振り向くことを恐れないで
「どういうことかしら?」
「俺がここに来た理由の一つ…………ダンジョン『クルリア』の裏ルートへの入り口にあった渦と同じなんだ」
「理由の一つ……?」
「え、気になるのそこ? 理由の一つだよ。穴の女神のおっぱいだけが理由じゃない。そんな怪訝そうな顔をしないでくれ。悲しいから」
「性犯罪の印象しかなかったから。そう言えばそうだったわね」
今まさにメスブタのケツを堪能してしまったので何も言えない。メスブタは性犯罪と聞いて顔を真っ青にしている。そういえば言ってなかったな。あなたのお尻を触ったのは性犯罪者です……ってヤバい。後でちゃんとケアしないと。大半は事故なんだ。誤解だ。故意はわずかだ。あ、いや、故意がある時点でアウトか。まあ、そんなことは今はどうでもいい。
ともかく、渦と言われた時に思い至るべきだった。いや、しかし4年前のこと。直後の女神おっぱい&タワーお披露目と牢獄プレイが衝撃的すぎて頭から抜けていた。
「えーと、それはともかく。実際にはもう少し、立体的で複雑な造形だった気もするが、二次元的に見たときの形状が同じだ」
「4年前に見ただけでしょう? 確かなの?」
「ああ、無心でなぞり続けたからな。身体が覚えてる」
ニヤッとキメ顔で二人を見る。
「ごめんなさいね。なんかゾッとしたわ」
「ああ、あたしもだ。寒気がする」
言わなくてもいいのではないかと。
つらい。しかし甘んじて受け入れよう。そういうプレイだと思おう。ロールプレイなのだ。
「しかし、一緒だとすると希望が見えてくるな」
「一緒だから何なんだ? 見つけたあなたはラッキーみたいな感じか?」
「いや、そういうハートマークを見つけたから恋の運勢が高まる的な奴じゃないから」
ないないと手を振るとメスブタは明らかにガッカリしていた。なんの運勢を気にしていたんだ。というか数百年も出口探してんだから出口への希望に食いつけよ。
「素敵な考えだけどそうじゃないわ。この無限牢獄からダンジョンを抜けるまで、神界では同じ術式で通ることができるのではないかということよ。マスターキーのようなイメージね」
そう、人間界にあるダンジョン『クルリア』と神界にある無限牢獄で使われている術式が同じだということが重要なのだ。
この術式さえ読み解けば人間界まで難なく抜けられる可能性がある。
「ますたーきー……」
え、それも説明必要?
そう思った時だった。
突如として描かれた渦が輝き出した。俺にも目視出来るほどのマナの奔流だ。牢獄内が光の渦で満たされてかき乱されていく。
「そんなまさか!? 起動した? マナも通していないのに!」
珍しくブレアが声を荒げている。
起動するにしても情報を共有し、整理してからのつもりだったはずだ。
「うおおおおおおっ! かっけぇええええ!」
メスブタがくるくると回りながら部屋の中の渦を追う。何してんだ。メスブタとまれ。
「集まれ! せめて手を繋いでおくぞ!」
転移罠に引っかかった時は身体の接触が重要になると探索者ギルドの講習で聞いた。今回は罠じゃないけど。
二人が渋々と手を差し出してくるのが見える。渋々かよっ! ちくしょうっ!
そうして渦は一点に収束した。
◇ ◇ ◇
気付いたとき、俺たちは草原にいた。ふつうに真っ直ぐに立っている。仲良くお手てを繋いだままだ。
ブレアはそっと手を離したが、メスブタは握りしめたままだ。性格がわかるな。よし、メスブタとは繋げるところまで繋いでいこう。この温かく柔らかな感触を感じられるだけ感じるのだ。
「草原?」
ブレアはきょとんとした表情をしている。こんな顔、初めて見たな。
「ああ、そうだな」
「懐かしい」
メスブタも軽く放心状態だ。つぅと涙が頬を伝って落ちた。そうか、数百年ぶりの草だもんな。
俺自身も感じるものはある。涙を流すほどではないが、4年ぶりの緑は、心のどこかにあったストレスをほぐしてくれた。
「やあ、変質者さん」
「わたしは変質神」
背後から、何の気配もなく唐突に声がかけられた。
たしかに致命的なほどに警戒心は薄れていた。しかし、それにしてもこの距離。天使ですらこの近さで俺たちの背後を取ることはできないだろう。
変質神と名乗った。マジで神なのか。
幼い女の子の声だった。振り返るのが怖い。変質神って幼女なのか? それとも、変質者を極めすぎたせいで声色を幼女に変質し続けている変態の極みなのか? そんな神には会いたくない。いや、神じゃなくてもそんな奴には会いたくない。
神であること。そして相当ヤバめの変質者であること。どちらかだけでも背後に立たせるのはキツい。特に後者がキツい。何されるかわからん。
「警戒しなくていい」
「落ち着いてこっちをみて」
警戒しないわけにはいかないが……振り向かないわけにもいかない。振り返ったら裸のおっさんとかじゃないよな。幼女の声で笑う裸のおっさん。想像してしまった。やめてくれ。トラウマはもう間に合っている。
意を決して振り返る。ただし、ゆっくりと相手を刺激しないようにだ。
そこには幼女がいた。紛うことなき確かな幼女。金髪ロリだ。とても愛くるしい見た目で、まるで天使のようだ。おっと、ウボウボ天使ではなく教会の壁画で見たような可愛い天使だ。
愛でたい。お膝に乗せてお菓子をあげたい。性的な意味ではなく、ただただ可愛がってあげたい。この娘の嫌なことをすべてこの世から排除してあげたい。そんな感じだ。
で、予想外な点が二つ。
まず一つ目。同じ顔が2人いる。双子か? 素晴らしい。右足と左足に乗せられるな。お世話をするために手が4本欲しいところだ。続いて二つ目。これは出来れば視界に入れたくはなかった。双子の背後にはボンテージに身を包んだ小太りのおっさんがいた。首輪をつけられ、そこから伸びる鎖は幼女Aが握りしめている。幼女Bの手にはムチがあった。
時が止まったかのようだ。俺たち三人は固まってしまった。予想の斜め上な光景だったのだ。
幼女Aは気まぐれに鎖を締め、おっさんを引きずり倒す。したたかに腰を打ち付けたおっさんは『グッ』と声を漏らす。幼女Bはそこにムチを上げる。おっさんは苦しそうにしながらも今度は声を出さなかった。
幼女Aはそれを見てつまらなそうにじゃらりと鎖を鳴らす。そして、頭を踏みつけ、鎖を釣り上げるよう持ち上げた。その度におっさんは息を詰まらせ苦しそうな声をあげる。そして、声をあげた罰なのか幼女Bはムチでおっさんをしばく。パシッパシッと乾いた音が響く。おっさんは『ふぐぅふぐぅ』と声を上げる。よく見たら口にはボールギャグが。見たくなかった。
…………えっ、誰が変質神?
俺の常識はおっさんボンテージだと声高に叫ぶが、現実は無情だった。
「ごめんなさい。つい夢中になっちゃった」
「そこにテーブルを用意してある」
「お茶にしよう」
「何年振りかな?」
にこりと笑ってそう言う幼女達。先ほどの変質神と同じ声だった。




