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とりあえず逮捕しちゃうぞ


「というわけで事実確認の時間だ。メスブタはブレアのチェック無しにグリフォンを狩った。アルマはそれを知りながら保存魔法をかけた。共謀して袋に混ぜたということだ。あってるか?」


 晩飯を食いながらの詰問タイムだ。


「あってるっ!」


 潔すぎ。悪いことした自覚あるのでしょうか。


「その通りなのです」


 背筋を曲げてしょんぼりした感じを出そうとしているが顔は全然しょんぼりしてない。こいつ……。


「結果として大金を得た。その点は必ずしも悪いとは言えないが、目立ってしまった。他にも稼ぎ方はあったはすだ。デメリットがない稼ぎ方がな。なぜグリフォンを?」


「山奥に行ったら出会ったから反射で殴ってしまったっ! なんかもったいなくってっ!」


「たまたまメテオちゃんが引き摺ってきたのを見つけたので、金の匂いを感じてやってしまったのです。せこせこ隠れて稼ぐのが七面倒くさかったのです。ごめんなのです」


「清々しいな」


 どうしよう。決めたルールを守らないという事の罪をどう処理したらいいのか。すごく難しい。エッチな罰を与えても良いのだろうか。


「ニト、罰を考えているならあなた個人が得する罰であってはいけないわよ。パーティとしての罰であるべきだから」


 ブレアさん鋭い。2人で毎日添い寝してって言おうとしたのに。そこから広がるワンダーランドが泡と消えた。ブレアも含めて4人部屋をとりなおして女将さんを驚かしてやろうと思ったのに。


「じゃあ一週間お小遣い無し」


「なっ! バカなっ!」


「バカなっ……て俺のセリフだよ。どんな思考でそれが言えるんだよ」


「そんな…………お金が欲しいのです。お金、お金が……高級お菓子が、煌めく宝石が」


「……ドン引きするぐらい俗物だな」



 と、なんだかんだと話しながらも食事は楽しく進んだ。そのまま酒も入って雑談をした。


「うぉえ。飲みすぎた……。えぇ~と、じゃあ2、3日は自由行動。騒ぎは起こさない事。アルマとメスブタはお金が必要なら俺かブレアに相談する事。オーケー?」


「な~の~で~すぅ~。うへへへへ」


 アルマはヘラヘラ笑っている。酔うと意味もなく延々と笑い続ける笑い上戸さんだ。


「  」


 メスブタは虚ろな目でフラフラしている。酒弱いのか。よだれ垂らしてる。完全に壊れてるな。あのよだれ、もらえないだろうか。


「うん、わかった。おやすみ」


 ブレアはなんだか可愛くなっていた。お酒のせいかちょっと顔が赤い。うつむきがちで恥ずかしそうに返事をしてそそくさと去っていった。


 ……いいね。酒の場は定期的に設けよう。



 さて三人は部屋へ戻って行った。どうしようかな。なんかちょっと開放的な気分だし街でも散歩しようか。


 ふらつく足取りで外へ出る。綺麗な星空だ。ああ、人間界って素晴らしい。だって景色変わるんだぜ。朝と夜があるんだぜ。ヤバイ。


 ふと思う。


「あ、現地妻づくりしなきゃなぁ」


 耳にマナを集中させていく。マナフィールドをジワリと変質させ広げながら気配を探る。この街で起きている事を探っていく。


 道行く人の流れ。

 酔っ払いの喧嘩。がんばれ。

 荷物を運ぶ商人。がんばれ。

 街を守る衛兵たち。がんばれ。

 食事をする恋人たち。消え去れ。

 不穏な足取りの5人組。きたこれ!


 こいつら何か運んでる。たぶん女だ。袋に入れられているのか? 口も塞がれてそうだな。漏れ出るうめき声が女のものだ。よしっ。


 ついに見知らぬ美女のヒーローになる時が来た! いや、美女かは知らんけど。とりあえず行ってみよう。



──ヒーローとは何か。


 悪者がワインを嗜んでいるときに背後からガツン。

 悪者が路地裏に入ったときに頭の上からバキッ。

 悪者が街の外で野営しているときに地中からドカン。


 ヒーローとはそういうものだ。絶対に負けてはならない。負けない方法を選択せねばならない。プライドなどクソ喰らえ。勝てば官軍なのだ。

 幸か不幸か悪者がこの世からいなくなることはない。俺は知っている。善悪とは相対的であるがゆえに、悪は無くならないのだ。悪は不滅だ。

 つまり、どんな時どんな場所にも被害者女性は存在しており、俺は夜間のヒーロー活動を遂行できるのだ!


 酔っ払った頭でヒーロー論を展開しつつ怪しい5人組の元へと向かう。そうだ、顔も隠さねば。相手が美人なら顔を出すことにしよう。好みのタイプじゃなかったらスルーだ。


 えぇーっと顔を隠す物、隠す物…………履いてるパンツしかないや。ズボンを脱いで……頭からパンツ装着! そして、またズボンを履く。ノーパンってなんか開放感ある。ちょっと臭いけど我慢だ。


 そして走ること数秒。


 いた、黒い袋を担いだ男達だ。二手に分かれているな。まず、道を行くのが3人。早歩き程度の速度だ。見咎められない程度だが、それでいて人の目に触れないように注意も払っている。残りの2人は離れて建物の上を駆けている。


 手練れだ。3人はただの町人に偽装しているが足運びや警戒の仕方、『荷物』の庇い方が素人のそれではない。技術的なことは知らないが、そういった彼等の練度つまり『質』をマナから読むことならできる。

 なお、2人の方は黒装束で完全に闇に紛れようとしている。


 さて、倒していいものか。こいつらがなんらかの使命をおった国の諜報部の者という可能性もある。酔っ払っていてもそれぐらいの理性はある。


 どうしよう…………名案を思いついた。名案すぎて自分が怖い。


 屋根の上の人に話しかけてみれば良いのではなかろうか。幸い俺の顔はパンツだから後々になって厄介ごとに巻き込まれることはないだろう。


 そうと決まれば早速。男の背後に着く。


「もし……黒装束の方」


 男は飛び跳ねるように横に動き、俺から距離をとって立ち止まった。


「……パンツ?」


 男の目は驚愕に見開かれている。喋ったりしていいのか? 普通は声とか出さないもんじゃない? あれ、そしたら俺の名案は愚案ということか? くそっ、酒のせいで考えがまとまらない。いいや、行動が全てだ。


「ミスターパンツです。紳士とはかくあるべきと紳士界では有名です。こんなステキな夜ですからね。貴方も屋根の上で天体観測ですかな?」


 決まった! 100紳士ポイントは下らない。さて、相手はどう出る? 何紳士ポイントぐらいの切り返しだろうか。


「……ふー、はっ」


 紳士コミュニケーションを無視し、呼吸を整え、一気に間合いを詰める黒装束さん。なんてやつだ。こいつは紳士コミュニティの者ではないな!


 懐からするりと取り出される幅広のナイフ。毒が塗られているようだ。うむ、殺す気だな。


 ナイフを持つ手の肘を掴み砕く。黒装束は逆の手で寸鉄を放とうとするが、そっちの手の肘も掴み砕く。秘技・両手の肘を砕く拳だ。

 まだ戦意を失ってないのはわかったので、必殺・死なない程度に喉パンチで沈めた。あ、必殺じゃないや。殺しちゃダメだ。


 さて、襲われたのだから襲ってもいいのだろうか。とりあえず殺さなければ取り返しがつくだろう。


 同じ要領でもう1人の黒装束も仕留める。やはり「……パンツ?」と言われたのが気になる。そんなに似合っているのだろうか。


 そして、3人組。こちらは会話をしてくれた。


「……パンツ?」

「……パンツ?」

「……パンツ?」


「ミスターパンツです。そちらの袋に用がありまして」


「何の事だか分からんが、俺たちゃただの商人だ。商品を早々に運ばにゃ上の人に叱られちまう。変質者に用はないからどいてくんねーかな?」


「え? 変質者……?」


 辺りを見渡すがそれらしき者はいない。なんだ、ブラフか? こいつら、やはり訓練されている。


「いや、お前だよ。じゃ、すまんが行くぜ」


「待て、中身は女だな? それは合法か、違法か、正直に答え──」


 言い終わる前に3人は呼吸を合わせて俺に飛びかかる。斜め前方から2人、背後から1人だ。


 とりあえず前に出よう。何せ俺には手が二本あるからな! 相手が2人なら問題ないって寸法よ!


 右手で町人Aが出したナイフを返すように肩に刺す。左手で町人Bが出したナイフを太ももに刺す。そして必殺……無殺・死なない程度に喉パンチで沈める。黒装束と違ってナイフに毒は塗っていなかった。町人偽装のためか?


 背後の町人Cはその時点で既に身を翻して、荷物を掴もうとしている。ここは逃げの一手と判断したのだろう。英断だ。相手がミスターパンツでなければな。


 町人Cも難なく捕まえ、こちらを振り返らせて無殺・死なない程度に喉パンチで沈めた。


 ミッションコンプリート。初ヒーロー業務完了だ。


 さて、相手が賊ならば良いが、これが国の諜報部だったなら急いで逃げよう。ミスターパンツなど存在しなかった。そういう事だ。


 確認のために袋から女を出す。


 銀髪の巨乳美女だった。あ、これ120点の現地妻だ。どうやら気絶とかはしていなかったようだ。ちょっとドキドキしながら猿轡を外す。


「……大丈夫か?」


「……パンツ?」


 またか。そんなにお似合いか?


「攫われているようだったので、運んでたやつを沈めたんだが……問題なかったかな?」


 正当防衛でもあるし。殺してないし。問題はないと思うけど。


「あ、ありがとうございます。彼らは犯罪ギルドの者だと思います。問題はありませ……ん」


 なんか歯切れが悪いな。


「何か問題が?」


「では……なぜパンツを?」


「……ああ、顔は隠した方がいいと思ってね」


「それにしても、なぜパンツを」


「逆にパンツじゃなければ何を?」


「え、シャツとか」


「…………!」


 その発想はなかった。天才か。


 なんかちょっと恥ずかしくなってパンツを取りポッケに突っ込んだ。お酒のせい、お酒のせいだ。


「ええっと、助けていただいてありがとうございます」


「どういたしまして。大したことないさ……あ、動きすぎて尿意が。ごめん、ちょっと出します」


 飲みすぎたのにトイレにもいかずに年甲斐もなく無邪気に走り回ってしまった。

 銀髪ちゃんを背に壁に向かって美しい放物線が描かれた。水が流れる癒しの音が辺りに響く。


 開放感。


 もはやコレ、手はいらないな。両手を上にあげさらなる開放感を求める。あーこのまま倒れ込んでしまいたい。ゆらゆらと体が揺れる。あわせて軌道を変える放物線。


 あ、衛兵の皆さんがやってきた。そこそこ戦闘音はしてたからな。


「これは……何事だっ!?」


 倒れる男たち。銀髪の美女。手放しで揺らめきながら立ち小便する男。たしかに何事だ。説明が必要だな。


「あ、すみません。いま手が離せなくて」


「手は放してるよね?」


「ええ、たしかに。言葉の綾ですよ」


「それはわかる」


 数秒、揺らめく水流音が場を支配し、そして解放の時は終わりを告げた。


「すみません、お待たせしました」


 急いで振り返る。


「こらっ! しまってから振り返れっ!」


「なんと! これは失礼しました」


 しまった。酔いが注意力を散漫にさせた。『酒は怖い。人生を簡単にダメにしちまう』そう近所のおっさんが酒臭い口で、無職だった俺に昼間の公園で語っていたのを思い出す。

 あの時のおっさんが今の俺か。来るところまで来ちまったな。


 しかし、銀髪ちゃんにも披露してしまった。銀髪ちゃんは真っ赤になって俯いている。なんだ、純潔の女神の加護を受けているタイプか?


 ここでやっと衛兵たちは銀髪ちゃんに意識が向いたようだ。ずっと俺に夢中だったからな。


「あ……せ、聖女様ではないですか!」


「はい。聖女の称号を頂戴しております。レイシャ・イルマンです。そこの3人は私を攫おうとした賊。そこのチン………………男性が私を守ってくれました」


 え、なんだって? チン?


「そ、そうでしたか。ええーと。しかし、どうしましょう。立ち小便は違法です。しかも聖女様にチン…………晒すという愚行を犯しております。法に則り3日間の投獄を」


「え、チン……投獄?」


 立ち小便で? なんと。知らなかった。地元では誰でもあちこちでほいほいしていたぞ。これだから都市とは怖い。しかし、俺は紳士だ。素直に拘留されよう。


 すると慈悲深い聖女は衛兵にこう告げた。


「お任せしますが……言うまでもなく男たちの方が重大事件ですので、優先度は間違えないでください。また、そちらの方も私を急いで救助するために我慢なさっていたのです。酌量を求めます」


 たしかに。俺の立ち小便がどうとか言ってる場合じゃないぞ。聖女誘拐未遂事件だからな。


「承知しました。でもまあ、とりあえず逮捕」


 こうして俺は、杓子定規で教条主義な衛兵によって、とりあえず逮捕された。


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