夢は広がり、いつか思い出になる
「バイトしませんか?」
白髪長髪の男だった。40〜70ぐらいだろうか。男の年齢はよくわからん。顔は悪くないが何処と無く、くたびれた印象を受ける。豪奢な法衣で体型は隠れているものの、見えている首筋や手から察するに酷く痩せこけているのだろう。
疲れているのかもしれない。教会を前面に押しているこの聖王国で教皇なんて地位にあるのだ。疲れていない方がおかしい。
目の前の男は教皇スリドリット・フロン・テ・パホーロナムと名乗った。名前長いよ。名乗るだけで疲れそうだ。そこから改善できるんじゃないでしょうか。俺とかニトだぜ?
部屋にはもう1人、聖騎士団長を名乗る男がいた。教皇の護衛だろう。聖騎士団は教会所属だ。
感じ取れる強さ的には教皇と同じぐらい。聖女以下、性騎士以上といったところだろう。Sランクだな。詳しい数値は後でブレアに確認だが、このレベルが2人いれば相当の規格外が来ない限り遅れをとることはないだろう。
そしてその規格外が4人、部屋の中にいた。
話の内容はバイトのお誘いだ。
「バイトなのです?」
「ええ。聖女候補です」
教皇は簡潔に答えた。
聖女候補か。なんとなく察しがついた。
そもそもこの国の聖女の運用システムには無理がある。無資格リバイブが忌避される風潮の国で、自然に現れるような聖女や聖者は国にとって扱いにくい事この上ないだろう。それらは全て常識を破ったからこそ現れた奴らなのだから。
聖王国において、聖者や聖女といったものは国の主導で例外的な枠組みを設けて意図的に作った方が良いはずだ。例えば素質がありそうな候補者を集めて死刑囚の蘇生を試みるなど。
そうなると、今回の『候補』というのは──
「いくらなのです?」
あ、そっちの話から入るの? 候補って何ってとこじゃなくて?
「報酬かな?」
教皇の顔は若干緩んだ。与しやすしと捉えたのかもしれない。残念。金の亡者は半端な額では動かないぞ。
「金次第では聞いてやらないこともないのです」
あらやだ。アルマってばゲスい顔してる。教皇に対する返事としてはマイナス100点だ。
「なるほど、アルベルト司祭。概算で構わないから早急に依頼事項ごとの試算を」
「はっ! 承知しました」
人語を解すゴールデンオークはバタバタと部屋を出て行った。
「すみませんね、すぐにまとまるでしょう。何せ聖女候補の依頼などここ10年はなかったもので……」
「時は金なり。せいぜい急ぐのです」
図に乗ってるな。変質神とセバスチャンしかいない空間で育ったのだから、知らない人と話してる時に昂ぶっちゃうのもしょうがないのかもしれない。
面白いから放っておこう。数年後に思い出して悶えるが良い。
「さて、遅くなりましたが、ニト様。昨晩は聖女を救出していただき、ありがとうございました。そしてこちらの不手際で投獄してしまったこと、深くお詫びいたします」
なんか常識的な人だな。いいのか? 教皇がそんなほいほい謝って。
「構いませんよ。たまたまです」
そもそも俺がどうにかしなくても『レイシャの位置察知スキル:レベル10』を保持するAランク相当の性騎士が救出していた気がする。
「ニトのそれは報酬と賠償はあるのです?」
アルマってこの教会と凄く合いそう。実力もあるし、周りの人とも気が合うと思うし、豪華な調度品もいっぱいあるし。
けどまあ、報酬は大事なことだ。俺たちから言わないのも不自然だな。あまり高尚に振る舞うのも、口に出さずにいるのも妙な疑いの原因となる。
「お金が欲しいわけではありませんが……無償というのも双方、困ったことになるのでは?」
常識的な人だし常識的に語ることにした。俺を今後どう扱うにしろ、金を払わないのは教会にとっては気持ち悪いだろう。
「もちろん、ニト様が不愉快でなければお支払いさせてください」
不愉快でなければ、ね。
「ええ、ありがとうございます」
「ところで──」
教皇の空気が変わった。探りに来るか?
「──皆様はお仲間とのことですが……冒険者かハンターか……何らかのギルドの方ですか?」
真正面から聞いてきたな。わかりやすい。
「いいえ、ただの旅人ですよ」
「そうでしたか。実力もあるのに何のギルドにも登録されていないと。そうそう、たしか昨日は珍しくグリフォンが市場に出回ったとか。もしやそれも?」
ちゃんと多方面に色々調べてるじゃないか。偉いぞ教皇。国の寿命が伸びたな。
どうしようかな。もはや実力を隠す意味もないが、こういう場面は想定していなかったんだよな。適当に街人に紛れてこっそりダンジョン攻略&ブレア攻略&メスブタ攻略&アルマ攻略のつもりだったのに。
「ええ、私たちですよ。たまたま拾っただけですがね」
俺からすればそうなんだけど、胡散臭い回答だろうな。これじゃどこかの国の間者と思われたり……しないか。
あまりにも目立ちすぎ。怪しさが限界突破だ。
「教皇様、『旅』をどうお考えですか?」
唐突にブレアが問いを投げかけた。ブレア様、秘策をお持ちなのでしょうか。教皇は突然の問いがあまりに予想外だったのか、呆気にとられた顔をしている。顔に出すとはまだまだだな。
「旅、ですか? 突然ですね」
「ええ、教皇様は私たちの事が気になるご様子。私たちは旅人ですから。まずは旅についてお話を」
微笑を浮かべる美女。この国で多くの美女を、それこそ聖女のような女性を日常的に見ている男でも今のブレアの表情には心を揺さぶられるだろう。
「ははは、なるほど。そうですね、旅ですか。私はした事はありませんが……率直に言って憧れますよ。自由、そう思います」
教皇さん……疲れてんだろうな。逃げ出しくなるしがらみが山ほどありそうなお顔だ。
ブレアは微笑みを絶やさずに答える。
「ふふ。自由、素敵ですね。強く、力を持ち、何者にも縛られず、何処へでも行ける……何でもできる」
「何でも?」
教皇の表情が僅かに硬くなる。危機感を抱いたか?
「ええ、何でも。殺したい人を殺したりとか」
ブレア、ぶっ込みすぎじゃないか? ほんの少しだけ、ブレアから漏れ出た殺気が部屋を漂う。一瞬の事だ。今はその残滓すらない。
黙して動かなかった聖騎士団長の顔が青ざめている。今は動かないのではなく、動けないのだろう。殺気は聖騎士団長に向けられていたか?
教皇の頬を汗がつたう。
「……それは恐ろしい。みなさんがそうでないことを祈るばかりです」
「ええ、私たちはそうではありません。無闇な殺しもしませんし、実のところ自由もない。旅には明確な目的があります」
「目的?」
「はい。『この世界』の誰かに依頼されての事ではないですし、社会通念上で悪とされるような結果を求めるものでもありません。少なくとも、聖王国および教会に害をなすものではありません」
穴攻略は穴の女神が悲しむので社会通念上で悪とされる結果になる気はするが……ブレアと俺の解釈の違いかな? まあどっちでもいいや。
さて、どうなるだろう。
やるべき事がある、無闇には殺さないが必要があれば殺す、お前たちに興味はない。ブレアが話したのはそういう事だ。
「…………わかりました。私の権限で教会は皆様には関与しない事を誓いましょう。皆様のマナを見ていると正直、震えが止まりませんよ」
こいつもマナ視スキルホルダーか。多いな。成り上がる奴には多いと聞く。確かに対人交渉でマナ視の有無はでかいしな。
俺が無限牢獄内で傷ついた時、容易くブレアに看破されたが、人の気持ちを目視できる能力とも言えるマナ視は、交渉では非常に有利に働く能力だろう。
マナには気持ちの分散と収束がダイレクトに伝わる。それを制御できる人間はいない。
ブレアが警告しないという事はマナ配分読解までは持っていないのだろうが。
ブレアと教皇、マナ視スキルホルダー同士の今の会話は俺には分からない駆け引きもあったかもしれない。
「待つのです。アルマのバイトの話はどうなるのです?」
金の亡者め。ひと段落した話を蒸し返すか。
「受けていただけるなら我々は歓迎します」
教皇もよくそのセリフ言えるな。一瞬前の震えてた自分を思い出せよ。
「報酬を聞いていないのです」
こいつ、もしかして金払えばヤらせてくれるんじゃないか?
なのですとか言いながら気に食わないやつに気軽に唾を吐くようなクソな性格の処女だけど、金を払えば抗えない、みたいな設定になってるんじゃないだろうか。
セバスチャン謹製ホムンクルスだし。あり得る。
ドアが開いた。
「はぁはぁ。お待たせしました。こちらです」
空気を読めるゴールデンオークがタイミングよく戻ってきた。
渡された紙を見て数秒、アルマは紙を投げ捨てた。きゃー、この子ってば凄く失礼。
「…………話にならないのです。これならグリフォンでも狩った方がまだマシなのです。この話は終わりなのです」
自ら蒸し返しておきながら交渉も許さずに強気に終わらせやがった。教皇も顔が引きつっている。なんかごめんなさい。
ともかく、わかったことがある。
教皇は中立だ。仕事を増やしたくないのだ。あのくたびれた感じはそうだ。王侯貴族、教会内部、国の信徒、上下左右どこを見ても気づかいの対象なのだろう。心労で死にそう。
聖女を助けたことには本当に感謝してくれていそうだ。仕事が減ったという意味で。
しかし、俺たちという訳の分からない者共を手元に置いておく元気はなさそうだ。おそらく混乱は彼の望むところではない。
誘拐犯についても、背後関係はすでに調べ始めているだろう。仕事は早そうだ。
王侯貴族や教会内部の出方によっては教皇は俺たちの敵にもなり得るだろうが、ブレアの脅しもあって放置で良さそうだ。
出来そうな男だ。余計な事のないように処理してくれる事だろう。
ちなみに、メスブタは終始、自分の拳を胸──というか心臓部に打ち付け続けていた。うるさかったけど意味がわからなすぎて怖いので無視した。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ、宿に戻り少し遅い昼飯を食いながら相談会だ。昨晩の夕食からこれまででここまでの事が起きるとは予想もしていなかった。
これだから社会に出るのは大変なのだ。みんなニートになれば世界はもっと平和なのに。
「さて、こんなことになったんだが。さっさと『グルガン』を攻略して去るのが良いと思っている。どうだろうか?」
「まだ聖都を全然見れていないのです。観光ガイドも買ったばかりなのです。観光したいのです」
なら自重すべきだったな。
「まだ一撃しかっ!」
お前は何をするつもりなんだよ。
「早い方がいいわね。さっさとダンジョンを片付けて次に行きましょう」
我らの良心ブレア様が普通のことを言ってくださった。ありがたや。
「だな。権力闘争に巻き込まれるのもごめんだ」
「ぐぬぬ。観光は持ち越しなのです。聖女はどうするのです?」
「連れて行く。聖女自身のためではなく、ダンジョン内部にある『当て』と言うのが気になる。邪魔になれば置いていけばいい」
嘘をついている可能性や俺たちを犠牲にする何かを考えているかもしれないが、教皇、聖女、聖騎士のいずれも脅威になりそうな力もスキルも無かった。
最もマナ総量が多いSランクオーバーの聖女も、純粋に人を癒すことに長けたスキル構成であり、俺たちを殺すことはできないだろう。
これ以上この街で無理に情報収集しようとして余計なトラブルに巻き込まれる方が怖い。さっさと目的を達成して去ろう。
なお、聖女の報酬は言う必要ないし言わなかった。言う必要ないよね?
「ダンジョンに『当て』ね。これから多くのダンジョンに潜る以上、少しでもダンジョンに関する知識は増やしておきたいわね。連れて行くのに賛成よ」
ブレアの場合、復讐したい相手がダンジョンにいるということだから、その辺りも期待しての事かもしれない。
「よし。明日、聖女にもう一度会いに行こう。アルマとメスブタは観光したいんだよな?」
「なのです!」
「観光というか山にっ! 森にっ!」
「この街の観光は明日までだ。問題起こすなよ。ブレア、2人をお願いしていいか?」
「ええ、いいわよ」
という事で、聖女を攫ってダンジョン攻略だ。
美女5人──魔女、皇女、聖女、聖騎士、爆発ホムンクルス──と俺1人の6人パーティか。
色物ばかり──トラウマ製造機、破壊狂ブタ、爆乳写生女、性騎士、爆発ホムンクルス──だけど、夢が広がるな!




