すれ違う思い
「ハミチチはうるさいから気絶しているのが一番良い状態なんじゃないだろうか」
「わたしもそう思うわ。幼馴染として若干のうしろめたさはあるけれども。正直気持ち悪いし」
そこまで到達してしまったか。俺という変質者を超えて幼馴染に気持ち悪がられているのか。
「賛成なのです。メテオちゃんが適当に蹴飛ばしながらでも連れて行けばいいと思うのです」
「いいぞっ!」
笑顔で音速の蹴りを繰り出すピンク髪の美少女。それを見つめて眼鏡をクイクイする青髪の美少女。
「それはさすがに死ぬから俺が担いでいくよ」
男なんて触りたくないけども。女性陣にも触らせたくないし。内臓をハミする友人を見たいわけでもないし。
「お兄ちゃん! ブレアお義姉様のキューブで運べばいいじゃん!」
名案だとばかりに妹が騒ぎ出した。
「死ぬだろ」
「いいじゃん!」
良い笑顔だ。こんな笑顔、子供の頃に家族でピクニックに行ったとき以来見てなかったな。
「いいのか……? いや、ダメじゃん」
一瞬笑顔にごまかされそうになった。やはり俺が運ぼう。
「ハミチチ君の運搬方法が決まったなら行きましょうか」
「はーい」
ブレアさまのお言葉で探索を再開する。
そこからもアンデッドが多めだった。普通の魔物も出るには出たが。やはり少し強めになっている印象がある。
ただマナの濃さがおかしい。
「マナが薄まってきている?」
ブレアに問いかけた。マナフィールドに感じられるマナが若干減っているように感じられたのだ。
「そう、ね……。いえ、この階層にしては多いような気もするわ」
「うーん……。なるほど、アスモデウスが『サランは神界のマナをダンジョンに多く流入させた』みたいなことを言っていたな。もともと神界に近い下層部に影響はないのかもしれない」
「でしょうね。逆に言えば、影響を受けている階層は人間界の階層という事ね」
「もう少しかな、変質神の部屋も」
あるとすれば、だが。
そうこうしている内に70階層に到達した。メスブタがボス部屋を開ける。
「無かったなっ! 変質神の部屋っ!」
弾け飛んだ何かの肉片を踏み潰しながらそう言った。
さすがにここまでくれば妹やニノも慣れたもの。リアクションは俺たちと似たようなものだ。『無』だ。
「マナ総量を見る暇もなかったわね」
「ああっ! すまんっ!」
「いいのよ。わかったところであまり意味は無いのだし」
「それもそうか。まだまだ浅い階層だしな。これからだ」
「ええ……前人未踏どころじゃない階層なのよ?」
ニノは不自然に前かがみになって胸の谷間を見せつけながら訝しんだ表情をしている。
こいつだいぶ余裕出てきたな。だが、不自然が過ぎる。これではまだまだラッキースケベとは言えない。ただの痴女だ。ダンジョンから出て命の安全が保障されない限りこいつの不自然スケベは続くのだろう。
「ダンジョンって残り1割で劇的に変わるんだよ。オークエンペラー曰く最下層は83階層らしいから、70階層だとまだ84%だ。90%を超える75階層あたりからが本番だろうな……という事で、変質神の部屋につながる可能性があるボス部屋は残りわずかだ。何階にボス部屋があるかはわからないが」
「そうなのね。早々にその神の部屋につながることを祈っているわ」
「女神様かーかわいいのかなー!」
「カワイイ邪神だ」
雑談をしつつ再び探索を開始する。
73階層到達に到達した
「クルリアにつながる階層なのです」
「そうだなー……」
いや、言いたいことはわかるが。クルリアの魔界村に行ってガチャしたいんだろう。アルマはパーティ随一のガチャ狂いだからな。
「くっ、残念なのです」
我慢したようだ。すごい。
「でも奴がクルリアに移動してる可能性もあるのよね?」
ニノが胸の谷間をちらつかせながら喋る。『こっちを見ろ』という思念が強い。こりゃあただの痴女だわ。
「確かにそれもあるか」
「いくのです? いくのです?」
そのセリフ、アルマにはベッドの上で言われたいな……。あ、ブレアさんすみません。ブレアの方は見ずに頭の中で謝罪だけしてアルマに答える。
「様子を見るぐらいはしてみるか? 最優先は変質神の部屋に繋がる扉探しだけど。あるかどうかも分からないし、要所ならライバルの天使や悪魔たちも何か動きを見せているかもしれない」
「そうね、行きましょう」
ブレアのいつも通りのトーンのセリフに一安心。
「いくのです!」
あ。
「投げまーす」
ばちゅんと音を立てて魔物が死んだ。
「びっ……くしたー。慣れないわね、それ」
本当にびっくりしたようで、ニノはブラ丸出しになっている。何かしようとしている途中だったんだな。この状態ならラッキースケベと言えなくもないか。
「宣言してもびっくりするのか」
「唐突だからよ。もっとこう、普通は『魔物だ』とかから始まって、『オークが二体か』『俺が右のやつを、お前は左から』『わかった』『魔法使いは援護を頼む』なんて感じになって『うおー!』『くぬぅ、このぉ!』『きえええい!』みたいな流れでズバァッと倒すわけじゃない? ばちゅんなんて擬音語で死なないわよ」
「長い」
「長いっ!」
「長いのです」
「長いわね」
「うるさいんだよ! このアバズレが! お兄ちゃんしゅごいでしょうがっ! それでいいでしょうがっ!?」
妹が口汚いのですがどうしたらいいでしょう。いつものようにニノと妹の小芝居が始まった。
さて、俺は仕事をするか。
「どっちがクルリアなんだろうな」
「マナが薄い方かしら?」
なるほど。
「このマナの異常がテロイアだけで起きているのなら、薄い方がクルリアだな」
「とりあえず行ってみましょう。それほど広いダンジョンでもないしすぐ着くんじゃないかしら」
「よし行くか」
と歩き出して数分。
「ついた」
すぐそばにあった。なぜわかったかというと、壁にプレートが挟まっていたからだ。神界言語で『←クルリア テロイア→』と書かれていた。親切設計だ。人間には読めないだろうし案内表示に問題は無いだろうがダンジョン内に設置しちゃうのは如何なものだろうか。
というか、これはあれか。もしや罠の一種なのか。テロイアを探索しているつもりの人間をクルリアに迷い込ませるための罠なのか。罠にかかりやすくするために階層の境目の近くにダンジョン間の穴を開けていたのか。ヘレンちゃんは恐ろしいことをする。
そこは細長い通路だった。マナフィールドを広げていく。
「なんかいるな……天使と……悪魔だ」
「見張りかしら?」
「その可能性は高いな」
「じゃあ通れないのです?」
「通してくれるかはわからないな。見張りを殺すつもりなら通れるだろうが。だが見張っているという事は、サランはまだ通っていない可能性が高いな。俺たちの目的はサランを見つけることだから、引き返した方がいいかもしれない」
ガチャは目的じゃない。アルマは残念そうに肩を落としている。
「しょうがないのです……。あ、でも少しだけ何を話しているか聞けないのです? もしかしたら『サランがこの通路を抜けたからクルリアを探索しよう』なんて相談をしている可能性もあるのです!」
気落ちした様子から一変。キラキラと顔を輝かせる。どんだけガチャしたいんだよ。だが言っていることはおかしくない。
「それもそうか」
マナフィールド越しに音を拾う。
『オレンジじゃ』
『みかんよ』
『オレンジに決まっておる!』
『みかんよ』
『ORANGE!』
『みかんよ』
みんなの方を振り返る。
「天使が3体、悪魔が4体いる。天使の1体は爺さん天使。残りは青年型天使。悪魔は全員サキュバスだ」
「なんでそんな顔をしてるのです?」
俺? どんな顔してたかな。たぶんよくわからない顔だと思うけど。
「なんか喧嘩してるみたいだな」
「天使と悪魔なのです。喧嘩ぐらいするのです」
「ちょっと待って。もう少し聞いてみる」
再びマナフィールドに意識を向ける。
『此処に落ちているこれはオレンジじゃ。我が懐かしの72号室の抜けるような青空のもと育まれたオレンジなのじゃ! 熱い太陽の象徴じゃ!』
『そんな事あるわけないじゃない。これはみかんよ。361号室のコタツと共にあるみかんよ』
『ぐぬぅ、たわけた事を!』
『では魔界村に参りましょう。そこでフィルトアーダくんのみかん剥き機でむければみかん。そうでなければオレンジ』
『悪魔が作った魔道具の精度など知ったことか』
『平行線ね。このクソジジイ』
『な、な、な、なにをぉ! このえろえろボディのサキュバスめ! プリンプリンのケツが丸見えのセクシーでダークな衣装に身を包んで、もう、けしからん!』
アスモデウスみたいな爺さん天使だな。
再びみんなの方に振り返る。
「爺さん天使がエッチなお尻の悪魔と喧嘩している。原因は落ちている果物がみかんなのかオレンジなのかでだ」
「どういう事……?」
真剣な表情でブレアが問いかけるが、真剣な表情になってもらうのが申し訳ない感じの内容だ。
「わからん」
何もわからないこの喧嘩……もう少し耳を傾けることにしてみよう。




