果たして世間の荒波は何を揉むのか
朝になり、俺は聖女を訪ねるべく歩いていた。
今日のお出かけもお一人様。観光女子とは別行動だ。聖女の報酬をどう扱うのかユリーネとじっくり相談したいので俺もその方が都合がいい。
少し寂しくはあるが、それでいいのだ。問題ない。問題ない……。
そうだ! 楽しいことを考えながら歩こう。
昨晩は凄いものを見た。メスブタが尻でオリハルコンを砕きまくったのだ。まさか本当に砕けるとは思わなかった。尻であんな動きをするとはなぁ…………。
縦横無尽に尻が舞う幻想的な夜だった。終わった後の恥ずかしげなメスブタの顔も含めて良いものを見た。
女神の剣をもらって本当に良かった。
今晩この街を離れる予定だが、楽しい思い出がたくさん出来たな。
たったの3日だったが、本当に良い街だった。街並みは綺麗だし、活気はあるし、衛兵は無能だし、聖騎士は変態だし、教会は拝金主義だし、武具屋は俺を門前払いする。
ダメじゃん。この街ダメだわ。
何かないか……そうだ、ベルンドの防具が手に入ったのは嬉しかった。
今日もさっそく身に付けている。やっぱりカッコいいな。装備が一流だと気分も高揚する。道端とかでカッコつけて座っていたくなる。
そうだな……別に急いでないし、ちょっとそこに腰掛けてカッコつけるか。脚を組んだりして、デキる男の鋭い視線で道行く人を魅了するのだ。これで見つかる現地妻もいるかもしれない。
耳にマナを集中する。一言たりとも聞きもらすな。
──歩く人々の声が聞こえてくる
(あの人の防具カッコよくない?)
(素敵な防具。あんな防具の彼氏欲しー)
(いいなー、俺もいつかあんな防具身につけたいぜ)
(なんて高そうな防具なんだ)
(金さえありゃ俺だってあの防具を……)
(おっ! ベルンドの防具だな。カッコいいぜ)
(あれは『月刊・ディフェンスマガジン』の3月号のS賞だった軽装備……)
待ってよ。俺の話題は? 誰か俺自身の魅力を語ろうよ。防具ばっかりじゃん。いや、俺だって防具を見せつけるつもりではいたけれども。
目立ってるけど思ってた感じじゃない。皆さん俺のこと眼中になさすぎ。
そう思った時だった。
「君、さっきからここで何してるの?」
「なんかずっと視線が定まらなかったけど何か見てたのかな?」
衛兵さんが現れた。お二人だ。いらっしゃいませ。そろそろ私に興味を持つ人が現れる頃かと思っていました。
「え? はは。いや、特に、何も?」
「何もしてないの? 結構ずっといたよね?」
「仕事は何してるの?」
「あ、旅人です……」
「それは仕事じゃないよね?」
「無職なのかな?」
こんな形で興味を持って欲しかったんじゃないよ。でもわかる、気になるよね。道端に座り込んで視線が定まらない男がいるんだもの。そわそわしてたと思うし。犯罪の香りしたよね。
そこから10分ほど職務質問に耐えるも、詰所に連れていかれそうになったので、普通に逃げた。衛兵め……いつか、いつか見返してやる!
そんなこんなで教会本部についた。
入口でユリーネを呼ぶと、彼女はすぐに現れた。
「おはようございます、ニト様。良い朝ですね」
ユリーネはなんだかツヤツヤしている。聖女と致したのか?
「おはようございます。聖女様のご予定は空いてらっしゃいますか?」
「ええ、優先してご案内するように仰せつかっております。どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
教会本部を歩いていて思うが、やはり警備の数が多いな。監視されていない場所がほとんどない。並みの力量ではこの警備で気付かれずに潜入することは出来ないだろう。
その辺、あの犯罪ギルド……『黒蛇』だったか? がどう攻略したのか気になるな。聞いてみよう。
中庭に着くと昨日と同じように聖女が座っていた。人が潜む場所が多い屋内よりこういう場所の方が盗み聞きを察知しやすい。
「おはようございます、聖女様」
「おはようございます、ニト様。早速ですが昨日の件でいらしていただけたのでしょうか?」
「ええ、その通りです。結論から言いますが、誘拐させていただきます。決行は今晩です」
「今晩!?」
「ええ、早い方がいいでしょう」
あまりに早すぎる予定に驚いたのか、聖女は動揺を露わにした。
「しかし、『黒蛇』の影響でまだ警備は強化されたままです」
この警備は誘拐未遂のせいか。
「そうそう、その『黒蛇』です。彼らはどこから侵入を?」
「…………彼らはメイドや衛兵、料理人として長年潜入していました。入念に準備していたのでしょう。一昨日の夜、私の部屋の警備を殺し侵入するとそのまま音声遮断の魔法を唱え、物理的に拘束しました」
その時、どさくさに紛れておっぱいを触られたりしてないだろうか。俺なら誘惑に耐えられる自信がない。誘拐のプロは果たしてどうだったのか。気になる。
「逃走中には声が聞こえていましたが?」
「私が魔法を解除しました。拘束される時にも麻痺毒を注入されましたが、同様に途中で解毒しています」
「それでも、ご自身で逃げるのは難しかった?」
「ええ、そうですね。定期的に魔法と毒は仕掛け直されていました。それらが無かったとしても単純な戦闘力なら私は大したことありませんから」
あいつらもそこそこの力量はあった。感覚的にはAランクの5人だ。
聖女もSランクオーバーとは言え、癒しに特化している。聖女は近接戦が得意というわけではないし、準備して臨めば攫うのは難しくないだろう。
「なるほど、ありがとうございます。出る時は警備に見つからなかったのですか?」
「単純です。私の部屋の前から脱出経路までの警備を担当していた者6名は死亡しました」
それが一番早いと判断したのだろう。俺はそうしないが。
「ニト様には勝算があるのですか?」
「一番簡単なのは堂々と素早く脱出……もちろん、警備を殺さずにですが」
わかりやすくて簡単だ。追いつける者がいないのだから聖女を抱えてダッシュすればいい。
「ダンジョンまで追いかけられで騒がしくなることがあれば『当て』が嫌がります。可能なら見つからずに『当て』までたどり着きたいです」
夜に攫って、朝になって聖女不在が発覚、そこからダンジョンに捜査が及ぶまでか。道中のどこかで見つからない限りダンジョンを探そうなんて発想にはならないと思うが、朝までにダンジョン内には行けるだろう。『当て』までというと分からないが。
「気になっていました。『当て』とは?」
「可能ならダンジョンに入るまで伏せさせてください。不用意に口に出したくないのです」
「それが俺たちの不利益になることでなければ、そして最終的に教えていただけるなら構いませんよ。信頼関係のためには話した方が良いとは思いますがね」
「すみません」
謝る彼女の爆乳が地面を向く。
「いいえ、こちらの言い方が悪かったですね」
嫌味になってしまった。反省だ。すみません、爆乳様。
さて、どうするか。警備を気絶させるのも避けた方が良さそうだな。
となると、まずはマナフィールドによる監視検知かな。監視の合間を縫って聖女の部屋に到達することは可能だろう。
後は、変質者スキルで壁内を移動、あるいは地中を移動。教会本部には随所に結界が張られているが、全てを覆う結界な訳ではない。これもマナフィールドで検知して避けることは可能だろう。
「とりあえず脱出方法は夜までに決めます。後は……そうそう、大事な話がありました。報酬です」
爆乳様は顔を上げ、俺に『子作り願望』の話をしてくれた時と同じ決意に満ちた目で話し始めた。
「考えていました。私はこれから先、ニト様の依頼以外でリバイブを唱えません。家族であろうと友人であろうと、死はそのまま受け入れます。しかし、ニト様たちが私の元を訪ねればいつでもリバイブを唱えます」
誰かが死んだ時にリバイブが可能になるのか。数日以内に聖女の元まで来れるかはわからないが、それはそれで悪くないかもしれない。
と言っても、メスブタは死にそうになった時点で超回復して死神降臨だし、アルマは何か思いもよらない大変なことになる気がする。
実質、俺とブレアが死んだ時の保険になるか。死ぬかな。死ななない気がする。
「わかりました。それが表の報酬ですね」
「表?」
聖女様は何のことかすぐには思い至らないご様子だ。
「裏は趣味だということで通して欲しいです」
ユリーネが答えてくれた。
「わかりました。あくまでも聖女様の趣味で、その要望の元に行われるということにしましょう」
「なんのことです?」
おっと、まだ追いついてなかったか。
「写生ですよ?」
「写生?」
「昨日、ご存知だと仰っていましたが?」
「ええ、ですから言葉の意味は存じています…………ユリーネ?」
「後で説明します。大事なことですから」
「……わかりました」
眉根を寄せて訝しむ聖女様。
聖女様側はユリーネにお願いだ。後は写生に関して、こちら側で問題が発生しないかだが……緊張感を持って取り組もう。
「とにかく夜にまた来ます。ユリーネ様は街の外で待ち合わせることは可能ですか? 私と爆乳様の2人の方が見つかる確率は低いので」
あ、爆乳様って言ってしまった。ユリーネはわずかに口角を上げる。お気に召したようだ。
「ええ、可能です。怪しまれる事は無いでしょう。今日は業務も早番なので、外に出てもおかしくない夕方あたりから出ておきますよ」
「それは良い。では俺の仲間と一緒にいてください」
「わかりました。正門を出て街道を10分ほど進んだところに大きなくすの木があります。そこで待ち合わせを」
「わかりました。仲間に伝えておきます。こんなところですかね」
ユリーネは頷くが、聖女様は微妙に首を傾げていた。
「ええ…………すみません、爆乳様とは?」
ああ、気になっていたのか。
「あなたの事です」
「えっと………………え?」
ストレートな物言いに戸惑っているのかな? これから世間の荒波にあちこち揉まれるのだから、これぐらい慣れてほしいものだ。




