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予期せぬ再会


 罠を仕掛けまくった。

 少しずつ慎重に、誰にも遭遇しないようマナフィールドを広げ進む。まずは階層の境目、そして分岐路、部屋の入口。

 設置した魔方陣は七層に重ねた魔法陣だ。通常の天使や悪魔では脱出することが不可能な魔法陣だ。熾天使とまではいかないが、上級天使やそれに相当する悪魔が出張ってこない限りは。

 そして、ブレアがステータスを見た限りでは神界流魔法陣を会得していなかったサランにも解除できないだろう。


「これって魔獣やアンデッドも捕まえられるのか?」


「そうね。マナ総量で20万以上有している存在が乗ったら発動するように仕掛けておいたわ」


 仕掛けられた魔方陣は今は見えない。ブレアの指が光って記述されている時は見えていたが、その記述が終わると光は消え見えなくなった。マナを感じようと集中すると発見できるが、意識せずに歩けば見つけられないだろう。通常の罠でもマナは使われているが、それとは比較にならないほどわずかなマナしか感じられない。わずかなマナに意思を込めておくことでSランク以上の存在を確保する効果を発揮させるのだから、とんでもない技術だ。マナの運用とは奥が深い。どれだけ効率よく意志をマナに伝えるかが重要なのだ。意志さえ適切に伝えていれば、後のマナの運用はマナ自身がどうにかしてくれる。

 わかりにくいが、マナちゃん一人に『こいつが通ったら捕まえてほしい』と懇切丁寧にお願いをしておけば、マナちゃんは自分で『みんなー、例のやつ来たから捕まえようよー!』って言って集まってくれるのだ。その指示を可能にするのが神界流の魔方陣だ。

 通常の魔方陣ではそこまで意志を伝えることはできない。初めからたくさんのマナちゃんを集めて『皆さんお願いしまーす』と言っておくしかないのだ。マナちゃんも意志をうまく受け取れていないので、『捕まえろって言われたんだけど……今これるかなぁ?』みたいな弱気なお誘いしかできないのだ。

 マナの運用において重要なのはその意思をマナちゃんが理解しやすいように伝える技術なのだ。

 アルマはそれがすごいとしきりに褒めたたえている。称賛に次ぐ称賛。誉め言葉のパレードだ。


「ブレアちゃんはさすがなのです。普通はここまで簡潔にわかりやすくマナに指示することなどできないのです。さすがマナ視を長年鍛えただけあるのです。これならいつ女神になってもマナの運用も滞りなくこなすのです。マナを視て、そして扱う。もはや五次元時空間の部分知覚者などではなく、既にアルマたちよりも高位次元の存在と言い換えても良いのです。素晴らしいのです。亜神でもなくその域に達するなど前例もなく――」


 お喋りドラゴンに負けず劣らずの長さ。みんな聞き流している。ほめられた当人のブレアは無表情で『ええ』とか『そうね』とか言っているが内心は……うむ。


 そうして百を超える魔法陣罠を設置した。


「さて、そろそろこの階層も回り切ったかな……巡回を始めるか」


「何が引っかかったか楽しみなのです」


「強敵っ! 強敵っ! 強敵っ!」


「サキュバス! サキュバス!」


 メスブタにつられて人類の趣味嗜好からハミ出したクソブタ野郎がサキュバスコールを始めた。別に捕まっていたからってエッチないたずらをするわけじゃないからな。したいけど、しないんだからな。いや、してもいいのかな。向こうだってサキュバスなんだからそれぐらい覚悟しているよな。いや、望んでいるよな。ちょっとボディをつんつんしたり、柔らかなタッチでくすぐったり、かと思えば強く揉んだり、ズドンとアレしたり。


――はっ!


 っと、危なかったな。ブレアはアルマに夢中だ。攻撃は来ない。よし、今ならエッチな妄想し放題だ。

 そう、例えばだ……捕まったサキュバスが我らがブレアに責め立てられるのも良いかもしれない。着衣のままのブレアがエッチなむき出しボディのサキュバスを踏みつけながら罵り拷問する。身綺麗にしたブレアとドロドロに汚され足蹴にされるサキュバスのその対比が美しくもエロく、男たちを魅了するだろう。

 あるいはアルマが少し戸惑いながら鞭で……サキュバスも『こんな小娘に!』なんて悔しがりながらもだんだんと興奮していつの間にか二人は蕩けるように混ざり合うのだった……。

 はたまたメスブタが…………メスブタが…………どうするんだろう。パンチで消滅か? これは難問だな。エッチな感じにならないぞ。パンチ。死ぬ。こいつの行動はこれで完結だ。あとに残るは光を失った瞳のサキュバスの死体。ニッチなエッチだな。


 なんて考えていたら第一囚われ人発見だ。


「天使が3匹か……」


「早速捕まってる! さすがブレアお義姉さまの魔法陣ね! パないわーパないわー」


 女天使が2匹、男天使が1匹。魔法陣の中にいた。過ごし方は三者三様だ。

 魔方陣から延びる円筒状の不可視の壁を殴り続ける女天使。

 なぜかむせび泣く男天使。

 膝を抱えて虚ろな瞳でぶつぶつと何事かを呟く女天使。


「なんか深刻そうだな」


 まさかこんなに絶望した空気感で捕らわれているとは思いもしなかった。


「何をそんなに絶望しているんだろうな?」


「死を覚悟しているのです?」


「そこまでの覚悟は感じないっ!」


「そうか。メスブタがそういうのならそうかもな。あれかな。上司に怒られるとかかな」


「それぐらいのライトな絶望って感じがするわね」


 なるほど。ダンジョンの罠に引っかかってしまったとかと勘違いしているのかな。


「拷問とかする?」


 ちょっとドキドキしながらブレアに聞いてみる。


「それよりほかを回りましょう」


「うん。だね」


 予想通りのお答えでした。拷問しても聞くこととかないしね。


 それからいくつかの魔方陣をまわった。

 空の魔方陣。サキュバスが身悶えする魔法陣。魔物がガウガウしている魔法陣。アンデッドがウアーウアーしている魔法陣。

 色々あって、そして俺たちはそれを見つけた。


「あれ……なんだ?」


「ロボなのです!」


「……ロボ?」


「旧世界の遺物、それも稼働状態にあるのです!」


「それって魔界村でよく見る変な建造物と同じ世界の遺物?」


「そうなのです! ロボなのです! 父さま曰くロマンなのです!」


 そこには銀色に輝くボディの人形がいた。スタイリッシュなゴーレムって感じだ。何かを背負っているように見える。

 そしてその近くの魔方陣にはサキュバスが捕えられていた。サキュバスは半狂乱だった。


「ロボよ! ロボが来るわー! 精気を吸われてしまうわー!」


 なんだロボとは。サキュバスの精気を吸うのか。恐ろしい存在だ。エッチなことをするゴーレムなのだろうか。恐るべし旧世界。精気を吸うサキュバスから精気を吸うとは。もしや多種多様なエロ魔道具が搭載されているのか。


「ロボって捕えられているのか? 生き物?」


「無生物なのです。ゴーレムよりも無生物寄りの存在なのです。しかし捕えられているはずなのです」


「無生物? ならマナを保有していないんじゃないかしら? 捕まる条件には当てはまらないと思うのだけれど」


 ブレアも疑問に思ったようだ。俺もそう思う。


「確かアレはティラマルタα―207型、通称『マナ喰らい』なのです。対になるタイプとしてティラマルタβ―103型『反マナ喰らい』がいるのです。あれは背中のタンクに大量のマナをため込んでいるはずなのです。そこで引っかかったと思われるのです」


 なんだろう。どうしたらいいんだろうこれ。捕まえて良かったのだろうか。


 ガイーンガイーン! ロボが魔法陣の壁を叩くたびに金属音が鳴り響く。そしてサキュバスが悲鳴を上げる。


 カハァーー! ロボの目が光り口から蒸気が吐き出された。そしてサキュバスが悲鳴を上げる。


 なんだこれ。


「あっ!」


 メスブタが何かに気付いたようだ。


「どうした?」


「あいつ臨戦態勢に入ったっ!」


 なんでわかるんだ。俺は基本的にマナフィールド頼りなので無生物のその辺の機微はわからない。純粋に体全体で戦闘の気配を察しているメスブタだから感じるものがあったのだろうか。


「でも魔法陣があるんだから……いや、もしかして」


「くるっ!」


 フシュゥゥゥウウ! そんな音を出して、ロボはその両手で魔法陣が創り出した円筒形の壁を握りつぶした。マナでできた壁を、文字通り握りつぶしたのだ。そして、足の裏から何かを噴射し、一気に俺たちの目前まで迫ってきた。


「なっ――」


 驚きながらも体勢を整える。ロボは俺の正面に飛んできた。俺をターゲットに定めたようだ。

 繰り出される拳?は鋭い。しかしメスブタには遠く及ばない速度だ。余裕をもって避ける。次いで残った手が動くのが見えた。手は鞭のようにしなりながら伸び、俺を絡めとろうと振り回される。それらを目で見て避けながら反撃の機会を探る。

 やりにくい。

 普段の相手はマナフィールド越しにその意思を読み取ることができる。しかし今回はそうはいかない。なんせ相手は無生物。意志を持たないのだ。攻撃の起動は普段のように読めず、目で見て避けるしかない。慣れない戦闘に後手後手になる。くそ、ロボめ。俺にエッチな攻撃を仕掛けるつもりなのか。やるなら女子にやってくれ!


 と俺の切なる願いもむなしく、戦闘は一瞬で終わった。メスブタが大人しく見ているわけもなかったのだ。


「ふっ!」


 息を吐きだすメスブタ。繰り出される掌底はロボの身体を貫いた。


『ピ、ピー。ガガガガガガ』


 壊れたか? ロボは耳慣れない音を発しながらうな垂れるように倒れ込んだ。同時に背中に備え付けられていたタンクが外れ、蓋が開いた。

 その中から淡く輝く、手のひらに乗りそうなほどに小さい裸の女の子が転がり落ちてきた。


「いやんいやんいやん……あーんいややわー」


 なんか艶々で裸の精霊だ。こいつどこかで……。


「いややわー、ほんまかなわんなー。溶けるとこやったわー」


「どこかで会ったかしら?」


 ブレアも見たことがある気がするようだ。なんだっけ、どっかで見た。


「かなわんなー。ウチのこと生んだん自分らやん」


「ああ……! もしかして聖王国で女神の剣を砕いた時の?」


「それやー」


 精霊はジト目だ。怒っているのか? 精霊って感情とかあるんだな。


「ごめんなさいね。忘れていたわ」


「ほんまかなわんなー。いや、かまへんけどもー」


「えっと、捕まっていたって事かな?」


「せや、流浪の旅に出たウチの冒険譚を語って聞かせたいとこやけど、魂のホームたる世界樹以外では一つ所に止まらない主義。今は礼を述べて去るのみや! ほなな! おおきに!」


 そう言って精霊は去っていった。えーと……。

 戸惑う俺たちとは違い妹だけは憤慨していた。


「なんやねん! うちにお兄にあの態度! めっちゃ失礼やわー!」


 妹の怒りが戸惑う俺たちを冷静にさせてくれた。


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