しゃべるタイプ
「お兄ちゃん、任せて! アタシならもっとナイスでハッピーなアイデアを思いつける……!」
ニノの活躍に不満げな妹がなんか張り合いだした。厄介な。
「そうか。だが待っているのもなんだしとりあえず進むか。思いついたら言ってくれ」
「待ってて! 待っててよ! 特別に……その、ええっと……おヘソ……おヘソほじってもいいよ……?」
顔を赤らめた妹がなんか言っとる。なんでそんなもじもじしているんだ。それって吸うのより恥ずかしい事なの? 兄妹で価値観が違い過ぎ。俺の家はどうなってるんだ。
「……いや、いいよ。早くサラン捕まえようぜ」
「んなっ! ほじらないの!?」
「ほじらないよ」
そんなに驚くことか。
「なあ、サランだけ捕まえることも出来るんじゃないか? 無駄に天使を捕まえていくよりそっちの方がいいんじゃね?」
妹がヘソ問答に夢中になっている間にハミチチが意見を出してきた。確かに可能だろう。ブレアもそんなことを言っていた。特定の人物にだけ作用する魔法陣も作れると。
問題が二つある。一つは問題は妹が泣きそうになってしまっている点だ。
「アタシがそれ言いたかった……」
「いや、別にそんなにいいアイデアじゃないな」
問題の二つ目は別にそんなに良いアイデアでもない点だ。どっちでも良いという意味で。ブレアが面倒くさそうにしている。
「確かにハミチチ君の言う通り、サランだけ捕まえることもできるわね。でも邪魔だから全部捕まえましょう」
ブレアちょっとイラっとして答えたな。
「なんでだ?」
自ら死地に飛び込むか。これぞ勇者。だが、さすがにブレアの心の機微に気付くことが出来るのは俺ぐらいか。ふふ……ブレアが怒る前にしつこいハミチチを黙らせてやろう。
「ハミチチ、良く聞け。その案はどうでも良い――」
「はい、どうでもいいのです。まずブレアちゃんの労力の問題があるのです。誰彼かまわず捕獲する魔法陣と特定人物だけ捕獲する魔法陣。当然、設置が大変なのは後者なのです。ただ、後者は天使を捕まえないので騒ぎになりにくいのです。ポイントは、それがメリットになるかは微妙なところだということなのです。なぜなら天使はライバルだからなのです。捕まえて騒ぎにしておく方が結果的に事態を好転させる可能性もあるのです。どちらとも言えるので、ここについては考えても意味はあまりないのです。ポイントは『サランを魔法陣で捕まえた後、アルマたちが一番にその場に駆けつけて、邪魔をされずに目的を達成出来る手段は何か』なのです。それは、今の時点でどちらともいえないのです。ならばブレアちゃんの労力が少ない前者でやっても良いのです。はい、論破なのです」
先生に見せ場を奪われた。メガネパフォーマーのクイクイが炸裂したぜ。
ハミチチ君はご納得の様子。
「なるほどなー。みんな考えてんな」
「そうなんだよ、ハミチチ。アルマの言う通りだ。ポイントもその通りだな……。うん、だとすると範囲を絞った方が良いかもしれないな」
「範囲を絞る、のです?」
「ああ。誰が一番に捕獲されたサランを見つけるのかが問題なわけだ。だから俺のマナフィールドの検知範囲内で罠を仕掛けよう」
「それなら捕まえずともマナフィールドで発見できるのではないのです?」
「俺の近くを通ってくれたらな。遠くにいたらさすがに『何かが通った』ぐらいしかわからない。一定の箇所に止まってくれる方が見つけやすい。特定階層のいくつかのポイントに罠を仕掛けて巡回していく方法なら捕獲から検知までの時間が短くなる」
「なるほどなのです」
「便利だな、ソレ。俺も覚えたいなー」
「ハミチチなら変質者スキルも取得できるかもな……」
「マジで? どうやったらいいんだ?」
「裏ルートに飛び込んだら無限牢獄に放り込まれるから、後は百年ぐらい修行すればたぶん……」
俺はブレアがいたから早かったけどたぶんブレアなしじゃそれぐらいかかるだろう。
「百年か……いや、普通じゃないな。止めておこう」
普通に固執し過ぎた判断はもはや普通じゃない。
「さて、ブレア。そんな方法にしようと思うがどうだろう。そもそも、一階層が狭いテロイアとはいえダンジョンの一つの階層に罠を仕掛けまくるなんて、体力的にもつか?」
「持つわ。大丈夫よ、その案で行きましょう」
「よし、何階層でやる?」
「75階層かしらね? 到達してから決めたいところだけれど」
「理由は?」
「勘よ。理由も無くはないけれど……」
「一応、聞かせてもらえるか?」
「神界と人間界の境目の可能性が高いからよ。神界のマナを人間界に流しているなら境目で何かをしている可能性があるわ。そうなると上の階層で張ってても来ないかもしれない。まずは75階層に行って、その階層が神界との境目かマナを見て判断したいし、できれば天使を探したいわね。たくさんいればさらに可能性は高まるわ。向こうの方が捜索は進んでいるでしょうし」
「なるほどな。とりあえず75階層を目指すか。雰囲気を見て、境目の階層、天使がたくさんいる階層でも無かったら次の階層へと進んでいくか」
「そうしましょう」
話を聞きながら満足気に頷くアルマ、意識を飛ばしたメスブタ、悔しさに涙する妹、ふんふんと話を聞いていたニノ、帰りたいなーとつぶやくハミチチ。なんだこのメンツ。寄せ集め感が半端じゃない。
「……とりあえず行くか」
そう言って俺はまた先頭を行くのだった。
*
「何事もなく着いたな」
75階層のボス部屋まで来てしまった。天使は何度か見かけたが、見つからずに避けられる程度だった。マナもこれまでとそう変わらない。人間界と神界の境目は76階層だろうか。
「そうね。取り合えずボスを撃破しましょう。というかこれが変質神の部屋かもしれないけど」
「そうだな……」
何となく可能性が低そうだなと思いながら、俺が扉を開ける。メスブタが瞬殺しないように俺が開けることにしたのだ。
「ドラゴンか」
ドラゴンがいた。変質神の部屋ではなかったな。残念。
横ではメスブタがよだれをつぅっと垂らしている。
「美味そうだっ!」
「しゃべる奴だったら食べるのは止めておこうな」
「えっ!?」
「いや、なんか悪いじゃん。食べるの」
「えっ!?」
メタブタには伝わらないのか。
「しゃべる前に殺せばいいのです」
なんてこと言うんだアルマ。
「おい、入ってこぬのか?」
なんていっている間にこちらを視認していたドラゴンさんが話しかけてきた。しゃべるドラゴンか。
「入るぞ。メスブタ、話がおわるまでは殺すなよ?」
「わかったっ!」
扉をくぐるとドラゴンの筋肉質な巨体が視界いっぱいに広がった。すごいなパワータイプか。翼は小さい。おそらく飛ばないだろう。いわゆるアースドラゴンだ。その耐久性と攻撃力で敵を圧倒するのだろう。
妹やニノは圧倒されている。たぶん強さ的には以前遭遇した龍帝と同じぐらいだな。地上で最強とされる龍王を凌ぐ龍帝だ。圧倒されて当然だろう。雲の上の存在だ。食べる食べないの話ではない。ハミチチなどキューブの庇護を求めてブレアに土下座している。ブレアは華麗にスルーだ。
龍帝(仮)がその口を開く。凶悪な牙からよだれが垂れる。汚いな。
「我は龍帝ヴェーム。パンチ力ではイケてるタイプ。しっぽの振り回しもマジ破壊的。たまに吐くブレスは熱々アベックも黒焦げにしちゃう威力だ。大地の呼ぶ声が我を勝利へと誘う。さあ参ろうぞ。勝利は我にあり。我こそは、我こそは龍帝ヴェーム。どんな相手も我にかかれば一撃粉砕、肋骨いっちゃう。かかってくるが良い。この強力無慈悲な極太前足で重力百倍のメガトンパンチを喰らわせてやろうぞ。しかし、喰らうと言ってもおいしくいただけると思ったら大間違い。これがなかなかに痛い。痛烈パンチ。肋骨いっちゃう。あ、今のなし。二回言った。うむ、そう、アバラがやられる。その尾の一振りやがけ崩れのごとし。近隣の住民を巻き込む大惨事。貴様らに耐えられるかな? イエス、我こそは龍帝――――」
長いな。まだ終わらないのか。メスブタに終わるまでは殺すなよって言っちゃったが……どうしよう。俺が率先して殺すのも良くないし。そもそもメスブタも戦いたいだろうし。ああ、我慢しているのがわかる。メスブタがプルプル震えているぞ。殴りたくて殴りたくて震えている。
そこに救世主があらわれた。
「長いのです!」
アルマがしびれを切らした。
「うむ? 長かったか? 個人的にはなかなかに短縮しているつもりなのだが。はてさて挨拶とはいかにも難しいもの。我とて自らを言葉ですべて言い表せるとは思えぬが、しかし自分の事を人によく知ってもらいたいと思うのは人情。おっと龍が人情など片腹痛いな。龍情であった。失敬失敬。さてさて互いに互いのことを知れば戦いにも深みが出るというのも。それというのも相手のその背負っている人生全てを打ち砕くのが闘いであるからして、あいや、失敬。龍が人生など片腹痛いな。龍生であった。まったく失敬失敬。さて、闘いとは――――」
エッチならその考えはわかる。確かに会話と行為のバランスはとても大事だ。しかし闘いに関してはよくわからない。相手をわかってどうするというのか。
というか長いと言われた後の話がまた長い。面倒くさいぞ。
「長いのです。メテオちゃん、パンチで黙らせるのです」
「いいのかっ!? まだしゃべっているぞっ!」
「えーと、メスブタ。俺が間違っていた。今回は話は終わっていなくても殺して問題ない。敵と遭遇してべらべらしゃべって油断しているならそいつが悪い」
「たしかにっ! わかったっ!」
言った瞬間、メスブタは龍帝の上空にいた。メテオブーストで背後に回り込みジャンプし、天井を蹴飛ばして勢いをつけて龍帝の頭をつぶそうとしている。
話してはいたが、龍帝もさすが帝王。とっさに反応してごにょごにょと何かをしゃべりながら身をよじる。素早い反応だ。これが仮に勇者の攻撃であれば難なく躱せただろう。しかし残念、相手はメスブタだ。その破壊の拳はメテオブーストによって加速され、龍帝の頭蓋を容赦なく貫いた。
「殺ったっ!」
龍帝は息絶えた。悪い奴ではなさそうだったが、ボスである以上倒さざるを得ない。何より、奴はしゃべりすぎたのだ。戦いの場では情けもかけられない死に様だろう。さらばだ。
「ありがとうメスブタ。さすがだな。じゃあ、76階層に行くか」
「え、肉はっ!」
「なんか思っていた10倍ぐらいしゃべっていたしそいつの肉はちょっと……」
「う、うーん……っ! 我慢するっ!」
メスブタも何か思うところがあったようで我慢してくれた。おしゃべりドラゴンの肉はちょっとな……。みんなで目を合わせて頷きあい、食べないことを合意して次の階層への扉をくぐった。
少しの異変を感じる。マナフィールドを広げていく。
「この階層かな」
「マナは……神界に近いわね。天使はいるかしら?」
「結構たくさん気配を感じる。天使も、悪魔も、あとアンデッドも」
「じゃあここで罠を仕掛けていきましょう」
そしてサラン捕獲作戦が本格的に始動した。




