こわかわ!
――大迷宮クリスタ第一階層。
少し進むと怒声と剣戟が聞こえてきた。たまに女の悲鳴も混じっている。
怒声剣戟、悲鳴混じり。語呂がいいな。
マナフィールドを広げると女が二人いるのがわかった。男が11人。もしや女さらいか? 卑劣なり……。
「女さらい、あるいは痴話喧嘩なのです?」
アルマとまさかの女さらい被り。そんなことある?
「いや、女さらいはともかくさすがに痴話喧嘩でこんなことには……なるか。ありえるな。でもまあ、普通に考えて継承権争いだと思うけど」
アルマの発言にまともな思考で指摘をしつつ進む。俺はまとも。一般的な人類だ。
ちょっとエッチでお嫁さん(仮)が超絶美少女なだけの無敵の青年だ。スケスケトラップを求めてやまない程度の軽いエッチだ。
でも……女さらいだったらどうしようかな。助けてあげたらモテちゃうかな。困るなーまいったなー。
このままだとかち合うな。華麗に助けちゃうべきなのかな? そして現地妻に……。
女という女をダンジョンから救い出し、ここクライトン帝国に『英雄ニトの館』を建築。『女救い』の称号を得た俺はそのハーレムで優雅に暮らすのであった。
英雄ニトの物語 〜完〜 ニト先生の次回作にご期待ください!
おっと背後から殺気だ。
「…………」
ブレア様が俺を見ていた。感情が見えない。底知れぬ闇を感じる。
「男の甲斐性じゃないかな?」
「…………」
ブレア様は変わらぬ様子で俺を見つめている。可愛い。怖可愛い。こわかわ。こわ、かわ……。
「……うん」
とりあえず頷いて……ブレアの頭を撫でてみた。
優しく、ぽんぽん、と。
「ブレア、戻ったら必ず指輪を」
するとブレアは少し耳を赤くして、上目遣いに俺を見て、口を開いた。
「股間を……」
こかんっ!?
「股間をぎゅっと収束して使い物にならなくさせるのもアリかと思っていたのだけど、今度にするわ」
「そ、そうだね。今度にしよう。出来れば俺が死んだ後で」
「なら私の言葉を忘れないことね」
ブレアは頭の上にある俺の手を振り払い、いつものように腕を組んで尊大に言い放った。
さて、冷静になった。股間が無事で何よりだ。
おそらく継承権争いだろう。皇族しかいないダンジョンで女さらいはいないだろう。夢から醒める時が来た。
皇女様にご意見を伺うか。
「ステラ殿、皇女としてはどのようにお考えか?」
なんとなく古風に聞いてみた。
「おそらく継承権争いだ! ライバルなので隙あらば仕留めたい! 殺す! 少しでも多く殺す! 順位を上げたい! 我が野望のために! 全てを我がものとするために」
なんと苛烈な思想。なるほど、此奴は皇帝になったのならば侵略戦争を繰り返す血塗られた皇帝になりそうだな。あな恐ろしや。
覇王マニアさんにもご意見を伺おう。ご意見番だ。
「ノブナ殿、覇王はこのような時いかようにすべきか?」
あっとしまった。先程から古風な癖が抜けぬぞよ。
ノブナちゃんは真顔で頷き俺を見つめる。頬がわずかに赤く呼吸が荒いのは何らかの持病のためだろう。決して赤い実が弾けたわけではあるまい。
「某ならば……殴りまくって弱き者を殺し、生き残った者を配下にするでござる」
ゴリラ脳め。なんという野生。貴様が育った群れならばそれで良いだろうが此処は人間の世界だ。
「メスブタはかつてどうしていたんだ?」
ついでにこの中で一番の継承権争い熟練者にも質問してみた。まともな回答が得られないことは理解しているが、少し楽しみ故に。
「笑顔だっ!」
「ほう……意味不明。詳しく」
「殺気を放つと逃げられるっ! 殺したいときは笑顔だっ!」
「あ、皆殺し前提ね」
さすがデスゲーム。これは不要な貴族を殺戮する儀式なのか。
そうこうしているうちに争いの現場にたどり着いた。
5対4で争っているようだ。彼らの足元には死体が4つ。女お二人は……あ、お亡くなりに。なんてこった。
女さらいでも痴話喧嘩でもなかったか……いや、男ばかりではあるが痴話喧嘩の可能性は残されているか。
「ステラ皇女、彼らに見覚えは?」
「10位と13位の争いだな。出来れば弱ったところを仕留めたい」
ふむ。じゃあ、待つか。
そう考え、争う彼らの前で待つ。
だが、よくよく考えてみれば、争う当人たちが、目の前で待っている集団を見逃すはずもない。
争いは中断され、集団の一人が俺たちに声をかけた。
「貴様ら何者だ!」
参ったな。なんて答えよう……何でもいいか。正直者のニトくんだ。
「当然だが継承権争いの皇族とその護衛だ! 貴殿らが死ぬのを待っていた! 漁夫の利だ! 頼む、争ってくれ!」
男たちが息を呑むのがわかる。正直者だと驚いたのか。
「な、何位なのだ?」
く、正直者の設定で始めてしまったからな。正直に答えよう。
「1位と174位だ。平均すると87.5位だ。平均して11.5位の君らには及ばない」
1位を目立たなくさせる作戦だが効果のほどはどうだろうか。
「1位だと!?」
「アルフレード皇子を抜いたというのか!」
「ばかなっ!」
「何にせよ、邪魔者だろう!」
「くそ、ここは一時休戦だ!」
「ああ! 皆の者、かかれい!」
ええ……決断早すぎない?
先ほどまで争っていたにもかかわらず仲良く俺たちに襲いかかるメンズ。
殺すしかないのか。躊躇いはないが戸惑いはある。なぜこんな簡単に襲いかかるのだろう。
「ぬわぁ!」
「ぐはぁ!」
あ。先頭の二人が弾け飛んだ。文字通り肉体が弾け飛んだ。
「殺していいのかっ!?」
メスブタが肉塊の前で笑顔で俺に問いかけた。
「いや、殺る前に聞こうな? 死んでるから」
「えっ!? すまんっ!」
「いや、殺してもいいんだけどさ」
「そうかっ! 殺ったぞっ!」
「見てたけどさぁ」
メスブタは戦闘ができてご満悦だ。無限牢獄に投獄される前からこんなことを日常的にしていたんだな。すごいなぁ。こわいなぁ。
「どいて。まとめて殺るから」
「え?」
ブレアが俺たちの前に出た。そして――
「ダークスフィア」
「うお……」
黒球は男たちを包み、みるみる小さくなっていく。そして、そこには何も残らなかった。
…………皆殺しにしなさった。
うちのお嫁さん(仮)はほんま恐ろしい子やでぇ……。




