いけるいける
ブレアが魔法で男たちをあっさりと消し去った。
アルマはにこやかに『さ、進むのです』と言い、メスブタは『殴り足りないっ!』と素振りを繰り返し、当のブレアは『先に死んでいた人たちの遺体も片付けてあげればよかったわね』と死者への配慮をしつつも、行動にはつながらなかった。
そして、ステラ皇女は呆然自失で只々その様を見つめており、覇王マニアのノブナは『はおう……』とつぶやくのだった。
ステラ皇女がそうなる気持ちはとてもよくわかる。
でもノブナのつぶやきはちょっとわからない。
さて、俺は死体も残らなかった人々に思いを馳せていた。
なぜみんなそれほどまでに皇帝になりたいのだろう。
目の前で文字通り闇に葬られてしまった10位と13位、平均11.5位の彼らを見てそう思った。
だってこんなデスゲームに興じてダンジョンで散るよりも、それなりの権力でのらりくらりとやっていく方が絶対にいいじゃん。
俺が彼らの立場で彼等程度の実力しかなかったら絶対にそうする。
彼らは皇帝を目指してしまったばかりにここで消滅されられたのだ。哀れ。
一番偉いというのはそれほど魅力的なものなのだろうか。
酒池肉林とはそんなにいいものだろうか。
体験はしてみたいが。
うん、体験はしてみたい。
ちょっとだけね。興味本位、というか後学のため、かな?
もっと繊細かつドラマティックなエロティシズムが俺の好みなのです。
そういう金任せ力任せなのはちょっとしか受け付けない。ちょっとしか。
皇帝になって得られるもの、か。
俺が知らない何かがあるのだろうか。エロ以外に。
「ステラ皇女。皇帝になるとすごく良いことがあったりするのだろうか? エロ以外に」
「エロ以外!?」
俺の問いかけでステラ皇女はいつもの調子を取り戻してくれたようだ。
「なぜそんなに驚く。もしかしてエロ以外に良いことないのか?」
「違う! エロしか思いついていないことに驚いたのだ!」
「そういうことか。なるほどね…………本当だわ。言われてびっくり。エロしか考えてなかった」
ちょっとエッチ過ぎたかな。ブレアのせいで昂っているのだ。常時昂っている。
「驚きを隠せない!」
「わかるわかる。ともかくちょっと教えてほしい。皇帝って命を懸けてまで目指すものなのかな」
「そ、そうだな……気持ちを切り替えよう……エロのことは忘れて……うむ! 皇帝とは命をかけて目指すものだ!」
「それがなぜなのかを聞きたいんだけど」
更に問うと、ステラ皇女は間髪を入れずに答えてくれた。
「だってだって全部ほしいままだぞ!」
髪の毛を振り乱しながら力強く主張なさる皇女様。このなんでも欲しがる卑しさをメスブタに少しでもわけてあげられたならば。
まあ、それはともかく『全部ほしいまま』の価値が知りたい。
だって、そうなってしまったらあとには何も楽しみがないではないか。
『パンツを見せたまえ』
『はい、どうぞ』
『うむ、良い縞柄だ。より一層励むが良い』
『ありがとうございます』
そんな世界に価値はあるのだろうか。ちょっとはあるか。
えーと、話がそれたが、ステラ皇女はなぜそうまで全部欲しがるのだろうか。
ちょっとヒントみたいなものでもあればと問いかけようとするが、そこにノブナちゃんが参戦してきた。
「某もおこぼれにあずかりたい。そして成り代わりたい。最終的には」
腕をくみ力強くうなずいていらっしゃる。
ステラ皇女本人の前で最終的に王権の簒奪を宣言されるとは豪胆な女性だ。
「ふっ! あははは! やれるものならやってみるが良い! ノブナよ!」
「おっと、某としたことが口を滑らせてしまい申した。わははは」
「あははは」
「わははは」
笑いあう二人は仲がいいのか悪いのか。
どっちでもいいが、とりあえず誰が皇帝になってもいいし好きにすればとは思う。
何ならアルフレード皇子が皇帝になればいいんじゃないかと思っている。
実際に会ってみたら自作の肥溜めに入ってて頭おかしかったけど、メスブタ以前はずっと1位にいたわけだし皇帝の素質は十分なのだろう。
今の継承権の判定の仕方で皇帝としてのどんな素質をどう測っているのかはさっぱりわからないが。
ああ、そういえば『超文明の遺物の維持が出来ることが皇帝にとって重要な資質』とかステラ皇女が言ってたな。
おそらく科学文明が発達していた旧世界の遺物なのだろうけど。
「ステラ皇女、お楽しみのところ申し訳ない。もう一つ質問が」
「あははは……! なんだ!?」
ノブナはまだ笑い続けている。ちょっとうるさいな。
「このクリスタの上にある皇都のインフラを支えているのは超文明の遺物って話だったけど、それって何がどうなってんのか詳しく知りたい。興味本位で」
「なるほど! 答えよう! まず、皇帝がやるべき仕事は遺物のエネルギーの充填だ。やり方は知らない。皇帝になれる者だけが知ることが出来るのだ!」
「へー」
クリスタで何をどうすれば遺物にエネルギーが充填されるのかはわからないのか。
「そして、遺物がどんな形なのか…………それはわからない!」
なるほど、遺物の姿かたちもわからないのか。
わからなすぎじゃね?
「何をしているのかはわかるのか?」
さすがにこれが分からなかったらアウト。
「わかる!」
「よかった。それは?」
「遺物が何をやってくれているのか…………それは二つある。一つは都市エネルギーの供給だ! 下水処理や街灯、ごみ処理、さまざまなことに使われている!」
「は? 充填したものを供給するのか?」
皇帝がわざわざインフラ維持のために遺物にエネルギーを充填し、それを都市の諸問題の対応のために供給していると。
「そうだ! その辺はよくわからん! たぶんダンジョン内に良質なエネルギーの元があって、それを遺物が使いやすいように変換してくれているようなイメージだと思う!」
「なるほど。まあ、いいや。二つ目は?」
「二つ目は……帝都を浮かしているのだ! ほんのりと!」
え?
「ほんのり……なんだって?」
「ほんのり浮かしている!」
「ほんのりとは具体的に言うと?」
「地震とか水害とかの影響が軽減されるぐらいのほんのりさだ!」
という事は浮こうとしているけど接しているのか。
んんん? それ浮いてるって言う?
横で聞いていたブレアが興味を示した。
「聞いたことが無かったわ。興味深いわね。仕組みはわかっているのかしら?」
「仕組みはわかっていない! だがわかっていればもっと出来ることがあるかもしれない!」
「出来ること? もっとちゃんと浮かすとかかしら。確かに出来ることは増えそうね」
「ああ、そうだ! かつては雲の上まで浮いていたと聞く!」
「そうなると気温の低下が気になるけど、それも遺物が何とかするのかしら」
「さあ!?」
まあ、飛んだことないんだからわからないよな。
「でも、夢があるな。都市が空を飛ぶとか」
俺がそう言うとステラ皇女はひときわ興奮して話しだした。
「だろう!? ボクの夢は星まで皇都を浮かすことだ! あのキラキラの星を狩るのだ! 皇帝になってこの都市をキラキラの星空の中に浮かべるのだ! 素敵だ! 素敵なのだ! あのキラッキラの星をボクのものにするんだ!」
目をキラキラ輝かせながらステラ皇女は一気にまくしたてた。
ファンシーなボクっ娘だったのか。もっと卑しめの欲しがりさんだと思っていたが、星空に皇都を浮かべてキラキラにするという乙女思考だったわけか。
自己紹介で『星を狩るもの』とか名乗っていたけど文字通りの意味だったのか。
俺が乙女にしみじみしていると、ずっと黙っていたアルマが口を開いた。
「でもそう考えるとメテオちゃんの名前って若干不吉なのです」
「不吉? ああ」
俺が納得するとブレアも微妙な顔でうなずいた。
「そうね、そういえば」
「どういうことだ!?」
ステラ皇女が問い、アルマが答えた。
「メテオストライクは天空都市の墜落をイメージさせるのです。隕石が都市にぶつかるのか、都市を隕石に見立てて墜落させるのかはどちらでもいいのです。何にせよ墜落をイメージしたのです。しかもブースターなのです。あと押ししちゃっているのです」
「な、なるほど!」
ステラ皇女が納得すると同時に、何もわかっていないだろうメスブタが崩れ落ちた。
「不吉だったのかっ!?」
「メスブタ、気にしなくてもいいさ。この都市にとって不吉というだけでお前にとっては大したことじゃない。そもそもメスブタっていつも自己紹介の時に『この世の生を砕く者』とか言ってるじゃん? あれに比べたらどうってことないって」
「そうかっ! いけるっ!」
「うん、いけるいける」
メスブタが元気になった。
ステラ皇女に聞こえないようにこっそりとアルマに質問する。
「700年前の皇帝が何を思ってメスブタにそんな名前を付けたのかわからないけど、そもそもこの皇都を雲の上まで浮かしたら神の禁忌に触れたりしそうだよな」
「たしかに何かしら触れそうなのです」
その時――――
ガショーンガショーン。
「ロボなのです!」
アルマが興奮する。曲がり角からロボが現れた。
そして、さらに背後から――――
「いた! ラッキーパーソン!」
肥溜め人がダブルピースで現れた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
活動報告に書籍の表紙というかブレアをアップしました。
よろしければご覧になってください。
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