みかんの木
「殺ったっ!」
ボス部屋の扉を開けた瞬間、メスブタはボスを殺っていた。
もはや様式美になりつつあるな。グルガンに潜った時と同じ景色だ。
「あっ、壊したっ!?」
「いや、壊したじゃなくて殺ったであってる」
グルガンではゴーレムもいたからな。気にすることが出来るとは偉い。
さて、ボスは大きなトレントだった。
「みかんが生っているのです」
「本当だな」
「悪魔さん達が喜びそうね」
「みかんが生るトレントとか聞いたことがないよ、お兄ちゃん! 大発見だね!」
「弾け飛んで死んでいるわよ……?」
ニノは戦慄していた。硬直して動けないでいる。
妹もメスブタの超スピード撃破に驚いているが、何とか取り繕っているようだ。普通を装っていても腋汗がすごいからな。
「確かに珍しいトレントだな。捕獲して魔界村に寄贈すれば良い関係を築けたかもな」
「すまん、反射で殺ったっ!」
メスブタは反射で謝った。マジで何も考えてないなコイツ。
しかし、『反射で殺る』って怖いな。俺も気を付けよう。
「いいよ、トレントを連れまわすのも怠いし」
ハミチチだけでも面倒くさい気持ちになっているのに目算で10メートルはある魔物を連れ歩くのは怠い。扉とか通れるか疑問だし。
「全然見えなかったわ。何が起きたのか教えてくれるかしら?」
「正直アタシも全然……何が起きたの? お兄ちゃん」
ニノも妹も、いかにしてメスブタがみかんトレントを弾け飛ばせたのか知りたいようだ。
「メスブタが殴っただけだよ」
「殴り殺したっ!」
物騒な。
妹とニノはひきつった笑いを浮かべた。
「ブレア、マナ総量はどれくらいだった?」
「50万よ。Sランクオーバーね。サランより弱くて、神界の最弱天使より強いわ。勇者ぐらいね。この階層にしては強い気がするけどこのマナ濃度のせいでしょうね」
なるほど、元ミスターヌーディストビーチぐらいか。
Bランク冒険者の2人にとっては出会ったら必死の強さだな。
妹は羨望のまなざしをピンクの髪の少女に向けていた。
「メテオお義姉さましゅごしゅぎいい」
俺のフィアンセ設定だからお義姉さまで間違いないんだけどな。
更に言うと、実年齢は数百歳上だ。
でも、メスブタの方が肉体年齢と知能が低めだからか妙な違和感を覚える。不思議。
「殴り続ければ届くっ! 拳の頂にっ!」
無理だろう。
「頑張ります!」
頑張るのか、妹。程よい距離で見守ることとしよう。
「ところでメスブタ。全身べとべとだな。樹液……? いやみかんしぶきか。すごい柑橘系の香りがする」
「本当だっ! なんでだっ!?」
「みかんトレントを殴ったからだよ」
「なるほどっ!」
「とりあえず水で流そうぜ。ニノ、頼む」
「え? ああ。そうね、わかったわ」
勇者相当のトレントを目にもとまらぬ速さで弾け飛ばせた事に戸惑い続けていたようだ。こいつが一番常識人かもな。
常識人筆頭候補だった男は今、地面に放られている。何か口をパクパクしているがやはり何を言っているのかわからない。
読唇術のスキルでもあれば良かったが、こんな場面でもなければ使わない気もするし、マナの無駄使いをしなくて良かったとも思える。
ハミチチの安全が守られていることで良しとしよう。
「ヘヴィーレイン!」
ニノが唱えた水魔法は雨となって部屋全体に降り注いだ。強い雨だ。
「効果範囲広すぎじゃない?」
「やぁん、ごめんなさい。間違って広範囲に……」
いや、口には出せないが……よくやったニノ。
みんなびしょびしょだ。女子たちの肌にピタリと張り付く衣服、そして透ける肌。素晴らしい。
ほんのりブレアが怒っているが許容範囲内だろう。
「ラッキースケベは自分だけに留めてほしいのです!」
怒るというほどでもない口調で、アルマがニノを窘めた。
「ごめんなさい……命に余裕が出てきたからここぞとばかりにやってしまえと……」
あ、メスブタの強さを目の当たりにして何となく強気になったのか。わかりやすい女だな。
「正直なのです。許すのです」
「お兄ちゃん、びしょびしょのアタシはどう……? おヘソとか――」
「ピタピタびしょびしょで気持ち悪いなっ!」
バッとメスブタが服をめくる――見えた! ブラだ!
「お兄ちゃん、今メテオお義姉様のヘソ見たでしょ! アタシのは!? ほらっ! ほらっ!」
見てたのはヘソじゃねえよ。そしてお前のヘソにも用はねえよ。
「いや、見てないし、見ない」
だってブラ見てたもん。
しかし、こいつブラしてたんだな。完全なスポーツブラだったけど。する意味があるのかも不明だけど。でも見れて良かった。良いものを見た。これぞラッキースケベ。ニノ演出によるラッキースケベだ。やるじゃん。
「え、ニト、見てたのか?」
メスブタがきょとんとした顔で質問してきた。なんだろ。どういう意図だ? 恥ずかしがっている様子もない。素直に答えるか。
「見えたよ」
「本当かっ! いやーん」
棒読みで『いやーん』と言われた。え、何?
「……ん?」
「えっ? 聞こえなかったかっ!? もう一度言うぞっ! いやーん」
言葉を失っていると再度、棒読みの『いやーん』をいただけた。何? いつものやつ?
「お父上の教えかな?」
「そうだっ! なんで知っているんだっ!?」
それしかないからだが。
「わかってしまうからかな。お父上とはどこかで通じ合っているようだ」
「そうかっ! うれしいなっ!」
にこりと笑うメスブタがかわいい。こんなに無邪気な笑顔を見せられる女性はなかなかいない。
頭を撫でてあげたい……と、撫でようとして気付く。びしょびしょのままだった。
「とりあえずみんな乾かさないとな」
「わたしのホットエアーで乾かしましょう」
ニノが魔法を唱えると、彼女の両手から生ぬるい風が放たれた。ぬるい。
「時間かかるな……俺の変質者スキルで一人ずつ乾かしていくか」
乾かすのは得意だ。お兄ちゃんしゅごいの人は無視して誰から乾かそうかな。
「じゃあ、メスブタおいで」
「うんっ!」
犬みたいだな。豚なのに。
マナを通じて彼女の衣服から水分を取り除いていく。変質変質。
「おし、できた」
「ありがっ…………股間が乾いてないっ!」
「えっ、あ。すまん、つい癖で。いや、それ乾いてるんだけどな」
メスブタの股間の部分だけ染みになったように色を変質させてしまった。
これじゃメスブタがおもらししたみたいだ。
魔法王のせいで変な癖がついてしまった。いやー、あいつ元気かな。定期的に寄ってやらないとな。なんせはじめてのペットだし。
うん、他の女性陣の視線が痛い。
「ほら、これで元通りだ」
「ありがとっ!」
「どういたしまして」
続けて他の女性陣も乾かしていく。
ふとハミチチを見ると前より一層ジェスチャーを大きく何かを訴えていた。だからわからないんだって。
「よし、じゃあ行くか」
俺の言葉に全員がうなずき、ボス部屋の出口に向かって歩き出す。
そして俺は誰にも聞こえないぐらいの声でつぶやいた。
「いや、しまったな……」
服を乾かすのはしっかりと染みにならないようにやったが、下着を乾かすときは意識が散漫になっていた。
「みんなパンツだけはおもらししたみたいに染みになっちゃってるだろうな……」
少し性的に興奮してドキドキしながらも、バレた時にどうなるかも考え、性的興奮とは違うドキドキも強く感じるのだった。




