死と食はいつだって隣り合わせ
「あたしは……! あたしは……! あたしは不死王メテオストライクブースター…………この世の生を砕くものだっ!」
探索の途中、何匹目かわからない魔物を仕留めたメスブタが声高く叫んだ。何かが極まったようだ。
考えてみればメスブタにとってはここは数百年ぶりの懐かしい狩場だ。思うところがあるのだろう。
いや、訂正だ。『思う』という高度な技術は持ち合わせていないだろうから、本能的な何かが刺激されているのだろう。
本能という点では俺もこのスケスケのダンジョンに刺激されている。水着の皆様も刺激的だし、いつもの三人もとっても刺激的だ。
満たされているな。俺は幸せ者だ。
なんて考えている場合じゃないわ。
「落ち着け、メスブタ。みな知っている。お前はメテオストライクブースターだ」
「そうかっ! よしっ! おちついたっ!」
超高速の反復横跳びをしながらメスブタが叫ぶ。
落ち着くという言葉の存在意義が危うい。吹けば飛びそうなほどに頼りない。
『落ち着く』
あらためて高速で運動するメスブタの姿にその言葉を重ねてみる。とても儚い。
彼女の前ではまるで嵐の日のシャボン玉のように儚く感じてしまう言葉だ。
「まて、どう見ても落ち着いていないぞ。落ち着くという言葉は超高速反復横跳びをしながら使える言葉じゃないんだ。そうだ、少し話をしないか」
「はなしっ!」
「そう、話だよ。怖くない、怖くない」
「うんっ!」
ステラ皇女、覇王もどき、アルフレード皇子、8人の宮廷水着師――長いのでまとめて帝国イレブン――は戦々恐々とした様子でメスブタを見つめている。
それもしょうがない。ロボ大破壊の後、メスブタは魔物を嬉々として狩り続けているのだ。笑顔でひたすらに殺し続けているのだ。
そしてここにきて超高速反復横跳び。
会話も微妙に成り立たないし、何かの間違いで殺されないか心配になるのもしょうがないだろう。
そう、メスブタってそういうところあるんだよな。
ふとした拍子に殺しがちなタイプの女子だ。
「そうだ。そういえば三人が……ブレアとメスブタとアルマが俺を殺そうとしたことがあったよな。いや、あの時は死ぬかと思ったよ」
すごい勢いで帝国イレブンの顔が俺を向いた。
あっと、失敗。怖がらせてしまったか。もっと間抜けな話が良かったかもな。
別の話にしようとするも時すでに遅し。
ブレアが記憶を掘り起こそうと会話に加わってきた。
「そんなことあったかしら……いえ、言い換えるわね。そんな特別な思い出かしら、それって」
「あ、そうだよね……普通のことだったかも。はは」
じわりじわりと帝国イレブンとの心の距離が広がるのを感じる。
「いつのことなのです?」
「ほら、ブラジャーについての知見を深めようと俺が三人にヒアリングを――」
「ああ。ニトが死に急いだ時のことね?」
「そんなつもりはなかったんです……」
ブレアに凍える視線をぶつけられ股間がひゅんっとなった。
「ぺっ」
「あうっ!」
アルマの唾が目に入った。これはご褒美ともとれるな。どっちだ?
「死ぬのかっ!? 手は足りてるかっ!?」
「足りてる。十分だ。安心してくれ」
「そうかっ! ニ、ニトのためなら頑張るからなっ!」
いや、恥ずかしそうに言われてもな……。
頑張って手伝った結果、俺が死んでしまったらこいつはどうするのだろう。
「ニト殿! ちなみにブラジャーについてなら某も語れるが?」
「ノブナ……。いや、大丈夫だ」
「そうでござるか……あ、ちなみにその時はどのような話を?」
「本当に大したことじゃないからもう忘れてくれ――」
ノブナにそう言いながらも、俺の頭の中では四人で話していた時の記憶がよみがえった。
――――
「ブラジャーについて語らないか?」
「死ねばいいのです」
ブレア、アルマ、メスブタに声をかけたところ、即座にアルマから死を促された。
困ったな、俺はブラジャーの話がしたいだけなのに。
「ニト、突然どうしたの? なぜそんなに死に急ぐの?」
ブレアさんも俺の死をお望みのようだった。びっくりだよ。
「死ぬのかっ!? どうやって死ぬんだっ!?」
「いや、死にたいわけではない。ちょっとブラジャーについて語りたいだけなんだ」
「シニスターインビテーション」
「ああああああああああああああ」
――――
うん、死にかけたな。ぎりぎりの攻防だった。
俺が物思いにふけっていると、いつの間にかメスブタの姿がなくなっていた。
「あれ? メスブタ?」
ぐちゃり。
ダンジョンの奥から肉がつぶれる音がした。
「な、何の音なのです!?」
アルマがブレアに抱き着く。なぜ俺じゃないんだ。
ぴちゃっ……ぴちゃっ……。
何かが垂れる音がした。
「これは……この気配……メスブタ!」
俺が叫ぶと同時に血濡れの死体が転がってきた。
これは――――
「ブレア! アルマ!」
「ええ、いつでも大丈夫よ」
「言われなくてもわかってるのです!」
即座に準備を整えた俺たちのもとに、メスブタが現れる。
「狩った!」
「よくやった!」
「偉いわ、メテオ」
「焼肉なのです!」
そう、焼肉にしたらおいしい魔物だった。なんか久しぶりに見たな。
メスブタは魔物の死体の前で仁王立ちし、本日何度目かの名乗りを上げた。
「あたしは不死王メテオストライクブースター…………この世の生を砕くものだっ!」
「うむ、その通り。お前はメテオストライクブースターだ。良いものを狩ってきたな。えらいぞ」
「へへ……っ!」
焼肉パーティーが始まった。
帝国イレブンは唐突なパーティータイムにドン引きしていたが、力尽くで口に肉をねじ込んだらその美味さに感動していた。
食べ終わるころにはすっかりリラックスしているようだった。
うまいものは人の心をつなぐ。
とても素敵なことだなとしみじみと感じ入るのだった。




