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生きる理由


「ぐるぐる渦巻いている?」


「ええ、天使の遺体が消える瞬間ね。マナが渦を巻くように収束して闇を形成し、部屋着が発していた光とともに身体を吸い込んで行ったわ」


「なんか邪悪なんだけど」


 そもそも部屋着が邪悪なので今更感はあるのだが。


「印象は邪悪ね。もっとも神界の技術を理解するのに人の常識に囚われない方が良いでしょうけど」


「そうだな…………確認したい事は『消える前に渦を巻くマナ』、『マナを循環させた部屋着』、『機能固定の停止権限』か」


 部屋着の機能について分かったことは先にブレアに伝えてある。メスブタは話の途中で死んだ。あいつはこの闘いについてくるには(頭が)弱すぎたんだ。惜しい奴を亡くした。



「マナの循環が部屋着の強化以上の意味を持つのかどうか知りたいわね。機能固定の停止と何らかの関わりがあるのか……。部屋着のマナ分散量が一定値を超えたら……いや、今の情報程度じゃ推測にもならないわね」


「そうだな。そもそも天使が本当に死んでいるのかも怪しい。ここで爆散しても別の場所で復元しているのかもしれない」


「そうね。ここから消えることができるなら、消えた後にどうなっているのか気になるわね」


「マナの循環を変質させる事が出来れば事象の切り分けもできるんだけどな。まだ自分と物質ぐらいしか出来ないし」


 俺はお手上げ状態で手をひらひらと振ってみせた。


 そもそも天使ほどのマナ収束量の存在に干渉するほどの力はない。変質者スキルのレベル上げもしなければいけないだろう。取得した時は絶望したが役にたつな。変質者であることに誇りを持ちつつある。


「とりあえず目指すは初めの牢獄よ。『渦』という観点で探してみましょう」


「渦、渦ね。ま、とりあえずはそうだな」


 そうして俺とブレアは、かつてメスブタと呼ばれた動く死体とともに歩き出した。道は平坦だが、まれに階段状に連なった牢獄や、迂回するには手間がかかるほどの巨大な牢獄もあった。


 歩いても歩いても疲れず、喉も乾かず、腹も減らず、眠くもならない。


 いつまで経っても元気な美少女2人を眺める事ができた。一人は仮死状態だが。

 これはこれで良いのだが、疲れてゼェハァ言っているのも見てみたい。人間界が恋しい。ほのかに上気した頬。そして、肺の奥底から送り出される吐息。汗で額に張り付いた細い髪。甘酸っぱい芳醇な香り。

 そんな乙女と旅をしたい。『休憩しよう、おいで』優しく自然な笑顔でそう言って隣に座らせたい。安心してほっと一息ついたところに水を差し出してあげたい。そして匂いを嗅ぎたい。吸引力を全開に。フルパワーのマックスモードだ。鼻に髪の毛を吸い込まぬように気を配らねば。なに、その程度は紳士の嗜み。当然のこと────



「ニト、帰って来なさい」


「はっ!」


「メテオストライクブースターさんが昇天しているからニトまで心の旅路に出立されては困るのよ」


「あ、ああ。すまん……しかしどこまで行っても牢獄だなぁ」


 相変わらずの牢獄三昧だ。これで世界の様々な牢獄を集めて『世界の牢獄展~拷問の歴史~』みたいな催しでもあれば牢獄の良し悪しを品評しながら歩くなどの楽しみもあるのだが。

 全く同じ形で無限に集めるとは製作者は嫌な性格をしている。


「ホントね。初めて鉄格子を抜けた時はまさか外も牢獄だなんて思わなかったわ」


「そうだな……どこまで行っても、か。絶望する気持ちも分からなくもないよ」


「……そうかもしれないわね」


「マナと同化か。そんな選択肢もあるんだな」


「ええ……私は選択しないわ」



 彼女の言葉からは強い意志が感じられた。同時にその瞳の奥には強い憎悪が見えた気がした。


 事情があるのだろう。誰しもそうだ。人間界で生きてきて、ある日突然に神にここに連れて来られる。やり残した事があるだろう。気がかりな人がいるだろう。


 それら全てを取り上げられ、無為にここで時を過ごさせるのは死ぬより辛いかもしれない。

 ただただ何もせずに、一人、また一人と家族や知人が死んでいく時を牢獄の中で過ごすのだ。


 ブレアが生きた魔法帝国アナリシアは彼女がいなくなって20年後に滅んだ。

 牢獄の中で歴史を告げた時、彼女はどんな顔をしていただろう。鉄格子の向こうで背を向ける彼女の表情は分からなかったが、ただその周囲の空気が凍えるような殺気をはらんでいたことだけはわかった。


「そうか」


 だから俺が返す言葉はそれだけだった。


「ええ」


 ブレアも短く返す。


 俺は時間の経過という点においては、まだ乗り越えるほどの壁にぶつかっていない。身体的に年上になった妹や後輩、幼馴染というジャンル開拓の責務は負っているが、これは拓くべき道であり、乗り越えるべき壁ではない。

 もちろん責務だけではなく、やりたいこともある。ブレアの純潔を丁寧にいただき、メスブタのケツを適当に蹴飛ばしてブヒブヒ鳴かせるのだ。

 それまでは同化なんて選ぶものか。というかブレアの純潔のためには人間界に行かねばならない。メスブタも今のうちから少しずつ距離感をはかって行かねば。やることがたくさんある。忙しくなってきたな。



 さ、暗い話題は終わりだ。

 ついにメスブタが脳死から蘇ったようだ。徐々に目に光がともっていく。


「あっ! 話は終わった?」


「数時間前に終わっていたが」


「えっ! お待たせっ!」


「いや、歩いてたぞ」


「えっ! バカなっ!」


 そんな事言われても歩いてたしな。無意識になれるのも、無意識で動けるのも、数百年の時をこの狂った環境で過ごしたからだろう。


「メスブタは人間界に戻ったら何をするんだ?」


 ブレアに聞くのは躊躇われるが、何故だかメテオには気軽に聞けた。同化を選ぶようには見えないから何かしらやりたい事があるのだとは思うが。


「うーん……人間界でやりたいこと、やりたいこと、やりたいことはないっ!」


「ない? ないのに出口を探しているのか?」


「人間界に戻るというか、死神を殺したいっ! 次は勝つっ!」


 何というバトルジャンキー。神殺しに挑もうとは。死神さんがいなくなったら世界はどうなってしまうのだろう。メスブタに代わりが務まるとは思えん。


「神ってどれくらい強いんだ? あ、ブレアなら見てるか?」


「見たわ」


 彼女は無表情だ。いつもなら何となくわかるが今回は分からん。


「えっと、どうだった?」


「気になるっ!」


「答えは『見ても分からない』よ。大地母神と穴の女神。どちらも神というだけあってステータスは理解不能だったわ。暗号化や改竄とも違うスキルだと思うけど。数字は常に変動していたわ。増え続けるわけじゃなく減りもしていた。スキルに『地』や『穴』があったし称号に『神』があったのはわかったけど。とにかくマナの動きが早かったという印象ね」


 マナの動きが早いとはどういうことだろう。


「勝てるか?」


「勝負にならないわ。会わないようにしましょう」


「そうかっ! 腕がなるなっ!」


 話を聞けよ。武人メスブタ殿は挑む気まんまんなご様子だ。


 相性もあるだろうが、ブレアに勝てないなら俺にもメスブタにも無理だ。

 やれて乳を揉むぐらいだろう。それなら出来た。実績もある。今ならもう少し揉む時間も伸ばせるかもしれない。だが、それまでだ。最後までは無理だろう。


 だが、もしかしたらいつか──


「ニト」


「ああ、失礼。持病が」


 完全に思考がそれていた。生死をかけて戦っているつもりが、違うそれをかける戦いになっていた。なんでブレアにバレたのかはもはや考えない。たぶん、そういう存在なのだ。ブレアだからだ。

 最近はブレアに名を呼ばれるだけで正気に戻れるようになってきたし、裏に潜む毒も敏感に察知して反省できるようになってきた。

 たしかに今の思考は犯罪だ。反省すべきだ。事に及ぶなら如何に喜んでいただくかを考えるべきだろう。


 まずは何よりもブレアだ。この最高の素材をいかに調理するか。それに全身全霊をかけて臨むべきだろう。

 俺は改めて気を引き締めた。


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