第37回パーティ会議
みんながおしゃれになったその夜。
俺たちは今後の予定を整理することにした。パーティ会議だ。
「第37回パーティ会議なのです! 拍手!」
パチパチパチパチ。
アルマがにこやかに開催を宣言し、ブレアとメスブタが拍手する。
ちょっと待て。
「第37回?」
「どうしたのです? 第37回なのです。数え間違いなのです? あ、この前の『正統派美少女戦士のビキニアーマーは異端か否か』はただの雑談であってパーティ会議ではないのです」
にこりと諭すように言われた。
「その話も知らないし、過去に30回以上も開催されていたことを知らない」
「いなかったからなっ!」
メスブタが俺をハブってたことを高らかに宣言した。いじめかよ。
「ニト、女子会だったのよ。それでいてパーティの過半数が参加しているのだからこれはもはやパーティ会議ではないかという事になったの。でも別にどうでもいいでしょう? 始めましょう」
押し切られた。いや、確かに女子会の内容に興味はないが……ないか? ないことないかも。『正統派美少女戦士のビキニアーマーは異端か否か』の議論には参加したかったかもしれない。俺は異端であるが故に正統派なのだと思う。
「じゃあ、始めるのです。ニトは久しぶりの参加なのです。出席率が悪いので今回は頑張るのです」
「なんという理不尽」
知らぬ間に開催された女子会だぞ。仮に出席しようとしても拒否されただろう。そこに出席率を求めるのか。
「さて、これまでに分かったこととこれからやることなのです。ニト君、整理するのです。腕の見せ所なのです!」
面倒くさいところをぶん投げやがった。まあいい。いつもの俺の仕事だからな。
「じゃあ、メスブタが気を失わないようにわかりやすく整理しよう」
今回の目標は常にメスブタが発言する会議だ。決して気を失わせたりはしない。
「頼むっ!」
「任せろ。簡潔に言おう。俺たちの目的は神々をギャフンと言わせる事だ!」
どや顔で言い切って見せた。
「言い方はともかく同意よ」
ブレアの同意があるなら問題なし。ここから話を展開しよう。
「ギャフン……なのです?」
戸惑っているな。もしやアルマはギャフンを知らないのか。
「ギャフンって何だ! 逆風のギャフーンのことかっ!?」
逆に何それ? メスブタも知らないんだな。俺も逆風のギャフーンは知らないけど。
「えーと、ギャフンとは言い負かしたりして強い敗北感を覚えさせることだ! たぶん!」
「殴り殺さないのかっ!?」
物騒な奴だな。
「殴り殺してもいい。だが、殴り殺されると思っていない神を殴り殺すその時、『く、人間ごときが調子に乗るな!』『その人間ごときに倒される気分はどうだよ?』『ぎゃふん』みたいにギャフンが発生するんだ」
「なるほどっ!」
「神々をギャフンと言わせるのは納得なのです。具体的に何をするのです?」
「三つある――まずは当初の目的通り、ダンジョン攻略だ」
ダンジョンの攻略はヘレンちゃんをギャフンと言わせるものだ。いつまでも純潔でいるなんて不健全なので、そろそろ女になろうぜと。そういうワケだ。
変質神に脱獄の対価として依頼されてのことだが、俺にもちょっとした興奮はある。いや、本当にちょっとしたものです。有るか無いかも定かではない微かな興奮で、もはや無いと言っていいかもしれない。うん、これは無いな。興奮とかない。純潔の女神の穴を突っつく事で穢していくことに興奮するとか、いやー無いっすわ。ないんだよ、ブレア。
「別にいいんじゃないかしら? ダンジョン攻略で興奮するような変態野郎でも。あなたらしく生きればいいと思うわ。あなたは人間のクズという大役を担っているのだから。クズとして生きる人間もこの世には必要よ。良かったわね」
良くないが、どこかで挽回させてもらいます。汚名は返上だ。そう、神話級の性犯罪者という汚名を返上したいものだ。神話級と言えばヘレンちゃんのおっぱいを揉んだな。もう遠い昔の事のようだ。いいおっぱいだった…………あっ俺の馬鹿!
「違うんです! 違うんです!」
「二度、同じことを言わせるつもりかしら?」
氷のように冷たいブレアの眼差しが俺を射抜く。
「ニト、早く二つ目にうつるのです」
アルマがある意味で助け舟を出してくれた。このままでは泥船に乗って沈むところだった。危なかった。沈む前に離脱だ。俺が戦うべき戦場はここではない。
「そうだな。そうしよう。二つ目は死神の討伐だ」
「死神っ!」
「そうね。そうなるわね」
メスブタが歓喜している。よし、寝てないぞ。
ブレアも納得だ。
「その理由は二つある。メスブタのリベンジ、ブレアの復讐だ」
メスブタは無限牢獄に投獄されるときに死神に殴り負けてから死神に再戦を誓っているし、ブレアは故郷が滅んだ原因が死神にあった。
ブレアが魔導技術を発展させたことがきっかけであったとしても、滅ぼす判断をしたのは死神であり、サランに実行を命じたのも死神なのだ。
そして目下の復讐相手であったサランを殺した死神。もはやブレアには死神をギャフンと言わせない理由は無い。
「さて、ここでアルマ先生に質問なのですが…………」
俺が揉み手をしながらそう言うと、アルマは金の眼鏡をかけてクイクイしはじめた。
「なんでも聞くのです!」
「ありがとうございます、アルマ先生。では、死神を殺したら世界に不都合はあるのでしょうか?」
殺して世界が大混乱になるのなら何かしら死神の代わりになるものを用意しておかねばならない。
「魂を管理しているので、魂室諮問委員会に混乱はあるかもしれないのです。でも目に見えて混乱することは無いはずなのです。結局、死神も神々が作ったルールの中の歯車でしかないのです。代わりは腐るほどいるのです」
ムカつくやつが腐るほどいるってことにも思える。
「よし、じゃあ殺そう。殺す方法は後で議論だ」
殺せなきゃ意味がない。だがおそらくは変則的な方法ではなく、単純に強くなるしかないのだろうと思う。カッコいい鎧を身につけて悦に浸っている場合ではないのだ。
ちらりとメスブタを見る。死神の話だからか、まだ元気いっぱいだ。ジャブ、ジャブ、ストレート、ジャブ。元気いっぱいだ。わかったから少しずつテーブルを削らないでくれ。
「メスブタ、落ち着け。そして三つ目は、神々オールスターズをギャフンと言わせるのだ。すなわち、マナちゃんが引き起こす異世界の融合という災害の抑止だ。奴らが禁忌で抑止しているのに対して、俺たちは違う手段を見つける。世界が変質してもマナちゃんが災害を起こさないように考えるんだ!」
別に人類の未来とか世界の命運とか考えているわけじゃない。
あんな牢獄に閉じ込められたことの意趣返しだ。俺は短い時間だったからまだいいが、ブレアは200年、メスブタは数百年もあんな何もないところに閉じ込められたのだ。
これはこれで復讐だな。
禁忌に代わるもっといい災害対策を見つけて神々に『ばーかばーか』って言いたいのだ。
「どういうことだっ!?」
おっと、メスブタがギリギリだ。
「神々がダメって言っていることをやりまくっても問題ないような状態にして、神々を見下すのが三つ目の目的だ」
「なるほどっ?」
伝わったのか? これが伝わらなければ辛い。
「目的はこんなところかな。つまり、やることは『ダンジョン攻略しながら災害対策を考える。そして力をつけつつ死神を狙う』だ」
全員がうなずく。良かったメスブタがついてきたっ!
「それで目指すのが水晶の大迷宮クリスタというわけね」
「大迷宮の方が悪魔も多いだろうし情報も得られそうだ。ついでに敵も強そうだし」
「強敵っ! 強敵っ! 強敵っ!」
メスブタがしゃべるたびに繰り出されるパンチは、ついに机を消滅させることに成功した。弁償か……。
「さて、最後に気になることがある人はいますかー?」
机もなくなったし、そろそろお開きにしたいところだ。
「ダンジョンに潜るたびにニトがマナちゃんに繋がっているのが何か気になるのです」
確かに。よく考えたら俺って預言者なんていう災害の準備品みたいな存在なわけだしな。俺が活動するほど災害が発生しやすいみたいだし。
「あとは死神が神界のマナと人間界のマナをつなげようとしていたのも気になるわね。災害を知っているマナを人間界に広めようとした。死神も災害を意識しているように思えるわ」
そんなこともあったな。
「あとは、変質神は純潔の女神を汚したいと言っていたが…………今となっては他にも理由がありそうな気がするな」
「それは無いのです」
「そのままの意味じゃないかしら」
「ニトはバカだなー」
「…………おう」
けっこう真面目に言ったんだが。そうか、無いか。
「だけど、こうしてみると繋がっている気がするわね」
「繋がっている……というと?」
ブレアが腕を組み話し始めた。
「災害があるから禁忌がある。人間が禁忌を犯さぬよう管理するにも手が足りないから神を造る牢獄がある。禁忌を犯すほどの人材は神になり得る力を持っている。牢獄に閉じ込めれば禁忌も犯さない、神も造れて一石二鳥」
「なるほどな」
「すごい牢獄だったなっ! 超再生が意味なかったっ!」
ああ、メスブタはそんなスキルも持っていたな。
「変質神様の御業なのです」
マジで? 聞き捨てならんぞ。
「あれって邪神……変質神が作ったのか?」
だとしたら、完全に邪神。あいつもギャフン対象だ。
「人間の機能を定義して固定していたのがあの無限牢獄なのです。あの牢獄は変質神様の巨大なマナフィールドに覆われているのです。ケガをするたびにマナ記憶から直近の機能を復元する仕様なのです」
「無限の牢獄を……マナフィールドに?」
「無限と言っても術式さえ理解していればそう難しくないと変質神様は仰っていたのです」
そんなこと言っても俺には絶対にできない。大陸一つを覆えたとしても無理だろう。
え、神って殺せるの? 少なくとも変質神は果てしなく遠い。
「ちょっと待って。もしかして神聖魔法の回復も無限牢獄と同じ原理なのかしら? マナ記憶からの復元という」
「同じなのです。神聖魔法もマナ記憶の人間の機能から復元しているだけなのです。それが人間界のマナに浸透しているために回復魔法が行使できるのです。ただし、生物以外の物質についてはその対象から除外されているのです。もっと言えば、神聖魔法が存在した旧世界の生物からかけ離れた生物であるほど、機能が異なるために、回復の効果が低くなるのです。生物によって神聖魔法の効果の大小差分がある点が人間界で議論されているようなのですが、それは単純にどの旧世界の出自かの違いなのです。さて、マナ記憶からの回復についてなのですが、例えば腕を失って、マナ記憶が腕が無い状態を常態化したものとして記憶すればどんなに神聖魔法を唱えても腕は復元しないのです。無限牢獄は常に投獄時のマナ記憶をもとに復元するように設定されているのです」
「神聖魔法も変質神が作ったものってことか」
俺が驚き呟くと、アルマもしみじみと言葉を発した。
「今思えば、変質神様が一つの旧世界の唯一絶対の創造神であるなら、世界を覆うほどのマナフィールドも、神聖魔法の創造も別に違和感はないのです。さすがなのです」
さすがとは思うが……。
「そんな奴が俺の口にあんな棒を突っ込んだりするのか……」
やはり知的生命体は長生きすると痴的になるのだろう。
ふと見ると、メスブタは涎をたらして白目をむいていた。あ、アルマ先生の話で死亡したか。今回も失敗だったか。次は気を付けよう。




