やだ、すごい仕上がり……
ついに、俺たちは人間界にたどり着いた。
本当にぎりぎりのところだった。どこかで1秒でもロスしていたら無限牢獄に戻されるか、死ぬかのどちらかだっただろう。
安堵から思わずへたり込む。ああ、しまった。地面は腐臭漂う泥沼だ。
神界から管理人室に侵入し、ダンジョンを逆走するという暴挙はさすがの穴の女神も想定していなかったのだろう。想定していないということは禁忌として設定されているはずもなく、マナ経由での連絡もない。そして、俺たちの存在に気付くのが遅れた。
こんなところだろうか。おそらく、女神はたまたまこのダンジョンで仕事中だったのだと思う。メスブタの引きの良さには今後気を付けよう。こいつが行こうとするところには強いやつがいると思うべきだ。
結局、白い人たちが何者なのかはわからないが、やはり止めようとしてくれたのだろうか。そっちは穴の女神がいるぞ、と。
「やっと、人間界なのね…………」
「ああ、あたり一面腐っているがな」
苦笑いでブレアに言葉を返した。周囲は穴の女神の呪いの声で地獄のようだった。
だが、少し遠くを見れば豊かな自然が目に入る。
明け方だろうか。辺りは薄暗く、しかし空はほのかに明るくなり始めている。遠くに見える山の向こうがうっすらと赤く輝いていた。
少し冷たい空気が肌を刺激する。
臭い泥にまみれていても喜びが身体をみたしていた。それは3人の少女も一緒だった。
ただただ無言で、青藍の空から落ちる赤い稜線を見つめていた。
少しずつ、少しずつ見えてくる。
日の出だ。
いつの間にか見ていられないほどにまばゆい光があたりを照らしていた。冷たい空気の中で暖かさを感じる。身体を包んでくれる日差しに思わず目を瞑る。気持ちがいい。日に当たることがここまで気持ち良いことだなんて。
腐った泥まみれで、精神的にも疲弊している。ひどい有様だけど、誰もケガしていないし生きている。
死ぬ気はなかったが、死んでもおかしくない場面はあった。
生きている。生きているんだ。
俺、エッチなことできるんだ!
よっしゃ。この5年間の苦労が報われる時が来たのだ。ふと、3人を見る。
アルマは圧倒されていた。始めて見る太陽に、山脈に、本物の生命の気配に。
あふれる命を感じているのだろう。そこかしこに生命がある。どこを見ても偽物の秘密の花園とは違う。
わけのわからない虫やトカゲしかいない非常階段とも違う。似たような魔物しかないダンジョンとも違う。その多様性と絶え間なく動き感じられる命に圧倒されているのだろう。アルマは何も言わず、立ち尽くしていた。
メスブタは涙していた。彼女は自分がなぜ泣いているのか気付いているだろうか。
彼女がどれだけ自分のことをわかっているのか、物事を深く考えているのかは知らない。でも、彼女は人間界を見て泣いていた。
この人間界で育った時間の数十倍もの時間を無限に続く灰色の牢獄で過ごしてきたのだ。その牢獄であっただろう無数の出会いと別れ。その中で人間界への思いなどを語りあったこともあったかもしれない。いつか話していた同化した彼女の仲間は、この移り変わる世界に焦がれていただろうか。
ブレアは────睨んでいた。ダンジョンを振り返り、その入り口を。決意を秘めた強い瞳で睨んでいた。彼女はすでに次を見ていた。自分がやらねばならないことを。終えるべき何かを。
…………なんかエッチなこと言える空気じゃないな。出た瞬間はじまるのも悪くないと思っていたけど……まあいいか。腐臭漂う泥沼で童貞と処女ができることなんかないしとりあえずどこかの街でも目指すか。
◇ ◇ ◇
街はダンジョンのすぐそばにあった。ダンジョンの出入り口から街道が続いており、そこを30分進めばもう街だった。人口数千人程度の規模の街だ。
道中、遠くに魔獣の気配を感じたので路銀の足しにでもと狩りに赴き、街に着いて素材屋で買い取りを依頼した。
そもそもここがどこの国で物価がどうなっていて相場がどんなもんなのかなど知らないので適当に言い値で売り払った。
疲れていたし、情報は後でいいからとにかく宿で休みたかった。
宿がありそうな区画に向かって歩いていると道行く人が騒いでいた。
「迷宮『バトゥール』の入り口が消えているらしい」
「なんだって? 誰かが踏破でもしたのか?」
「馬鹿な。ありえない。40階層の暗黒騎士を倒せるやつなどいるものか」
ああ、あの真っ黒フルプレートさんか。背後から切りかかる瞬間に鎧と兜に隙間がないことに気付き一瞬困ったが圧倒的な力技で鎧ごとぶった切ったのだ。びっくりしたからよく覚えている。
そんなことよりダンジョンの入り口が封鎖された? 穴の女神の仕業だろうか。まあ、ダンジョンの管理職の皆様がそろって殉職したんじゃ営業は続けられないか……。困ったな。せっかくルートを把握したダンジョンだったのに。
「いろいろ噂が聞こえてくるが……宿に直行で構わないよな?」
「もちろんなのです」
「腹減ったっ! 肉をっ! 早くっ! 食いたいっ!」
「お風呂があるところがいいわね」
えっ! お風呂で洗ってくれるのか?
「そんな下卑た顔されても悪感情しか抱けないのだけど……お風呂は一緒に入らないわよ」
「え? はは。やだなー。わかってるよ」
しょんぼり。
お風呂付の宿はすぐに見つかった。支払いも4人分問題なくできた。
部屋割りは女性3人部屋と俺一人部屋だ。まあ当然だな。
一人で浴場に行き、風呂につかりながら考える。
俺は真剣に穴の女神を女として開放的にする方法を検討していた。だって毎回あんな感じで出てこられちゃ生き残れる気がしない。
もうちょっと『おっぱいぐらいお安い御用よ!』みたいなビッチな純潔になってくれないだろうか。
そうだな、夏に女は開放的になる。なんでだろう? 熱いからか? ではほんのりダンジョンを温めてはどうだろう。
なんか違うな。そうだ、祭りのせいかもしれない。ダンジョンで夏まつりを開催するのもよさそうだ。
もしくは夏は関係ないけど、おしゃれなカフェとかどうだろう。最下層にカフェがあったりして。テラス席でも作ればオープンになるかもしれない。
そんな穴を司る女神なら刃物を振り回したりしないだろう。『ちょっとぐらいなら…………いいよ?』みたいにならないか。『一回触ったことあるでしょ? ほらほら、おっぱいだよー。もう、何恥ずかしがってんの?』とか。
あんな風に刃物を持って『ウウウ、オアアー!』とか言う女神は不憫でならない。俺のせいだから余計に申し訳ない。
幸せになってほしいのだ。俺の初めてのおっぱいの人なのだから。
あ、そんなことよりブレアの報酬の件がある。女神は後回しだ。
どう切り出すべきか。普通に言うのが良いだろうか。
なんとなく、昔読んだエロ本の名言を思い出す。
──女の体を抱くんじゃない。女の人生を抱くんだ。男なら人形を抱いて悦に浸るような幼稚な嗜好を持つな。
うむ。抱くのは女の体じゃない。ブレアの体だ。ブレアという一人の人間の肉体なのだ。5年間の時を共に過ごし、脱獄という同じ目的のために苦楽を共にした最高の仲間、ブレアだ。
そして5年間、片時も離れずにずっと一緒にいたにも関わらずパンツの片鱗すら見せなかった鋼鉄の女だ。
彼女が時折見せる決意に満ちた表情。最初はなにも感じなかった。しかし、今は違う。その顔の裏には、今にも泣きそうな悲しい顔が隠れているのだ。
理由は知らない。でも全部ひっくるめて、俺は彼女を抱きたい。
と、童貞が申しております。
さて風呂あがるか。とりあえずエッチしたい。小難しいことは二の次だろう。体が繋がってわかることもあるんじゃないかな。早くエッチしたい。
わくわくしながら部屋に戻る。早く女子部屋に行ってブレアを連れ出そう。寝てなければ良いんだけれど。
自室の扉を開けると、そこにはブレアがいた。
湯上りに火照った体。宿で借りた少しゆったりとした服を着たブレアが、俺の部屋のベッドに座っていた。
え、想定外です。
「ゆっくり入ってきたのね」
「ヒエッ? あああ、はいい! アツアツのお風呂でのんびりごっつあんでしたっす!」
ああ、何を言っているのだ俺。突然のブレアに驚き慄いているのか。いかん、このままでは負ける。
「ずっとね……考えていたの」
「ブレア殿は知謀の将ですからなー、思慮深さでは向かう所敵なしでしょう、いやっはっはっは!」
くそ、抜けられない。謎のキャラ設定から抜けられないぞ。これが童貞の限界か。いや……いやだ。こんなキャラで初体験は嫌だ。がんばれ俺、切り替えろ!
「私なりにね……すごく感謝しているの。貴方がいなければ私まだ牢獄にいたわ。間違いない」
「んふぅ……そうかも、ね」
変な吐息が漏れたが口数を減らすことに成功したぞ。大きな前進だ。このままがんばれ俺!
「だからメテオとアルマ、アルファ様にオメガ様にも相談したの。どうやったら最高に悦ばせることができるかって」
「え」
ちょっと待ってほしい。なんか予想外の流れだった。
まず、実は本当に報酬が支払われるのか心配していた。なんだかんだ言ってダメーってなるんじゃないかって。しかし、ここまで力を入れてくれていたとは。疑ったりして申し訳なかった。
しかし、力の入れ方がなんか変だ。女子たちで相談するのは恥ずかしいが、まあ女子だし。百歩譲って良いだろう。
しかし変質神が加わるとおかしなことになる。『あいつはコレで悦ぶ』『実績もある』とか言って何時ぞやの俺のレーヴァテインを模した木の棒を持たせていたりしないだろうか。不安だ。
あとメスブタは役に立ったのだろうか。
ブレアの顔を見ると、お風呂上がりのせいか、話の内容のせいか、微かに紅く染まっている。こんな顔、初めて見た。
不意にふわりと香る石けんの匂い。鼓動が高鳴る。
「こんなことに積極的になるなんて考えられなかった。200年、復讐だけ考えていた。それでよかった。そうする理由があったから。でも、あなたが来て、初めてあった時は『うわぁキモ』って思ったけど。消滅させる方法をかんがえていたけど。いつのまにか頼っていた。いなくなるのが嫌だって思うようになった。エッチでも、バカなこと言ってくれたのが嬉しかった。私の感情を揺さぶってくれたのが嬉しかった。私はまだ生きていたんだって」
「あ、ああ」
気の利いた事言えない俺。消滅させられなくて良かった。
「一回だけ……でも、二回目があるかはあなた次第………『私』を思う存分、楽しんで……」
そして俺とブレアはもつれるようにベッドに倒れこんだ。
◇ ◇ ◇
何というか、すごい仕上がりだった。
さすが神仕込み。わけがわからなくなってしまった。なんというか、すごい良かったことだけ覚えている。何が起きたんだ。
めくるめく快楽の技。未知の技術を駆使した宇宙の法則が乱れるテクニックが繰り広げられ、いつのまにか罵られていたような、鞭でしばかれたような、縛られていたような、あちこち開発されたような、なんかベトベトしてたような…………。
さようなら童貞。お前はもういなくなってしまったんだな。もう2度と会うことはないだろう。
ステータスを見ると、俺のマナ総量が上がっていた。ええ……本当に何されたんだ俺。
何されたかわからないし、意識が吹っ飛ぶまで微妙に着衣プレイだったのでパンツの色も曖昧だ。
なんとなく視界の端には映っていたが……何色だったっけ? もはや視界が全部ピンクだった。全部ピンク、これでいいや。
それよりも、おぼろげな意識の中で。
耳元でささやくように、漏れ出る吐息とともに聞こえた言葉。
──たぶん、あなたのこと好きよ……ニト。だから、いつかもう一度…………
〜1章 神界の変質者 完〜




