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おっさんは女じゃない


 教皇と会った日の午後、俺は武器防具を探していた。


 要否を問われれば不要としか答えられない。無くてもまったく困らない。というかあったら邪魔になるかもしれない。

 でも欲しい。ちょっと夢だったのだ。かっこいい装備に身を包んでダンジョン探索に乗り出すのが。



「親父さん、この店で一番いいやつ見せてくれ!」


「ああん? てめぇみてえなくそガキには表の安物で十分だ!」


 適当に入った1店舗目でこのザマですよ。


「そうですか、ではさようなら」


 見た目で判断するような質の悪い店なんてこっちからお断りだ。



 2店舗目。


「クソ野郎! 商売の邪魔だ! 消えな!」


 3店舗目。


「なんだぁ!? 冷やかしか? ゴブリンの腰ミノでも巻いておけ!」


 4店舗目。


「オラァ! 殴られねぇうちに消えな!」


 5店舗目。


「…………ちっ」


 6、7、8、9…………。


 なんてこった。大通りの店が全滅したぞ。


 俺の見た目ってそんなに酷いのか。それとも聖王国の武具屋がデフォルトで口が悪いのか。聖なる感じがしないぞ。

 流石に10店舗を超えたあたりでは心が折れるんじゃないかって気がしたけど、折れるも何もブレアのおかげで元々粉々なので何ともなかった。ブレア様様だな。


 これは裏路地の店に手を出さないといけないのか。そう悩んでいる俺の前に1人の男が現れた。



「すまん、さすがにもう見てられん……」


「あ、あー、聖騎士団長……さま」


 聖騎士団長だった。青く輝くイカしたフルプレートに身を包み、腰には白銀に輝く長剣を差している。顔も厳ついがイケメンの部類だ。ゲイに人気がありそうだな。カッコいい。


 しかし、しまったな…………再会するつもりがなかったから名前を忘れてしまった。何だっけ名前。ついさっき聞いたばかりなのに。


 名前を覚えていないのがバレたのか、苦笑いして名乗ってくれた。


「レイザーだ」


「奇遇ですね。こんなところで何を?」


「ははは、気付いていたんだろう? 監視だよ、君の」


 気付いてはいたが出てくるとは思ってなかったのだ。あ、そうか。見てられなかったのか。


「監視対象は俺というよりも、俺への接触者でしょう?」


 俺を監視する意味はない。反感を買うだけだからだ。あのブレアの殺気にあてられたレイガー(?)さん自身がそれをよくわかっているだろう。あれ、名前レイダーだったか?


 それよりも俺──というより俺たち──に対して良からぬことを画策する者がいないか、あるいは取り込もうと動く王侯貴族がいないかを監視しておきたかったのだろう。


 それがもし王女様とか、公爵令嬢とかで、権力を笠に着て『ワタクシの犬になりなさい! ほら、ワンワンと鳴くのよ! ワンワン』とか言われたら、俺は素直について行ってワンワン鳴くだろう。

 そして月日が経ち、いつのまにか首輪をつけた令嬢が俺の足元でワンワン鳴くのだ。そんなルート分岐があってもいい。



「おい、聞いてるか?」


「ええ、聞いていますよ、レイ…………聖騎士団長様。何の話でしたっけ?」


「聞いてないじゃないか……。監視は君の認識通りだ」


「ならば出てきてはいけなかったのでは? ゴミの炙り出しが出来なくなるでしょう?」


「まあ、見てられなかったというのがでかいが…………君と話したい気持ちが大きかった。もっと言えば、俺に付き合ってほしい……」


 ぐおおおお。恐れていたパターン。おっさんが寄ってきてもしょうがないんだよ!

 やはりゲイなのか? こいつも性騎士なのか? 性王国は自由な国だな! その性に寛容な姿勢は是非他国も見習ってほしいわ!


「おい、おーい。聞いてるか?」


「もちろん。聞いてるに決まってるじゃないですか。じゃあ、俺は買い物があるので」


「待て、聞いてないじゃないか。付き合ってくれたら武具をやる」


 物で釣るとか最低だな。俺だってアルマを金で釣りたいけど。それとこれとは話が別だ。


「え? やめてください。付き合うとか無理です。ましてや伝説の樹の下でキスなんてとてもじゃないけど無理です」


「いやいや、そもそも何処にあるんだ、その樹。落ち着け、手合わせをして欲しいんだ。武具を探してるんだろう? 見てられなくなるぐらいずっと見てたからわかる。俺は街には出回らないようなものも持ってるから君には珍しいものも渡せるだろう」


 ずっと見てたとかストーカーかよ。監視のフリしてストーキングか。


 珍しいモノを見せてやろうとか言って脱ぎ始めるんじゃないだろうな? 手合わせの定義がひどく曖昧だ。危なすぎるぞ。貞操の危機を感じたのは邪神アルファ戦以来だぜ。


「その……手合わせは本当に戦闘訓練的な手合わせですか?」


「何を言ってるんだ? そんなの当たり前だろう? 力と力のぶつかり合いだ」


 余計な一言でややこしくすんじゃねーよ!


「もう一度聞きます。これが最後です。一般的な騎士団で行われる戦闘訓練なんですね?」


「ああ、その通りだ。君の強さに興味がある」


 いまいち安心できないが良しとしよう。珍しい武具をくれるのか……。


 このおっさんが戦うときだけ魔法少女に変身するならともかく、男たちの汗の匂いが漂う訓練場で『やるな!』『へへっ、アンタもな!』とかやりたくない。


 いや、おっさんが魔法少女に変身しても誰得なんだよ! 危なかった。おかしな世界に足を踏み入れるところだった。

 伝説の樹の下で魔法少女とキスするその瞬間──魔法が解け、そこにいるのは頬を染めたおっさん。


 これはキツイ。絶対吐く。


 思考がそれた。そんなことより武具のことだ。


「その武具ってどのぐらいの珍しさですか?」


「そうだな……俺はこの国では3強に数えられる実力者だ。国王や教皇を始めとして多くの権力者から様々な褒美を貰っている。中には、世に2つとない高価な武具もある。君との手合わせにそれだけの価値を感じている……」


 どうしてもいやらしく聞こえてしまう。まだ2人しか知らないが性騎士とは今後関わるべきではないだろう。トップからしてこれなのだ。


 だが、武具は魅力的だな。


「2つとない、ですか」


「ああ……どうだい?」


 そうだな……別に断っても同レベルの武具はいずれ何処かで手に入るだろう。しかし、カッコつけたいのは明日なのだ。乗るしかないか。このレ、レ、レ、何だっけ名前。男の名前はどうも難しくて覚えられない。セバスチャンぐらいインパクトがあればいいんだが。えーっと、おっさんの提案に乗ろう。



「ありがたいです。よろしくおねがいします」


「ああ、任せてくれ。そもそも君ほどの実力者で装備がないってのが不可解だがな……とりあえず俺の家に行こう」


 おっさん家かよ。不安だな。


「メイドは? メイドはいますか?」


 2人きりはカンベン。


「え? ああ、いるが」


「あっ! メイドは女性ですか?」


「メイドだからな。女性だが?」


 よかった。筋骨隆々のゲイたちがメイドの格好をしているわけじゃないんだな。



 しばらく歩き、おっさん家に着く。かなりの豪邸だ。さすが聖王国3強様だ。メイドもさぞかしたくさんいるのだろう。


「おかえりなさいませ旦那様」


 門をくぐると、10人ほどのメイドが出迎えてくれた。何これずるい。俺にもくれよ。


「訓練場を使う。誰も近寄らせるな」


「かしこまりました」


 ……わかってる。わかってるんだ。俺の実力が外部に漏れないように慮ってくれたのだろう。でも何というか、襲われる前の乙女の気持ちになってしまった。


 本邸とは別で訓練場があった。立派なものだ。訓練場はなかなかの広さだった。25メートル四方はありそうだな。地面は硬い土だ。端の方には鉄や木の棒が立てられている。


 壁には多くの模擬戦用武器がかけられていた。



「さて、教皇様と会った時のような回りくどい会話はなしだ。君は何者だ?」


 直球だな。正直に答えると頭のおかしい人扱いされるか? いや、実力という裏付けがあるが……先にこのおっさんの考えを聞いておこう。


「教皇様との会話の直後です。俺たちの力も、この国への影響も、全て分かった上での質問だと思って良いでしょうか? つまり、ここでの会話は全て個人的なことで他言はしないと」


「ああ、個人的な話だ。ただ、その強さに至りたい」


「聖王国3強……十分ではないですか?」


「今朝まではな。君たちを見た今、不十分としか思えない。3強だろうがGランクの駆けだし冒険者だろうが君の前では違いがないだろう?」


「……ええ、違いはほとんど無いでしょうね。パンツとパンティとショーツぐらいの違いでしょうね」


「…………? そうか」


「何者か、と言えばただの旅人ですよ。これ以上は聞いてもしょうがないです。手合わせならいつでもどうぞ」


「ふっ。まずは手合わせだな。武器はどうする? こっちは使い慣れたこの剣を使わせてもらいたいが」


 腰に差した白銀の剣だ。カッコいいな……欲しい。


「どうぞ、いつも通りで。俺はそこの模擬剣を使わせてもらいます」


 壁にかかっていた模擬剣を手に取る。変質はさせない。このままでいいだろう。殺したいわけじゃ無いし。むしろ柔らかく変質させても良いぐらいだ。


「ふふふ。ここまで馬鹿にされたような立会い、部下には見せられんな」


「……いつでもどうぞ」


 おっさんは腰を落とし、剣を握り、そして駆けた。



 無限に続くかのような剣戟の響き。

 上下左右あらゆる角度から意識の隙間を縫うように振るわれる剣。

 俺は剣を習ったことはない。身体能力でただ防ぐのみ。しかしそれでいいのだ。無駄なく研ぎ澄まされた体の動きは我流だが一つの流派とも言える洗練された動作だと自負している。それだけの訓練を変質神としてきた。人間界に神と一年間戦い続けた人間がいるだろうか。まずいないだろう。


 しかしそれでも、学ぶ事はある。それこそ、数百年、あるいは千年以上もの時を受け継がれた剣技は見事だった。


 相手の虚をつく動き。フェイント、足運び、目の動き、筋肉一つ一つの使い方。意識をどこに向けるのか。


 純粋に、斬るという一点に集中し、振るうこと。戦況を見て相手の状況を見てタイミングを見計らうこと。敵を崩し、効果を最大化して打ち出す一撃。



 技術が染み込んでくる。おっさんの技術が、マナを通して理解できる。なんか凄く嫌だ。



 気付けば夜だった。おっさんは汗だくだ。対して俺は汗ひとつかいていない。精神的には凄く疲れていた。技術を吸収する喜びと、ソースがおっさんという気持ち悪さで疲れていた。



「強いな」


「…………どんな鍛え方をしたか、ならお話しできますよ」


 あれこれ考えたが俺も勉強になったのは事実。俺なりのお礼だ。

 俺の鍛え方が性騎士団長殿の役に立つとは思えないが、気になったままでいるよりは良いだろう。


「教えてくれ!」


「大きく三段階に分けて修行しました。第一段階は、心の修行です。一年半、誰とも話さずにひたすら自分を見つめました」


 辛かったが、自分をクズだと認めて開き直ることができた。結果的に良い修行だった。ここでやっと一人前と言われるEランク程度のマナ総量になっていたな。


「第二段階は隠れることもできない場所で絶え間なく攻撃され続ける修行です。避ける事も、反撃する事も、寝る事もできない状態で一日中、攻撃され続けます。休む間も無く二年半の間ずっと、そんな状況に身を置いていたんです」


 ブレアとの思い出だ。この修行、頭おかしいな。これで俺の魂はぶっ壊れたんだろうな。たしか、ここで一気にAランクぐらいまで伸びてたと思う。

 この時ではまだこの性騎士団長には勝てなかっただろう。いや、引き分けには持ち込めたかもしれない。


「第三段階は実戦形式ですね。師匠がいたのですが、弱点を執拗かつ狡猾に攻め続けられました。攻撃を掻い潜りそれを瞬時に無効化する修行です。失敗すれば死です。1年間続けました」


 変質神アルファとの訓練は攻撃を食らえば精神的に死ぬ程だった。ケツは躱せたが、模造レーヴァテインの一撃はどうしようもなくトラウマとして残り続けている。


「後は実戦ですね。人知を超えた武装で群れをなす敵、そしてそれを束ねる者──魔王すら指先一つで容易く屠る敵、無限に増え続けるAランク上位の敵や、魔王級の触手を伸ばす敵。更にはそれら全てが束になってもかなわないほどの強敵との戦いです」


 アバドンは後ろから斬りつけたら終わったが。ていうか一回も苦戦してないな。アルファがヤバすぎたからかもしれない。



「そんな経験を……世界は広いな。強いわけだ」


「今生きていることが嘘みたいですよ」


 マジでそう思う。何で生きてるんだろ。特にバトゥール出口で穴の女神に遭遇した時は死んでいてもおかしくはなかった。


 おっさんはしばらく沈黙し、倉庫へ向かった。武具を選んでくれているのだろう。


 数分の後、おっさんは2つの箱を持って戻ってきた。


「君が武具をつけていない意味がよく分かったよ。不要なんだな……。が、それでも約束は約束だ。いま装備しているものは流石に渡せないが、溜め込んだ中でも最高の武具を贈ろう。まずは……女神の剣だ」


 箱には、白く輝く神々しい剣が納められていた。長剣だ。握りや剣身はシンプルで非常にかっこいいが、鍔がめっちゃ可愛い。マジでカッコよさがどっかイっちゃうかわいさ。なんか女の子のオブジェがあしらわれてる。あ、よく見るとこれヘレンちゃんにそっくり。純潔の女神さまをポップにしたようなキャピった顔だ。『あなもりっ! ヘレンちゃん!』って感じだ。時代は『かっこいい』よりも『かわいい』だ。かわいいは正義だと聞いたことがある。正義なら問題ないだろう。気に入った。これでダンジョンを攻略しよう。


「後は胸当て、脛当て……軽装備一式だな。ドワーフの名工ベルンドの作品だ」


 ベルンドと言えば世界一と名高い名工だ。よく読んでた雑誌の懸賞でも人気だった。懸賞ではいつもS賞1名様とかだったと思う。当たるわけないと思いながらも、たくさん応募してしまった思い出が蘇る。凄いものを貰ってしまった。


「ありがとうございます。これですごくカッコつけられます」


「良ければ着てみてくれないか?」


「え、あ、はい」


 なんでだろう。サイズの確認かな。1つずつ付けていくが問題なさそうだ。うん、凄くしっくりくる。


「どうでしょう?」


「…………ああ、かっこいいよ」


「あ、ありがとうございます」


 おっさんは優しい目で俺を見つめていた。そうだな、早く帰ろう。これ以上ここにいてはいけない。


 人をあまりに性的な目で見つめるのは失礼だと、俺は身をもって知ったのだった。


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