すごいじゃん
「私こそが人類史に残るラッキーパーソンであり、君こそが私のラッキーパーソンだ!」
アルフレード皇子は興奮気味にステラ皇女を指さす。自作の肥溜めの中から。
「ボ、ボクが!?」
ステラ皇女は驚き目を見開いた。そりゃ肥溜めの中の人からラッキーパーソン認定されれば誰だって驚くよな。
「そう、君が!」
「ボクのラッキーパーソンである肥溜め人の皇子のラッキーパーソンがボクってことなのか!」
ステラ皇女が確認する。非常にわかりにくい。
横を見るとメスブタは何も考えていない笑みを顔に張り付けていた。わけわからないよな。俺も同じだ。
皇子は自作の肥溜めからずるりと這い出てきながらステラ皇女に詰め寄る。
「その通りだ! 君と一緒にいたい! ずっとずっと」
「ボクと……ずっと!?」
ステラ皇女は顔を真っ赤にして鼻血を吹いている。何を考えているんだ。
なんだこれ。継承権1位であることをアピールしつつ、宮殿内を散策してメスブタの想い出話でも聞こうかと思っていたのだが……。
それがなぜかラッキーパーソントークになっている。
ステラ皇女と肥溜め皇子は意気投合しつつある。
「――つまり『肥』とは古に言う『声』であり、それは人心をまとめ、あらゆる災難を『越え』る、国にとってのまさに肥料となるのだ」
「なるほど、きたないな!」
「政治とは汚いものだよ」
「反吐が出るな!」
「それも肥だ」
「なるほど!」
二人の距離は近い。美男美女で絵になるし、表情も自然だ。笑いあっている二人は恋人同士かと思うほど。
いい感じの二人だけど会話の内容が汚い。それに、いい感じと言ってもさすがに恋人になるってことは無いと思う。そもそも二人って親戚だよな。
「すみません、お二人はどのようなご関係になるのでしょうか」
質問するとアルフレード皇子とステラ皇女は顔を見合わせて答えた。
「さて……私は現皇帝と皇后の第一子だが、君は?」
アルフレード皇子は普通の国なら普通に継承権1位だな。
ダンジョン攻略という謎ルールを課せられてもさっきまで1位に留まっていたのだから努力もしっかりしているのだろう。偉い。肥溜め趣味がちょっとアレだけど皇帝の職務には関係ないだろうし、趣味嗜好は人それぞれだし。
というかステラ皇女の事はやはり知らないのか。皇族も多いと全員が全員その関係を把握しているわけじゃないか。それが2位と174位ともなれば当然だな。
アルフレード皇子に促されたステラ皇女が話し出す。
「ボクは先々代皇帝とナタリア妃の子、シスネロス公爵シーロとエンディ王国の第二王女ペネロペの嫡男レジェスの娘だ! ちなみに母はテヘロ侯爵家のサリータだ!」
はとこなのかな。いや、祖母が違うだろうからもう少し遠いか。
というかステラ皇女は皇族公爵家になるのか。皇女であっているのか? まあクライトン帝国が皇族に含めているのなら皇女でいいのか。
「あたしは覚えていないっ!」
「そうか、残念だな」
メスブタには聞いてなかったし覚えているとも思っていなかったが思い出して話そうとしたことは偉いと思う。
「さて、君たちは部屋が目的で来たという事で良いのかな?」
アルフレード皇子に問われる。部屋が目的?
「いえ、1位である事を見せびらかしに来ただけですが?」
「なんと…………!」
アルフレード皇子および周囲の方々は驚いておられる。というか封印されていた皇女メスブタが舞い戻った設定でそれほど驚かなかったくせにここで驚くのか。
「部屋は譲らなくていいのかい?」
「ああ、なるほど。えーと面倒なんで結構です」
順位が変わるたびに引っ越しているのか。大変だな。てことはステラ皇女も引越しすることになるのか。もっとも継承権1位のメスブタが部屋はいらないと言えばそのままなのだろうが。
「という事はボクも伊波庵は引っ越す必要はなくなるな。人出梨小屋に移るのかと思っていたが!」
なんだその小屋。この国はどこかおかしい。
「ダンジョンに潜ればすぐに順位は上がりますよ」
「期待しておこう」
ステラ皇女がにやりと笑みを浮かべる。良い顔するじゃん。鼻血さえちゃんと拭いていればカッコいいと思ったかもしれない。
「じゃあ、俺たちは宮殿内を散策しますので……ステラ皇女はどうします? あとで合流しますか?」
「いや、ボクも行こう」
「ぬう、ならば某も」
行くのか、ステラ皇女とノブナ。ここでアルフレード皇子と親交を深めた方が後々良い地位を得られそうな気がするが。
「私はここで儀式を続けよう。肥を溜めねば」
周りの人々は皇子おいたわしや状態だ。水着美女たちを放って置いて変態プレイとはな。なお、この場合のプレイは祈りのプレイだ。
俺たちは肥溜め部屋を後にした。宮殿散策しつつ上位ランカーにご挨拶してまわろう。痴女いないだろうか。
「さすがに高価なものが多いわね」
ブレアが周囲を眺めながら言った。言われてみれば確かに高そうな品が所狭しと飾られている。小さな村育ちの俺には高そうという程度にしかわからないが。
ふと、横を見ると壺があった。古くて味がある。どれ、違いの分かる男っぷりを披露してみるか。
「壺だ。高そうだな」
ダメだ。これ以上何も言えない。作戦は失敗か。
「壺なんて土なのです」
アルマが身もふたもないことを言った。それはその通りだが。おっぱいなんて脂肪なのですみたいなセリフだな。夢や希望、浪漫を度外視した度し難い発言だ。
「その通りだけど……あの壺は高いわよ」
違いの分かる女、ブレア様が断言した。すごい自信だ。
「なるほどなのです。土にも良い悪いがあるのです」
ふむふむと頷くアルマ。その思考はどうやって持って帰るかに移っているのだろう。サイズを測ろうと視線が忙しなく動いている。
「硬いかっ!? 硬くないかっ!? それともすごく硬いかっ!?」
突然のメスブタ。見てわからないのか。脆そうだぞ。お前の今の鼻息で壊せそうなぐらいには。俺がそう言う前にブレアが返事をした。
「硬くないわ」
「そうか」
ガシャーン。
「あっ」
メスブタは高価な壺だったモノの上に立っていた。得意気だ。なぜ。
「壊したっ!」
「なぜ」
「んっ!?」
笑顔のまま首をかしげるメスブタ。マジ分からん。でも可愛い。
「おおおお、ドンジラスの壺が…………!」
ステラ皇女が固まっていた。そんなに良い壺だったのだろうか。
「メスブタ、無闇にモノを壊さないようにしような」
「わかったっ!」
「あと、ステラ皇女。ショックを受けているようですが何か思い入れでもあったのでしょうか」
謝った方がいいのかな。
「いや、いずれボクの所有物になる予定の高価な品が壊れたので驚いてしまったのだ!」
174位でよくそんな断言できるな。謝る必要はなさそうだ。ここは継承権1位のメスブタ様の権力頼りで無視していこう。
そしてまたしばらく歩く。広間があった。何人かの侍女が訝し気にこちらを見るので、メスブタが継承権チェッカーを披露すると平伏した。いいなこれ。俺が継承権1位だったらな……。
妄想に耽りつつ壁を見ると上の方に絵が飾られていた。
「絵だ。高そうだな」
ダメだ。これ以上何も言えない。今回の作戦も失敗か。
「絵なんていいのです。とっとと宝石を持ってくるのです」
侍女に向かってアルマが偉そうに指示を出した。なんだこいつ。
侍女は慣れた様子で返事をした。
「宝石という事でしたら、こちらの絵画は高価な宝石を砕いた岩絵の具で描かれたものでございます」
「脚立を持ってくるのです」
アルマはビシッと侍女を指さした。そこには有無を言わさぬ力強さがあった。持って帰るつもりだな。
指さされた侍女はいそいそと去っていく。脚立を持ってくるのか。
また絵を壊したりしないだろうかとメスブタを見ると彼女は固まっていた。
部屋の隅を見つめている。その視線の先には銅像があった。高笑いが聞こえてきそうな顏の男の銅像だ。
「メスブタ、どうした? 銅像は壊すなよ?」
メスブタはふるふると首を振って答える。
「父上の銅像だ…………あたしが子供の時に作ったっ!」
え。すごくない?
「マジかよ」
「すごいのです」
「すごいわね」
「すごい!」
「なんたること」
俺も、アルマも、ブレアも、ステラ皇女も、ノブナも。
みんな同じことを考えていた。メスブタって銅像とか作れたんだな。




