《変質者》
「ここはニト殿の心の奥深く……マナ記憶の海ですな。というのも――」
変態亜神が何かをしゃべり始めた。
この空間がどういうところで変態亜神がどうやってここに来たかだとか、ごちゃごちゃと小難しいことを言っているがそんなことに興味はない。
「なんで俺はこんなところに?」
「記憶が混濁しておられるようですな……変質神様との会話は覚えておられますか?」
「…………いえ、まったく」
「なるほど」
「変質神様の指示でブレア嬢が精神崩壊魔法のレベル8を使用なさったのです」
「レベル8か……俺生きてます?」
「ええ、なんとか」
「よかった……」
そりゃ意識も混濁するだろう。というかこの状態からもとに戻ったらマナ総量も大幅アップするんじゃないか。久しぶりだよこの感じ。
「混濁どころじゃないですね。気付いたらここにいたので……わけがわからないですよ」
「なるほど、なるほど。驚かれたことでしょう」
初めてお前の汚い姿をみたときほどの驚きではないがな。
「それで、俺はなぜここに?」
「変質者スキルを極めるためですな」
「極める……」
「ええ。先ほど仰っていたことですよ。世界の常識の垣根を超えるのです」
「さて……意味が不明ですが」
「はっはっは」
何笑ってんだよ。なんとかこいつを消滅させられないか。
たしかにさっきは何かをつかみかけた気がしたがこいつを見た瞬間に吹っ飛んでしまった。
変態はやはり変態なのだ。こいつ自身もきっと自覚しているだろう。
だが……世界の常識を超える、か。
たしかに世界の常識といわれるものはあるかもしれないな。
それはマナ記憶に染み付いた生物の振舞いだ。
マナに記憶が蓄積されていくということ。
マナに刻み込まれたスキルや称号。
物体の概念が固定されていた無限牢獄。
それをベースにした神聖魔法による回復。
転生しても記憶を保っていたアバドンちゃん。
マナには間違いなく人々の生きた軌跡が刻まれている。
それは生まれたときから意識の根底にある常識と言えるだろう。
「待てよ?」
「おや、何かに気付かれましたか?」
「マナ記憶で常識を共有しているのになぜ『変態』が存在するんだ?」
目の前に立っている変態の亜神。なぜこいつは常識からかけ離れて存在している。
マナの配分の問題か? たまたま変態成分が強めのマナで魂が構成されていたのか?
「良いところをにお気づきになられました……答えは単純です。お分かりになりますか?」
「……人は誰しも常識の皮を被った変態ということか」
「ご名答」
「やはり……!」
変態と常識人の違いはたった一点。
その皮を破るきっかけがあったかどうかなのだ!
つまり、変質者スキルを極めるとは……こいつがさっき言った通り。
――世界の常識の垣根を超える!
「常識を知る必要がありますね」
「でなければ普通でないことなどわかりませんからな」
「でもそれだけじゃ足りない……」
「然り。欲求あってこそ」
「なるほど」
気持ちも伴わずに変態行動をしても誰も幸せになれない。
心の底から求めて求めて求めて求めて開放するのだ。それが変態だ。
「ニト殿……気持ちの問題です」
優しくほほ笑むビチグソ変態野郎。
「気持ちの問題ですか」
「何をなさりたいですか?」
俺がしたい事……。
「好きなようになさってください。常識なんて考えずに」
「俺は……」
何をしたい? 何をするために
「俺は、ブレアと――」
「ブレア嬢と?」
「ブレアと――――新婚旅行したい!」
「んん?」
戸惑いの空気が漂う。
「普通な感じですが……」
「いいんだ!」
普通でもいい!
変態かどうかなんてどうでもいい。
俺はブレアとハッピーウェディングしてハッピーハネムーンするのだ!
世界中で種付けファックするのだ!
路地裏で、木陰で、ドラゴンの巣で、火口で、公園で、城で、空で、大海原で!
笑うブレアとしたいし、時には怒れるブレアともしたい。生と死の狭間で!
普通の目標だけど俺の欲求が一番大事なことだ。
「俺は――――自分の欲求を満たすために生きる!」
「なるほど――」
クソみたいな笑顔がおぼろげになっていく。
そして世界は暗転した。
*
目を覚ますとブレアの顔があった。
倒れた俺を膝枕して覗き込んでいたようだ。
表情から読み取ることは難しいが気持ちが伝わってくる。心配していてくれたようだ。
「おはよう、ブレア」
「起きたのね」
彼女が心配していてくれたことを喜ぶ俺の気持ちも伝わっただろう。
互いに照れ臭い気持ちになる。
伝わりすぎてしまうのはやはり困る。
「おかえり変質者さん」
「なかなか良さそう」
「ええ……やっとわかりましたよ。《変質者》のことが」
「そう」
「何より」
「じゃあ」
「頑張って」
俺の言葉を聞いてすぐに変質神とヘレンちゃんは姿を消した。
「はや」
「よくわからないわね。神って」
俺の横ではブレアがため息をついていた。




