オーク帝のポーク亭
方針が決まった。
さっそく俺たちはサキュバスシティを出ようと大通りを進んでいた。
右を見て左を見て……熱くなる聖剣を鎮める。どこを見てもエッチなお姉さんしかいない。
なんだこの町。どうかしている。ああ、なぜこんなとこにいたんだサラン。もっと別なダンジョンにいてくれれば……。
フィルトアーダ君と魔道具のテストに打ち込めたのに。
許すまじサラン。もちろん、その背後にいる死神もだ。許さん。物理的には難しいが、何とか痛い目にあわせてやりたい。
「オークがいるわね」
ブレアが見ている方向を見るとオークがいた。魔物だ。なぜこんなところに。共存しているのだろうか。
「本当なのです。気持ち悪いのです」
アルマの感想ももっともか。オークと言えば性犯罪者、女性の敵だからな。俺もか。
しかし、オークか……これまたエッチな生き物がいるものだな。
オークとサキュバスが共存する街なのか。
屈強な戦士たち、あるいは可憐な女騎士とか捕らえられていないだろうか。
マナフィールドで探る……どこにも捕らえられていないか。今のところは。明日はわからないが。
それにしてもダンジョンは奥が深いな。深い穴だ。うむ。いろんな穴があって良い。
いろんなダンジョンを探検するのだ。踏破しまくってヘレンちゃんにいつか認めてもらおう。
ニトさんの高速踏破があったから立派なオンナになれました……とか言われたいな!
よーし! やるぞ!
「俺たちダンジョン探検隊!」
あふれる気持ちが口から飛び出てしまった。何なのダンジョン探検隊って。ダサい。
「どうしたのかしら? いよいよゴミ箱行きなの?」
微笑みながら言う言葉じゃないよ、ブレア。
「違うよ、ゴミ箱行きじゃない。まだまだこれからだよ」
「じゃあ、幼児退行なのです! 少年の頃の遊びのつもりで命のやり取りをする気なのです。壊れたのです!」
「なんだそれっ! 遊びで命を奪うのかっ! 強者ならではだなっ!」
「違うよ。そういう事じゃない。少年の頃の想いを捨てずに生きているというだけの事さ」
適当にまとめておこう。俺は少年のハートを持つ変質者なのだ。ちがうな……少年のハートを持つが故に変質者なのだ。
「子供の頃のお前は最低だったよな」
「ハミチチ、お前もな」
「二人とも最低だったわよ。村で子供が何かしでかしたって話を聞くたびにあなた達だったもの」
ニノが嘆息して言うが、その言葉はそっくりそのままリターンだ。ラッキースケベ女に言われたくはない。
「おい、アバズレ。そこのモブとお兄ちゃんをひとくくりにするな。殺すぞ」
「はあ? 反抗期をこじらせていたたクソガキにそんなこと言われたくないわ」
やんややんやと賑やかだな。生死がかかった探索に挑もうというのにどいつもこいつも立派なもんだ。
妹とニノの言い争いにメスブタが一石を投じた。
「どっちか嘘ついてるのかっ? それとも勘違いなのかっ? ビチグソ変態野郎が言っていたが『戦いは虚実入り混じる』というからなっ!」
アルマの父君セバスチャン氏のお言葉か。難しいこと覚えていたなメスブタ。そしてオーバーヒートする二人。収拾つかないが……つける必要もないか。
そんな話をしながら歩きつづける。そろそろサキュバスシティの出口かというところでハミチチが今さらなことを口にした。
「お腹すかない?」
笑っているけどこいつの笑顔は本当に憎たらしい。もっと早く言えよ。
「……すいたけどさ」
すいたけど、急いでサキュバスシティを出ようって話していたじゃない。やはり落とし穴を落ちるときに脳みそをハミしてどっかにやってしまったのか。
そしてこいつが食事の話なんてするものだからパーティ随一の美食家がさっそく名店を探り当ててしまった。敏感な鼻で。
「あの店すごく良い匂いがするぞっ!」
「まさか。どうせみかんだろ?」
みかんの民がみかん以外を食べるはずがない。と思ったがオークもいたしオークの店か? オークって女意外に興味あるのか? そういえば何を食べているんだろう。
「みかんの匂いじゃないっ! 肉だっ!」
「どの店なのです?」
アルマが眼鏡を取り出し品評モードに入った。
「えーと、アレっ! 店の名前読めないけどっ」
店の名前は神界文字で書かれているので読めるのはブレアとアルマぐらいだ。
「オーク帝のポーク亭……なのです」
「変な名前だな」
予想通りオークの店ではあるが。ポークの店なのか。
「なあ、食っていかないか?」
ハミチチが常軌を逸した感性で提案をしてくるが、ここはブレアの決断に委ねよう。
「ブレア?」
彼女から伝わる感情は落ち着いたものだ。怒っていないな。ハミチチが死ぬ可能性は低い。ゼロじゃないが。
「食事って精神を整える効果があるのよ。身体的にもね。神聖術のカームダウンのような急場しのぎじゃない、継続する効果。一度落ち着いてお茶をしてから臨むぐらいがちょうど良いわ。あとニトの疑問に答えるけど、ハミチチ君は殺しても殺さなくてもどっちでもいいと思っているわ」
「……そうか。落ち着いているようで何よりだよ」
ハミチチのところはスルーしよう。
「女神さまに見つからない程度にゆっくりしていきましょう」
余裕を持ったクールなブレアは控えめに言ってカッコよかった。
「お義姉様かっこいいです!」
こりゃあ妹がブレアのヘソを求める日も近いな。そうなるとサランをミサンガにするとか言い出すのか。
「入るぞっ!」
ピンクの美食家が扉を開けると、備え付けられていたベルがカランコロンと鳴った。
店名を覗く。少し暗いが落ち着いており、品がある。
店内には客は他にいないようだ。
カウンターには一匹のオークが、そしてホールにはリトルラットマンが数匹いた。不衛生だな。リトルラットマンはゴブリンと同じぐらいの強さと生活環境の魔物だ。ゴブリンよりも賢く、ゴブリンよりも臆病だが。
「ぃらっしゃい……」
なんて渋い声。カウンターのオークの声か?
「オークですか?」
「そうだ、人間か。初めてだな」
「ええ……あ、7名です」
「そっちのテーブル席へ」
ぞろぞろとテーブル席へと進む。きれいに清掃されていて好感が持てる。
席に着いたところで、オークを見たブレアが呟いた。
「あら、オークエンペラーね。珍しいわ」
「よくわかったな」
静かな店内だ。つぶやきは本人にも聞こえていたようだ。
「オークエンペラー!? Sランクの魔物の!?」
国を滅ぼしかねない魔物だ。と言ってもこの街にいるサキュバスからして人間基準のランクで捉えるのがあほらしいほどの力を持っているのでどうでも良い話だが。
「そう、Sランクの魔物よ。そこらへんのサキュバスたちと比べても弱いレベルだけどね」
ブレアも同じ思いだったようで補足してくれた。
「オークの中でも人間と同等以上に知恵がある聞くが……そういえば流ちょうにしゃべるな。ああ、失礼だったかな、すまない」
「構わないさ」
本当に渋いな。ハードボイルドか。
「興味本位で聞くのです。なぜサキュバスシティで飲食店をしているのです?」
マジもんの興味本位だな。
「飲食店を経営したかった……名ばかりのエンペラーじゃなくてちゃんと自分の城を持ちたかったのさ」
理由かわいいな。飲食店である理由はどこにもないが。娼館とかの方が良かったんじゃないか? まあ、料理が美味いのかもしれない。期待しよう。
「リトルラットマンを雇っているのはなんでなんだ?」
ハミチチの疑問はもっとも。役立たずの代名詞だ。
「誰にだって何か1つはできることがある。料理が作れないやつは接客をすればいい。接客が出来ないやつは皿を洗えばいい。それもできないやつは掃除をすればいい……テーブルを磨けばいいんだ。それすらもできないなら鍋に入ってうまい料理になればいい」
テーブルを拭いていたリトルラットマンが驚愕の顔でオークエンペラーを見る。初耳だったのか。もう後がないらしいぞ。俺はリトルラットマンなど食いたくはないが。
「みかん以外もあるんだよな?」
「ある。肉がメインだ」
よし、第一段階クリア。
「何の肉なんだ?」
リトルラットマンはノーサンキュー。ポーク亭って言っているしポークだといいんだが……え、オーク肉じゃないよな。ちょっとそれは生理的に無理。
「……」
黙して語らぬ店主。どうなんだエンペラー。
「聞こえなかったかな? 何の肉なんだ?」
「…………」
「なんの――」
「ひぎいいいい!」
こわっ。なに? 悲鳴? 突然厨房の方から悲鳴が聞こえてきた。
「お客さん、料理が出来たようだ」
「え。注文してないけど」
「うちは1品しか扱ってないんだ。勝手に7皿作ったがいらなかったら言ってくれ」
「それ何の肉なの……」
さっきの悲鳴も何? リトルラットマンの鳴き声なのか。女の悲鳴に聞こえたけど。オークの店だしドキドキしちゃう。
出されたのは適度に味付けされたステーキだった。全員で顔を見合わせる。
そして、当然のごとくメスブタが一番に食らいついた。
「んまいっ! 合格!」
それを聞いて他の面々も恐る恐る口をつける。
「おいしいわね」
「確かに美味い」
いいや、悪いことしている感じはしないからきっと大丈夫だろう。
たぶん大丈夫だ。肉は企業秘密なのだろう。
「うんうん、んまいっ!」
メスブタも喜んでるし問題なし。
ニノだけは浮かない顔だ。オークの店のポーク料理が心配なのか。気持ちはよくわかる。
でももはや考えた者負けだから。
ブレアも落ち着いているご様子。ここで十分にリラックスしてダンジョンに臨んでほしい。
「あ、そういえばここが何階層か教えてもらっても?」
「62階層だ」
「ありがとうございます。あと最下層は何階?」
「83階層だ」
意外にすぐだな、行けそうだ。
「わかった、ありがとう」
食事をして腹も膨れ、人心地つく。
確かに心の安定作用があるな。ちょっとバタバタしていた気持ちが落ち着いた気がする。
そうだな……サキュバスシティは残念ながらこれで終わりだ。
だが、世界には色々なダンジョンがある事がわかった。
だから、探そう。裸の美女たちの楽園を! 俺はダンジョン探検隊――穴の探索者――だ!




