さらば
俺たち四人は今日、旅立つ。
トローネ王国の王都の門に立ち、二人――ハミチチとニノに別れの挨拶をしていた。
「次に会う時がお前の最後だっ!」
メスブタが拳を突き出し宣言した。ちょっと意味が分からない。
その場の全員、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「えっと、俺は今から殺されるの?」
ハミチチが硬直している。死ぬ前から硬直するとは準備がいい奴だな。
「違う! 次に会ったときに貴様を殺す!」
あ、これ間違えてるわ。
「メスブタ、違う。これはハミチチだ。死神ではない」
「えっ! あ、本当だ! 確かにパンチの風圧で殺せそうだっ! たわいないっ! たわいないぞっ! よし、やるかっ!」
「え、俺の人生ここでフィニッシュ?」
メスブタが構え、ハミチチは青ざめる。
「メスブタ、メスブタ。他愛無いとしても殺す必要は無いだろう。死神ではないのだから」
「あ、たしかにっ! まったく紛らわしいなっ! いっそ死ねばいいのに…………あっ! よしっ!」
無限ループだ。
「メスブタ。こいつに構う時間がもったいない。それより少しでも強くなるよう頑張ろう」
「おおっ! ニトの言う通りだなっ! よーし、色々殺すぞっ!」
「その意気だ。なるべく強い奴をな」
「うんっ!」
桃色の髪を揺らしながら美少女は満面の笑みで答えた。
虐殺を決意した表情とは思えないな。
「というわけでハミチチ、元気でな」
「ああ、死ななくて良かった……そうだ。俺、近々彼女と結婚するんだ」
突然の結婚宣言。なんなの? ここにきて死亡フラグ? まあ、どうでもいいか。
「そうか、おめでとう。墓参りには来るよ」
「なんで墓参りなんだよ」
ハミチチは眉根を寄せている。それもそうか。
「なあっ! けっきょくお前の彼女ってゴブリンなのか?」
「な、なななななななに言っているんだい? 人間だよ、人間。どっからそういう発想になったのか、まったく理解しがたいね。普通に考えて、彼女と言ったら人間の雌だろう?」
「そうか、人間かっ! ゴブリンじゃないのかっ! いいのかっ?」
「え、何が」
「それでいいのかっ?」
「…………いいんだよ」
「そうかっ!」
メスブタの無邪気さがハミチチに迷いをもたらした。
破局かもな。まあ、友人の事とは言え、本当にどうでもいい。
「ニノも元気でな」
スカートがめくれあがって肩掛けカバンに引っかかり、パンツが丸見えの幼馴染に別れの挨拶をする。完全痴女。
「ええ、ニトも元気でね。再会するまでは、まさかこんなにハードな日常を送っているとは思わなかったけど……というか死んでると思ってたけど……生きていればエッチなこともできるから、死なないでね」
憂いを帯びた表情で『エッチなこともできるから』って言われるとなんか興奮する。
「そうだな、いいこと言うな。うん、生きていればエッチなこともできる」
「ええ、エッチなことも…………や、やあん! やだぁ! なんでスカートがめくれているのぉ? やだやだやだぁ!」
ニノはたった今スカートがめくれていたことに気付いたように振る舞い、わざとらしく慌てて衣服を整え始める。
ニノ以外全員真顔だ。
「ああん! きゃ! あーーん」
スカートを整えようとして引っかかっていた肩掛けカバンを引っ張りすぎ、今度は上着がずれ落ちる。ブラが丸見えになった。その拍子にバランスを崩し、俺の上に倒れ込んできた。
そして俺の顔はニノの胸の谷間に挟まれた。
すごく良いんだけどさ……なんだかなぁ。いや、いいんだけどさ。うれしいけどさ。
ブレアがちょっと怒っているし。これで最後なんで勘弁してください。
「ニノ…………腕は上がったと思うぞ。積極的だし。一皮むけたな」
「ふっ…………そうでしょう? 私は神々の力を目の当たりにして生まれ変わったのよ。新生ラッキースケベ道を極めていくのよ!」
なぜ神々の力を目の当たりにしてラッキースケベが生まれ変わるのか。
変な幼馴染しかいない。
「そうか。頑張ってくれ」
「あなたもね。立派な変質者になりなさい」
変質者スキルは極めたいが変質者になりたいわけではない。誤解がありそうだ。でも、まあいいか。
「ありがとう。最高の変質者になるよ」
「それはつまり最低のクソ野郎なのです」
背後に立つアルマに罵られた。地味にダメージ。
だけど、お前の敬愛するお父様には遠く及ばないからな。あの変態ボンテージの方が圧倒的に高位の変質者だから。
ちなみに俺の変質者スキルのレベルは上がっていた。レベル7だ。
以前、変質神に聞いた変質者スキルのレベルの違いはこんな感じだった。
――――――――
1:自分のマナを変質させる
自分の身体を変質させる
マナフィールドの影響下にない物質を変質させる
※無限牢獄の鉄格子など、誰かの意思の影響が残る物質の変質も含む
2:自分のマナフィールドを変質させる
3:ただの物質を容易に変質させる(元素は変えられない)
4:分散しているマナを変質させる(我流の魔法)
5:他者のマナフィールドを変質させる(意識を誘導する、そらす)
6:他者が放った魔法やスキルを変質させる(無効化、反射)
7:他者のマナフィールドの影響下にある物質を変質させる(誰かの身体などを変質させる)
8:他者のマナを変質させる(ステータス操作)
9:多数のマナフィールドの収束空間を変質させる
10:お楽しみ
――――――――
このレベルになると中々すごいことが出来る。
他者のマナフィールドの影響下にある物質を変質させることが出来るようになったのだ。短時間ながら、誰かのおっぱいを大きくしたり小さくしたり、股間の剣を干からびさせたりできるのだ。
変質神にやられ続けた聖剣を錆びつかせる攻撃が俺にもできるようになったのだ。
その逆、聖剣の切れ味を高めることも可能だ。例えば、道行くイケメンどもの股間の剣を意図的に肥大化させてイケメン総変態化計画も実行可能なのだ。俺は無敵だ。
無敵の気分で故郷を出発する。
「よし、じゃあ行くか!」
そう言ってブレア達に向き直る。
「ニト、本当にご両親には挨拶しなくていいのかしら?」
ブレアは挨拶したそうにしている。これが『大好きなニトのご両親だから……』とかなら嬉しいけど、珍獣を見てみたいという気持ちが大きそうなので却下だ。
「いいよ。どうせ会話にならないし。奇声を上げる母とテーブルを舐め続ける父に叱られるとか耐えられない」
「私は見てみたいけど……」
「アルマもみたいのです」
ブレアもアルマも同じ意見か。メスブタは既に次なる強敵を見据えている。
話を聞いていたハミチチ達も俺の両親については思うところがあるようだった。
「お前の両親やばいよな。叱られた記憶しかないわ」
そうだな。すごく甲高い声で叱られていたな。
何を言っても首をかしげているお前の親も相当ヤバいと思うが。
「ニトの両親に会うぐらいなら服の毛玉の数でも数えていた方が有意義よ」
「人の親にそこまで言えるってすごいよな。否定はしないけど」
「だからこそ、会いたいのだけど……ニトが嫌なら我慢するわ」
ふぅとため息をつくブレア。美しいな。美しいけど今回は諦めてください。
「さすがブレアちゃんなのです」
「さすがというほどの決断でもないだろう……」
「じゃあ行くかっ!?」
「行こう。じゃあな、ハミチチ、ニノ。元気で」
「ああ、元気でな」
ムカつく顔の死神もどきとお別れだ。
「さようなら、またいつか」
またパンツ見えてるわコイツ。これも見納めか。さらば痴女。
そして、俺達はトローネ王国を後にした。
目指すはメスブタの故郷クライトン帝国が誇るダンジョン――水晶の大迷宮クリスタだ。




