だってなんか興奮するから
草原には一本の木が生えていた。爽やかな風が吹き、葉を揺らしている。
木陰にはテーブルとイスが並べられていた。イスは5脚だ。多分おっさんは座らないのだろうな。
さて、お茶を勧められたわけだが……あまり逆らわない方がいいだろう。ひとまず流れに身を任せよう。逆らう理由も今のところは無い。促されるままにテーブルへと向かうことにした。
移動しながらも幼女たちはキャッキャと触れ合っている。
「ほっぺ、つんつん」
「きゃっ、やめてよ」
「ふごっふごっ」
おっさんは喜色満面だ。とても興奮なさっているご様子。予想通り、直後には引きずり倒されムチでしばかれていた。それでもなお、おっさんは笑顔を絶やさない。ヤバイな。
もう一度言おう。誰が変質神?
「さて、どうぞ座って」
「うん、座って座って」
「あ、ああ。失礼します」
戸惑いながらも俺たち三人は椅子に腰かけた。神だから敬語とかの方が良いのだろうな。見た目幼女でも神だし。
あれ、そう言えば誰も名乗ってなかったな。やはりおっさんが変質神か? 幼女にこのような行為を強いる変質者なのか。人道にもとる行為だ。いや、人じゃ無いし神の道か。
おっさんが幼女に強制してのことだとしたら俺は許さない。それなりに怒らせない程度に断固抗議してやる。相手は神だしな。無理は禁物だ。やんわりと断固抗議してやる。
「あらためて、わたしは変質神アルファ」
「わたしは変質神オメガ」
「さあ、どうぞ」
「久しぶりのお茶を楽しんで」
出されたお茶をいただく。染みる。久しぶりのお茶だ。まさかお茶を飲むことになるとは。ついさっきまで、牢獄にいた時には思いもしなかった。4年ぶりだ。ただし、飲んだ後に体の中でスッとお茶が消えていくのがわかる。あ、舌に残っていた後味も消えた。ここも物質機能固定の範囲内か。ブレアもメテオも目を瞑り味わっている。2人も俺と同じで、消えるとしても、味わいたいのだろう。消えても、良いのだ。
ふと見ると、おっさんは双子の間で地面に這いつくばっていた。やはり椅子なしか。
いや、しかし幼女が変質神だったか。おっさんでなくて安心した。…………ん? 2人とも?
「あの、お二人? 二柱とも? 神なのですか?」
「うん、わたし達は揃っていても分かれていても変質神」
「そう、わたし達は個であり全。その数は可変的」
「一人プレイも二人プレイも自由自在」
「メンツが足りない時はいつでも呼んで」
なんと便利な。呼んでいいのか。本当に呼んじゃうぞ。
ブレアを横目で見る。彼女は俺の視線に気付き頷いた。ステータスを確認してくれたのだろう。相手はたしかに神だということだ。
「……理解はできませんがわかりました。失礼ながら、そちらの方は?」
おっさんを見る。変わらず変質神に跪いている。
「このおっさんはセバスチャン。無限牢獄の古き囚人よ」
「このおっさんはここで飼ってるの」
「誤解しないでね。本人の希望だから」
「そう、本人の熱い希望」
変質神オメガはムチでおっさんのケツを叩く。
「ふごっ!」
恍惚の表情で喜んでいらっしゃる。絵面が汚い。
「いつまでたっても鳴き止まないの」
「本当にこまったおっさん」
わかった。『変質神と変質者の集い』ということだな。よし、なるべく早くここを去ろう。俺はオールラウンド変質者だと思っていたが、おっさんという汚物……異物が入ることで全く共感できない世界になった。
これが俺の限界か。だが悔しくはない。人には得手不得手というものがある。
そうだな……仮に俺がおっさんの立ち位置ならまだギリギリ分からなくもないかな。いや、だんだん良くなる自分の姿が見えるぞ。
数年もすれば俺もああなる気がしてきた。うん、わからなくもないかも。なんだ、いけるじゃん俺。
恐ろしい。さすが神だ。このわずかな時間で俺の可能性を広げるとは。背筋を冷たいものが伝う。
さて、相手は神だから俺たちとは敵かもしれない。しかし、ここにきて名乗らない意味がない。どうせ相手はわかっているのだろうから。
「セバスチャン殿も無限牢獄の囚人と仰いましたね。ご承知おきのことと思いますが我々も同じく無限牢獄の囚人です。俺はニト、4年前に穴の女神によって収監されています」
「私はブレアです。大地母神によって収監されました」
「あたしは不死王メテオストライクブースター! この世の生を砕くものですっ!」
お前のその自己紹介は何なんだ。丁寧語でもそれなのかよ。まあ、誰にいつ収監されたとかは言わなくても向こうもわかるだろうけど。
「うんうん。知っているよ」
「ごしょーちおきだよ。本当にね」
そうか、ごしょーちおきだったか。たまに思い出したように幼女らしさを出してくるところが中身が全く幼女ではないことを感じさせるな。違和感マックスで怖いわ。
さて、話を進めよう。どうやらこの場は俺がファシリテーターになったようだ。そんな空気を感じる。
「質問してもよろしいでしょうか?」
「ここがどこなのか」
「なぜここにいるのか」
「かな?」
「だよね?」
「はい、おっしゃる通りです」
話が早くて助かる。ここが人間界なら俺たちの目的は達成だ。今すぐブレアから報酬を支払ってもらう必要がある。
「ここはおっさんに創らせた亜空間」
「無限牢獄の秘密の花園」
「別名インフィニティガーデン」
「その別名を使う者はいない……」
「なるほど…………」
わからん。その別名いらないじゃん。
「詳しく知りたそうな顔してるね」
「教えてあげる。おっさんは1億年を無限牢獄で過ごして亜神へと至った」
「無限牢獄は神へと至る道」
「おっさんは今、2億年ぐらい寄り道をしている」
「この秘密の花園で」
「わたし達の下僕として」
「気になることがたくさんあるのですが……」
まずここは人間界ではない。つまりブレアの報酬はお預け。
次におっさんは囚人だったが神へと至りつつある。マナとの同化も選択せずに1億年を無限牢獄で過ごしたとんでもない男。しかし、現在は寄り道して下僕になっている変態。
無限牢獄は神になるための装置?
あれ?
おっさんは1億年を無限牢獄で過ごした。そのあとここで2億年。あ。
3億年さんきたーーー!!
こんなとこにいらっしゃった。そしてこんな見た目。何して捕まった人だよ。俺と同罪か?
「続ける。あのノートとペンとハサミを用意したのはおっさん」
「ハサミを使わなかった場合はここで救済する仕組みになってる」
「ハサミを使ったら神界ホテルにでる」
「659号室の前に出る」
「ある意味ではハサミを使わないのが正解」
「ハサミを使えばノーヒントでぶっつけ本番」
おっさんすげえな。あの摩訶不思議な環境でそれに合わせたひみつ道具をつくったわけだ。さすが亜神。
というか神界ホテルってなんだよ。あとハサミを使う? その後に続くセリフも気になるが。
「待ってください。ハサミを使う? どういうことですか?」
ブレアが先に質問した。さっき魔法陣を書いた者として気になるのだろう。
「何度か見ればわかると思うけど、神界ホテル内の転移は積層型魔法陣による」
「単層で陣を記述すると同位階の亜空間、つまりこの秘密の花園へ無理やりご招待する設定」
「暇を持て余したわたし達の」
「イタズラ」
2人は椅子から立ち上がり、手を合わせてポーズを決めた。いいポーズだ。
「積層型魔法陣…………」
ブレアが考え込んでいる。
しかし聞きたいことが多すぎるな。どうしたもんか。まずは立場を明確にしておくか。
「すみません、先ほどから俺たちの脱獄を許容するスタンスのように聞こえるのですが」
「うん」
「そうだよ」
「手伝っちゃう」
「条件付きでね」
おっと怪しい話になってきたぞ。条件付きか。2人の怪しい雰囲気から、あまり良い条件が出てくるとは思えないが。
「条件というものをお聞かせいただけますか?」
俺が問うと変質神アルファとオメガは幼女に似合わぬ下卑た笑みを浮かべた。
「変質者さんは純潔の女神のおっぱいを揉んだとか」
「よくやった。ほめてつかわす」
「聞いた時はめちゃくちゃ笑った」
「同時にめちゃくちゃ興奮した」
話が見えない。純潔の女神様? 会ったことないが。
「すみません。人違いでは? 女神のおっぱいなんて揉んだことは一度しか…………え、まさか」
「そう、穴の女神ヘレン」
「彼女は純潔も司る」
「穴を守る女神。爆笑」
「穴守り女神。ウケる」
なんてこった。俺は彼女の守る穴『クルリア』を最奥まで違法に踏破し、更には本人のおっぱいまで揉んでしまっていたのか。
女神からしてみればダンジョン踏破も性犯罪になるんじゃないか? そりゃ捕まるわ。
「条件は簡単」
「人間界でダンジョンを踏破しまくってほしい」
「……それはヘレン様が管理されているダンジョンを、ですか?」
「その通り」
「話が早くて助かる」
「理由をお伺いしても?」
「踏破するとヘレンの純潔性が弱まる」
「なんか興奮する」
下卑た笑みを浮かべ続ける2人の幼女を見て俺は思った。ああ、こいつらは間違いなく変質神だわ、と。




