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星を狩る者


「やっと着いたな…………皇都だ!」


 目前には華々しい都が広がっていた。

 門をくぐり、メインストリートを行く。

 大陸有数の大帝国クライトン。その皇都は多種多様な種族の坩堝だ。

 人族、エルフ族、ドワーフ族、草原族、獣人族、魔族…………多いのはこの辺だが他にも挙げ始めればきりがない。

 そんな多様な種族がそれぞれの文化を惜しげもなく披露するものだから、皇都は混とんとした様相を呈していた。

 他の国なら何らか多数派の種族がいるものだが、このクライトン帝国にそれは無い。

 何もない土地に他種族の交易地が生まれ、都市となり、国となり、帝国としてここまで拡大したのだ。

 皇族もベースは人族だが、他種族の血も多く入っている。あ、てことはメスブタもそうか。


 さて、ここまで都市が発達すれば技術も相当に進歩しただろうと前なら思ったものだが、禁忌に触れて滅んでいないという事は神が着目するような技術発展も無いという事だ。

 単に人がたくさん集まってちょっとした進歩と退化を繰り返しつつ経済を回しているだけなのだ。

 この帝国が誇る50万都市皇都クライティアも、神の箱庭というわけだ。


「そう考えると情緒もないけど、ここに生きている人たちの活気は本物よ?」


 ブレアに言われ、道行く人の表情や、露天の賑わいを見る。


「それもそうだな。あんまり神とか気にするのも良くないか」


「そうよ。神なんて殺せるときにちゃんと殺せばいいのよ」


「一理ある」


 あの邪神の事を四六時中考えているとか嫌だ。


「さて、どうするのです? 宿を探すのです?」


「そうだな。とりあえず草原族が運営していない宿を探そう」


 草原族はエロに関して妙に鋭い。レイシャとユリーネのお人形で遊んでいたのがなぜかバレたりしたし、なるべく近付かないようにしよう。


「そんな事していたのね……可哀そうな人」


 あ!


「いえ、あの時は聖女脱走にあたって何かできることは無いかと考えていただけでですね!」


「いいのよ。分かってるから」


 にこりと微笑むブレア様にはもはや何も言えない。とにかく草原族の営む宿は避けよう。


「頑丈な宿がいいなっ!」


「お前の前で『頑丈』ほど頼りない言葉は無いな」


 どうせそれがオリハルコンの宿でも木造の掘っ立て小屋でも変わりはしないのだ。いつかのように尻で砕くだろう。

 頑丈という言葉が震え上がっているのではなかろうか。自分には荷が重いです、と。


「それでダンジョンにはいつ入るんだっ?」


「今日は着いたばかりだし……明日にでも情報収集して明後日かな…………と」


 何かが近付いてくるのをマナフィールドで察知した。


「どうしたの?」


「何か来る……」


 真剣な表情でブレアに答える。命に関わる事態ではないが、何か変だ。


「何かしら?」


「来る? 腹痛なのです? 腹痛って突然来るものなのです。秘密の花園では知り得なかったことなのです」


「うんこかっ?」


 三人同時に質問されて66.6パーセントがトイレ話だった。


「違う。何か走ってる。マナフィールドで検知したが……女だな。女が追われている。追っているのも女だ。1対1だな」


「何が変なの?」


「追われている方が女なのか自信を持てない。こんなことは初めてだ。俺は女なら間違いなく検知できるし、目視では年齢を外すこともあり得ない」


「うわぁ……なのです」


 アルマは引いた。ブレアは冷めた。メスブタは頷いた。予想通り。


「追っている方は女だ。間違いなく女。だが……なんか知っている感じがする」


「知り合いという事かしら?」


 ここでブレアが普通のブレアになってくれた。氷のブレアはお帰りだ。お帰り優しいブレア、さようなら氷のブレア。


「いや、違う。知り合いに似ているのかな? 近くでよく見ればわかる気がするが。あ、そろそろ視界に入るな」


 そしてメインストリートの向こうから走ってくる何かが見えてきた。

 人ごみをかき分け、露店の商品を蹴散らかし、さながら魔獣の暴走のようにそれは突き進んできた。


「ウッホオオオオオオオオオ」


 第一印象ゴリラ。ゴリラのごとき輪郭に大きな鼻、ギョロリとした目、何よりその巨大な堂々たる体躯。

 そして、黒髪のおかっぱ、丸眼鏡、服装はゆったりしたタイプ。おしゃれなゴリラだ。意識高い系ゴリラ。

 ゴリラなだけあって見た目からオスかメスかは判別しがたい。いや、判別する方法はあるのかもしれないが俺はそれを知らない。


「待ちなさーい!」


 そしてゴリラの背後から迫るのは赤髪の美少女だった。

 第一印象ゴリラとは違ってこちらは第一印象人間。

 カワイイ人間だ。女子力高い系人間。

 風に揺れる長い赤髪、美しいほっそりとした輪郭、意思が強そうなはっきりとした瞳、長いまつげ、麗しき桃色の唇、赤髪が映える真っ白な肌。

 遠距離からでも俺の瞳はその特徴を余すことなくとらえた。変質者スキルの神髄はここにある。


 さて、追っている方と追われている方どちらが悪いのだろうか。

 いや、善悪など時と場合によって変わるもの。美醜もしかり。どちらがかわいくてどちらがそうでないかも時と場合によって変わるものだ。

 だが、変わらないものがある。それは……そう、俺の好みだ!

 追っている美少女と仲良くなりたい。

 だから追われている非美少女を捕まえよう。

 強盗かもしれないしな。最悪、追っている美少女ちゃんが俺の価値観で悪者だった場合は、ウッホと叫んでいるゴリ……女を逃がして、美少女ちゃんを捕まえよう。お仕置きするのだ。


「ニト、そろそろお仕置きの対象が来るわよ?」


 はい、ブレア様。お仕置きをいたす予定はございませんので。

 我が変質者スキルが違和感――見た目知らないのに知り合いの雰囲気――を訴えております故、トラブルには首を突っ込んでみたく存じます。


「構わないけど」


 そしてちょうどウッホと叫ぶメスが俺の横を通りすぎようとする。あわせて俺は華麗に足払いをした。ちょっと避けるそぶりを見せたあたりそれなりに達人なのだろう。

 そして足を払われ宙に浮いたところをアルマが鞭で捕まえて縛り上げる。いいぞアルマ。


「う、うっほあああああ? なにゆえ、何故、某を捕まえ申したぁぁあぁぁ?」


 声がでかいな。しかしまじまじと近くで見て改めて認識する。女の子だ。

 えっと、19歳……19歳だな。マジかよ。この貫禄で19歳か。


「なんで逃げてたんだ?」


「それは……ひぎゃあああああきたあああああ」


 一々声でかいな。振り向くとそこには赤髪の美少女がいた。


「よく捕まえてくれたね! 感謝するよ!」


 あ、これは…………なるほど、そういう事か。

 ブレアを見る。彼女もわかったようだ。


「俺はニト、旅人です。事情も知らずに介入してしまい申し訳ございません。よろしければ事情をお聞かせ願えませんか? こちらのレディを捕まえても良かったのか、俺には判断がつきませんので」


「え、某をレディと見抜いて…………すき」


 不穏な言葉が聞こえたが今はそれどころではない。


「なるほど! それもそうだな! ボクはステラ・ヴェナティオ・クライトン! 星を狩る者だ!」


 星を狩る者…………と。


「クライトンという事は……」


「ああ! クライトン帝国第83皇女、皇位継承権173位の皇族だ!」


 やはりか。メスブタに感じが似ていると思ったのだ。メスブタと同じクライトン皇族の血筋か。


 というか173位とか継承権無いに等しい。数える意味あるのかそれ。よく頑張って数えたな。メスブタなら2位ぐらいで数えるのを止めるところだ。いや、継承という概念を理解できないかもしれない。

 もっと言えば一人で出歩く皇族もどうかと思うし、こんな公衆の面前で名乗るのもどうかと思う。平民の俺が言うのもなんだが皇族としての意識をしっかり持った方が良いのではなかろうか。

 しかし数百年前のこととはいえメスブタを育んだ国だし……お国柄かな。


「子孫だっ!」


 メスブタが目を輝かせて言う。


「広い意味では間違ってないが……お前の子孫じゃないだろう」


 処女なんだから。


「父上の子孫だっ!」


「なんか変だなそれ」


 変だけど間違ってなかった。


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