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失礼


 トイレに行っているんだな。


 ブレアやメスブタ、そしてアルマが。トイレに行っているのだ。しかも手を繋いでいる。


 素敵だな。だって200年、数百年とトイレに行っていなかったのだ。久しぶりなんて軽い言葉では言い表せないほどの時を超えてトイレにいるのだ。


 凄いことだ。感動すら覚える。ちょっと気を緩めたら泣けてくるほどに。よかったな、みんな。


 そんな事を考えながら俺は部屋の中を確認していた。6人掛けのテーブルと椅子がある。ちょっとした食器棚が奥にはあり、部屋の端には簡易的なキッチンがあった。


 キッチンには吊り棚があったので開けてみた。食料は期待していない。なんとなく開けてみただけだ。

 中にあったのは調理器具だった。変質者スキルを通して本質を探る。おそらく、状態を保持するようなスキルがかかっているのだろう。もしかしたらこの非常階段全体が、無限牢獄の簡易版のような場所なのかもしれない。手すりは復活する様子はなかったが…………そうだな、例えば何らかの意図をマナに持たせて破壊しない限りはそのままの状態を維持する、とかの制約があるのかもしれない。


 続けて食器棚の中を漁ろうとしたところで3人が戻ってきた。


「お待たせなのです」


「はー、スッキリしたっ!」


「…………」


 ブレアは無言の無表情だ。やっぱりトイレ行きたいって言うのが恥ずかしかったんだな。何という乙女。


 しかし…………いいな。


 トイレに行ってきたんだな。妙なエロさを感じる。たかがトイレ。されどトイレ。なぜならば永い、本当に永い時を経てのことだからだ。それだけの時を超えて解放された喜びは頬を赤く染めるには十分だろう。顔を上気させた3人の美少女だ。心のアルバムの表紙に飾ろう。


 アルマは生まれて初なのだろうが聞いたらまた『なのです』が消えそうで怖いからやめておこう。


「あ……俺もトイレ行っておく」


 5年ぶりだ。トイレのことばかり考えていたらトイレに行きたくなった。


「行ってくるのです。男性はこっちなのです」


 男子と女子でトイレ分かれてるんだな。あ、そうだ。


「なあ、誰か見張らないか?」


「大丈夫よ」


 ブレアの端的な回答に撃沈した。


「そうか……じゃ」


 トイレに入ると何とも言えない郷愁を感じた。凄いな。5年ぶりだとトイレにも郷愁を感じられるんだな。


 そして放つ俺のストリーム。届け、この世の果てまでも。


 いやぁ、本当に久しぶりだなこの感じ。すげぇ。三人があんな顔になるのもわかるわ。


 排泄ってすごい。まるで生まれ変わるかのようだ。いや、あながち間違いではない。局所的に生まれ変わっているんだもんな。

 いらないものを出して、いるものを摂取する。おれの体は移り変わって行くのだ。自然の摂理の中へと帰ってきたのだ。

 おかえり、俺の身体。

 おかえり、三人の美少女の身体。


 良いトイレだった。人生最良のトイレだ。これは誇れる。老いて隠居し、近所の子供達に冒険譚を語ることがあればここから始めよう。


──そう、アレはワシが神界ホテルの非常階段で5年ぶりの小便をしたときのことだった──


 いや、つまんないわこの導入。多分この時点で子供の99%が帰る。残る1%は導入を聴き損ねた子供だ。



 スッキリしたところで改めて周りを見る。これといって特徴の無いトイレだな。

 うん、普通……だ。普通? 変だな。うーん、変だ。どういうことだ?


 なぜ、特徴の無いトイレだなんて思えるんだ?


 だって創世以来、誰も使っていないトイレだぞ。何年前のトイレだよ。そんな代物になぜ違和感を覚えない。違和感があって然るべきだ。


 1:このトイレは幻覚である。人それぞれ見えている様式が違う。

 2:これは全て美少女とトイレで戯れたい俺の夢。

 3:最近誰かが作った。

 4:世界のトイレは創世から進化していない。

 5:原始の神々のトイレ技術に近年の人間が追いついた。

 6:常に最新のトイレが自動で導入される謎の技術がある。



 こんなところか。まずトイレが実在するか否かが一つ目の分岐か。


 1がありえそうなパターンだな。2は目が覚めた後に憤死する自信があるから無し。

 3もあるな。警戒が必要だ。4は人類の一員として悲しくなるから無いと信じたい。さすがに原始の人間がこのトイレを作れたとは思わないが…………当時の神々が作った領域に最近到達したとかならあり得るか。ならば5だな。

 いや、しかしメスブタもブレアも俺も、アルマも特にこのトイレに違和感を覚えなかった。数百年の時間のズレがあればトイレは進化するのではなかろうか。いや、聞かないとわからないか。6は面白いけど無視。


 思えば部屋の中からしておかしいのだ。トイレに限らない。とりあえず戻ろう。


 俺は手を洗うのもそこそこに急いで部屋に戻った。



 部屋では3人が何やら相談している様子だった。ああ、いや2人だな。メスブタは虚空を見つめている。


「何かあったのか?」


「食器棚に燭台かあったのだけど、一緒にこれがあったのよ」


 ブレアの手には淡く光る石が乗せられていた。


「魔石?」


 魔石はマナが収束しやすく分散しやすい不安定な水晶だ。マナを原動力とする魔道具には欠かせない。


「多少でも持っていけば路銀の足しになるでしょうから、頂こうかと考えたのだけどね……」


「この部屋のことがわからないのです。不用意に持ち出してガーディアン的なやつが動いたら嫌だと話していたのです」


「燭台の側だよな? その燭台は魔道具なのか?」


「はいなのです。ここに魔石との接続部があるのです」


「たしかに。まあ、特に何かを封印してるような代物でもなさそうだが…………危険を冒すほどの価値もないか。魔道具も魔石も」


「ええ、それもそうね」


 あ、意見があってしまったな……。


「この魔石にも関連するんだけど、トイレの話がしたい」


 ブレアとアルマは変態を見る目に変わっていた。言い方を間違えた……。



「──と、言うわけで創世のトイレに違和感を覚えないのは変だなと」


 あのトイレは創世のトイレと名付けた。カッコいい。


「確かにね。私もメテオも数百年の時の違いがあるけどトイレに対しての認識は同じだったわ。そして、この魔石と魔道具ね」


「ああ、価値観が同じなんだ。魔石に対しても魔道具に対しても、トイレも。どう考えたらいいだろうか?」


「魔石の技術もそう変わらないのね……」


 ブレアの表情は憂いを帯びた。そうだな、たしかに。


「ブレアが囚われなければ劇的に変わっただろうね」


 変わったはずのものが変わらなかった。神の手が介入することで。


「変質神は無限牢獄の意味を全て語らなかった、ということかしら?」


 そして、俺とブレアはいくつか人間界の技術について情報を共有しあった。結論、世界は進化と退化を繰り返している。少しずつ進んでいるように見えて実のところ停滞している。


「変質神に聞いておけばよかったな……。アルマは何か聞かなかったか?」


「特に聞いてないのです。だけど変わることを望んでいるのは間違いないのです」


 だろうな。変化の権化みたいな存在だ。異常な方向性だから何か嫌だが。変わることを後押しする神をあげるとしたら真っ先に思い浮かぶ。他の神をそんなに知らんけど。

 変質神は全力で、背中に手の跡がつくぐらいに後押ししてくれるだろう。特に常識とかけ離れた方向であればあるほどに。


 そうだな。思えば確かに純潔の女神はずっと純潔なわけだ。それはそれでどうかと思う。いつかは変わらなければならない。ダンジョンを攻略していけば何かわかるだろうか。


「…………あまりこの部屋に留まるのも危険かもしれないが少し休むか。考えてみれば花園を出てから数時間、少しも休んでいない」


「3時間半よ」


「そうか」


 天使の大軍を殲滅し、魔法陣を起動し、無限牢獄を脱し、非常階段に潜入し、虫どもを蹴散らし、おしっこして3時間半か。

 なかなか濃密な時間だ。


 思い思いに椅子に腰掛けた。


 先ほどのことを少し考える。マナ記憶を読み取れればもしかしたらこの世界のあらゆることがわかるのかもしれない。


 マナ記憶改竄が覚えられるスキルの選択肢に上がったのだ。マナ記憶読解とか覚えても良さそうな気がする。


『そんなの無くてもマナ、聞いてくれたら答えるのになー。ニトお兄ちゃんだけだよ!』


 優しいな、マナは。


 考えてみれば俺に無条件で優しいのはマナだけだ。なんという孤独。頭の中にしか幸せはないのか。

 いや、誰しもそうだ。他者との関わりで成り立つ幸せなど曖昧で不確実なものなのだ。裏切りや嘘はよくあること。

 頭のなかのことが唯一確かなことなのだ。それによって幸せを感じられる俺は幸せな男なのだろう。


 なんてね。そんな理屈は歓談する美少女の笑顔で吹っ飛ぶ。ええ、幸せです。罵られても相手がこの3人なら構わない。



「ニトも人間界の街並みのことを話すのです!」


 ブレアとメスブタから人間界の街のことを聞いていたアルマが俺にも詰め寄る。


 ふふ。近いよアルマ。


「よし、そうだな。俺が贔屓にしているレンタル魔道具屋の話をしてやろう」


「レンタル? 魔道具を貸すのです?」


「ああ、それはな──」



 少しの休憩を挟んで、扉を開けた。


 さっきまでと同じ、いかがわしい雰囲気の螺旋階段が続いていた。


 俺たちは最下層を目指し再び歩き始めた。



 俺の頬はアルマに叩かれたせいで彼女の手の跡が鮮やかに付いていた。


 あわよくば欲情してほしいと願って説明したエロ魔道具の話は『なのです』を消すのに十分な威力を放ったようだった。


 アルマ自身が一番のエロ魔道具なのではと頭をよぎったが、あまりにも彼女に失礼なので深く反省した。


 階段はまだまだ続く。


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