たびだちのうた
「どうしてこうなった」
牢獄の中で1人つぶやく。汚いベッドに汚い壁。慣れ親しんだ空気だ。それが俺の後悔に拍車をかける。
悩んでいるのは『どうしてこうなったのか』であって『どうやって逃げるか』ではない。なんせ、ここは無限牢獄じゃない。人間が作ったただの牢獄だ。俺にとってはそこらの宿と大差ない。ふつうに扉を開けて出れば良いだけだ。待ち構えているのも天使じゃなくて人間だし。
俺は聖王国アロンドネアの聖都で投獄されていた。一人で。向かいにはむさ苦しいオッさんがいる。ああ、もう……何というか、くさっ。全体的に臭い。
向かいにブレアがいたあの時は奇跡だった。無限牢獄で正面がこのおっさんだったら俺は今頃どうなっていただろう。今更ながらブレアに感謝だ。
「ぐはは。しけたツラしてんなぁ小僧。お前なにやったんだ?」
なんて汚い声で喋りやがる。しけたツラの原因の大半は貴様だよ。
「物を尋ねる時は自分からと古来より決まっているんですよ。貴方は何をなさったのですか?」
面食らったような顔をして、凶悪な顔を歪めて男は答えた。
「立ち小便よ!」
立ち小便かよ。てっきり暴力沙汰かと思ってたわ。しかし
「なるほど…………私も似たようなものです」
ニヤリと笑い合う。なんだ、気が合いそうだな。ここは神聖な国なのだ。立ち小便は投獄に値する罪なのだ。
しかし、おっさんと俺ではちょっと立ち小便のランクが違うかもしれない。
俺の場合は聖女の目の前でアロンダイトを抜剣し華麗な演武で壁を濡らす様を見せつけたのだ。
ノーマル立ち小便で投獄されるこの国でダイナミック立ち小便をやったのだから投獄されるのも無理はない。経緯が経緯だけにしょうがないのとは思うのだが……やはり、思う。どうしてこうなった……。
俺の苦悩を他所におっさんは愚痴を吐き捨てる。
「ちっ、酔っ払って娼館いって気分良かったのにこのザマよ!」
「ほう。ということは貴方も元童貞?」
顔を上げて尋ねる。
「ああん?」
「かくいう私も元童貞でしてね」
「いや、そりゃあたしかに俺だって元童貞だが……え、そんな食いつくとこ?」
「何を言ってるんですか? そこはとても大事なとこです」
「え、おう? そう……かもな?」
「そうなのです」
そう、世の中には二種類の人間がいる。童貞と元童貞だ。回数の問題ではない。したかしてないかだ。一回でも一万回でも同じだ。うむ。
あのステキな夜を越え、輝く朝を迎えた俺は情報収集に勤しんだ。正確無比かつ迅速に情報を得るべく行動したのだ。
具体的には宿の人に聞いた。『ここはどこですか?』と。相当に訝しまれつつ得た回答は『ここは聖王国アロンドネアです』だった。聖都から徒歩で2週間ほどの街だ。
そして、俺たちは今後のことを相談した────
「どうする? 近場のダンジョンなら聖都の近郊にあるダンジョン『グルガン』だが」
「時間はまだ一年あるからダンジョンは後回しでも良いのです! 観光したいのです!」
自分の爆散がかかっているのになんと剛毅な女傑よ。
「あたしは肉がっ! もっと肉が食いたいっ!」
こいつはまるで獣だ。バトルジャンキーかと思っていたがここに来てフードバトルに目覚めたりしないだろうか。引き締まったスタイルが乱れないか心配だ。
「私はとりあえずダンジョンには潜りたいわね」
ブレアはそうだろうな。
「とりあえずダンジョンに根を詰めすぎても何だし、久々の人間界を観光しつつ近場のダンジョンでも攻略しようという感じかな?」
異論はないようだった。
「この街も刺激的なのですがダンジョンが無くなったのが残念なのです」
「まあ俺らのせいだし……この国一番の大都市『聖都』はもっと刺激的だろうよ。ダンジョン『グルガン』もある。この二つを目指そうか」
「任せろっ!」
何をだ。
「そうと決まれば準備をしましょうか。お買い物よ」
ブレアも少し楽しげだ。
さて、パーティの当面の目標は定まった。しかし、俺個人の目標は違う。三人の美少女攻略、そして現地妻だ。我ながら大それた目標だと思うが今の俺には自信が漲っている。0と1には大きな差があるのだ。即ち童貞か否かである。
まず、3人の現状把握だ。
ブレアは朝目覚めるといつも通りだった。そわそわちゃう俺とは違う。それが逆に良いとも言えるし、不満でもある。ブレアとの二回目もなんとかして頑張りたい。
そして本物の豚になりそうな懸念があるメスブタも、そのスタイルを維持させつつ攻略せねばならないし、アルマの使用権を正式にご本人了承のもの獲得したい。
現地妻の方は聖都で頑張ろう。大都市だ。人さらいとか倒していけば1人ぐらいコロッと行くんじゃないか。とりあえずチャレンジだ。
それから買い物を済ませ、翌早朝に出発した。
なお、冒険者ギルド、探索者ギルド、ハンターギルドはスルーした。どう考えてもSランクオーバーのマナ総量で騒ぎになるからだ。行動に制限がかかるのは目に見えているので非常に面倒くさいし、メリットもない。
いや、ちやほやされるというメリットがあるか。だがそれは諸刃の剣だ。俺が興味を持てない方々からのちやほやは邪魔でしかない。やはり顔を隠して悪人を闇討ちし、良い感じの女の人が被害者だったら顔を晒して狙い撃ちで仕留めていくのがベストだろう。
また、ほとんどいないとはいえ各ギルドにはなるべく近寄らないようにした。マナ視スキルホルダーがいる可能性もあるからだ。見つかったらそれはそれだが。
街に入るには国民証やギルドカードがあれば通行税も軽減されるが、なくても規定料を支払えば良いだけなので問題なし。
なお、探索者ギルドカードがないとダンジョンには入れないが、適当に押し通る予定だ。何度も入るつもりはないし、探索者が近寄らない夜中にでも見張りを眠らせて入ればいい。出る時はノーチェックだしな。
旅路は基本は徒歩だった。たまに小走り。馬車を使っても良かったが、せっかくだから歩きたかった。歩いた方が早いという俺たちの身体力の高さもある。
気持ちのんびりと、旅を進める。どうやら中々に良い国のようだ。道行く旅人は可愛い女の子が多いし、みんな笑顔だ。なにより温暖な気候のせいか露出も多い。
この国に生まれていれば俺は引きこもったりしなかっただろう。地元はおっさんとおばさんが多数派だった。そんなところで外出しても楽しくないじゃん。
陽の光をいっぱいに浴びて笑い合う3人の美少女とこの国の可愛い娘たち。美味しい果物をかじりながら、適当に魔獣を蹴飛ばす。俺の人生の黄金時代の幕開けだった。
そして、聖都に到着した。この時はその日の夜に投獄されるなんて思いもしていなかった…………。




