイリターンを得ている。ミラクルリターンだ。思ったよりもよかった。常に想定外の事態が起こるつもりで行動していたが、まさか味方からここまでの攻撃をされるとは晴天の霹靂である。


 鎮まれ、俺のクラウ・ソラス!


 今はタイツなんだぞ。せっかくカッコつけたんだ。もってくれ。頼む。ギリギリの綱渡りをする緊張感がさらに聖剣クラウ・ソラスの力の源になりつつある。聖剣ってやつは本当に聞かん坊だな。



 トン、トンと空へと登っていく。よし、ここまで登ればひとまず監視の目は届かないだろう。



 傍らには美女。上には朧月夜だ。


 そして月下には聖都が広がっていた。高度はもはや城すらも超え、街全体を一望できるほどにまで上がっている。



「わ……うわあ」


 レイシャは感嘆の声を漏らした。なんとなく微笑ましい気持ちになり、素直に思ったことを語りかけた。


「人の住む場所というのは綺麗ですね」


 家々から漏れる温かな光。ぼんやりと輝く街路灯。城を照らす光。

 街全体を優しく照らしているのは月だ。雲が流れ、影が街の模様を変えて行く。


 今、眼下で暮らす人々の人生に思いを馳せる。初恋をして月を眺めている女の子もいるかもしれない。昔の男を思い出して一人静かに酒を飲む女もいるかもしれない。今まさにベッドで男を縛り上げ罵る女もいるかもしれない。みんな、みんな大事な俺の現地妻予備軍だ。


「すごい、です。こんなの見たことない。ニト様、ありがとうございます」


 ああ、俺いますごくかっこいい。美女を片手に抱いて空を駆けてる。

 聖剣さえ力を発揮していなければなあ。今は戦闘中じゃないのに。


「あ、そうだ。ニトじゃカッコつかないので……『天駆ける黒騎士』なんてどうでしょうかね?」


「えっと…………え?」


「二つ名です。今思いつきました。初対面の誘拐ではミスターパンツだったので。今回の誘拐でそれを払拭したかったのです。二つ名──いえ、ヒーローネームです」


「はあ、そうでしたか。ええっと……素敵です?」


「でしょう?」


 聖女というなかなか影響力のあるマナ豊かな人間に認識してもらえたんだからもしかして称号も増えてるんじゃないか?


 ステータスを開き、称号欄を確認する。



──ニト──

【総合能力】

マナ総量:724,000

【基本能力】

身体力:300,000

精神力:300,000

【スキル】

変質者:レベル4

【称号】

神に連なる変質者

神話級性犯罪者

視線の奏者

ブレア様の犬

常識崩壊

変態様(new)

→(詳細)人目を避け行動する黒い生物。あまり触りたくない。どうやったら死ぬのか殺し方がわからない。しぶとさを感じる。急に飛んで人を驚かせることもあるので注意。

──────


 なんでだよっ! ゴキブリみたいな説明してんじゃねーよ!


 変な称号を得てしまった。これならミスターパンツの方が……どっちもどっちか。


 そう考えながら、トン、トンと空気の足場を跳ね、街の外へと向かうのだった。


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