悪魔王会談
フィルトアーダ君はアスモデウスの配下のダイナマイトボディサキュバスが連れてきた。あんな配下がいるなんてすごい。それだけでアスモデウスの事を羨望のまなざしで見てしまう。しかししばらく見ているとただのキモいおっさんなので冷静になる。すごい。
さて、フィルトアーダ君はこのサキュバスシティにたまたま滞在していたのだが、連れてきた理由は本当に俺たちが「ダンジョンを踏破している脱獄者一行」なのか顔を確認するためとのことだった。フィルトアーダ君が顔を確認し、俺たちは本物であることが証明された。
そう、俺たちは「ダンジョンを踏破している脱獄者一行」だとバレていたのだった。
だが当然だな。まずそもそもヘレンちゃんに遭遇している。乳揉みの大罪人が脱獄してダンジョンを踏破したことはヘレンちゃんもすぐに気付いただろう。それ以外にも、ダンジョン内で熾天使ファラニエルちゃんの部下らしき天使にも遭遇している。
しかし、悪魔たちは特に俺たちを捉える動きを見せなかった。
それどころか、サキュバスシティの公民館の一室で俺たちはアスモデウスとのんびり会談をしていた。
既にフィルトアーダ君は去り、部屋の中には俺たち7人とアスモデウス、サキュバス2匹のみだった。
「俺たちを捕えなくていいのですか?」
「ボクらには関係のないことだよ。なんせ悪魔だからね」
身も蓋もない理由だな。
「ブレーン収束さえしなければ、脱獄者などどうでもいいと?」
「……ボクらが思っているよりも情報を持っているようだね。よく知っている。だが、その通りだ。あの牢獄は『神を作るという事』と『世界を変えないという事』の2つの意味がある。ボクらにとって前者はどうでも良いし、後者については君たちは自粛していると聞いている。捕える理由は無い」
「自粛していると『聞いている』のですか?」
「変質神様からね」
むっつりのおっさんは少しふんぞり返ってドヤった。ドヤるポイントなのか?
「アスモデウス様は変質神様と仲が良いのですか?」
「趣味嗜好は合わないが考えは好きだ」
「そうですか」
俺は邪神だと思っている。悪魔王に崇拝されるとは本物かもしれんな。
「しかし我々を捕えないと、このダンジョンの主である穴の女神様に何か文句を言われたりするのではないですか?」
「ボクらは家賃を払っているからね。別にタダで借りているわけではない」
「あ、そうなんですね」
何を払っているんだろう? こいつらにみかん以外に払えるものがあるのか。そして穴の女神様が対価として認めるものとは何だろうか。なんて話も気になるが先に本題だ。
「ともかく、そうなると神界からの刺客みたいなのが来るのでしょうか?」
天使とかがたくさん捕まえに来るなら困る。熾天使相当の奴が数匹来たらアウトだ。
「しばらくは無いだろう。それというもの初めての脱獄者だからだ。扱いを決めかねているのが現状だ。神々の中でも派閥が出来ている。その結果がこのダンジョンの状況だ」
アスモデウスがため息をつく。俺たちが原因なのか?
「我々の脱獄が何か関連してテロイアが今の状況になったのですか?」
「その通りだ。君らには責任はないが迷惑なことだ」
「いや、脱獄が原因なら責任はあるのでは……? 教えていただけますか」
「責任はない。そもそも、あんな牢獄を作って捕まえる神の方が悪いのだ」
なかなか人間的な感性をお持ちのようだ。横でブレアが強く頷いている。
アスモデウスは、その考えを神にぶつけて悪魔落ちしたのだろうか。何にせよここまではっきりと神への不満を口にするのだから立派なものだ。自分の意思を持って行動している尊敬すべき悪魔だ。むっつりでなければ。
「ダンジョンがこの状況になった理由を教えてもらうことはできますか?」
「いいとも。君らは知る権利がある」
そうなのか。関係ない方がありがたかったが教えてもらえるなら聞こう。
アスモデウスはテカテカの髪を櫛で整えながら話し始めた。キモいな。
「君らが脱獄したことは神界では周知の事実となっている。人間界への帰還が目的と神々は考えているが、ダンジョンに何度も顔を見せる理由がわからん。有力説は穴の女神への復讐だと」
そんなつもりは毛頭ないが。むしろ幸せを願っている。
なぜか妹が頷いている。ああ、俺を閉じ込めたのはヘレンちゃんだもんな。ヘレンちゃんと妹を合わせたら妹が突撃して返り討ちにあうかもしれん。気を付けておこう……気を付けようがないか。祈っておこう。
「派閥は3つだ。即座に捕えるべきという派閥と、禁忌を犯すまでは放置で良いという派閥、どうせ脱獄方法を覚えたのだから多少の禁忌など気にせず死んだら魂を確保する派閥で別れている。人間の寿命などたかが知れているからな」
確かに億年もの年月、世界を管理してきた神々だからな。数十年程度の時間を待つぐらいどうでもいいのかもしれない。
しかし、禁忌におおらかな神がいるというのも意外だな。
「なかなかうまい具合に神のパワーバランスが取れてしまってな。このままでは答えが出るまでに結構な年月が経ちそうだ。そうなると困るのは穴の女神様だ。ダンジョンはどんどん攻略されるのだからな。ちなみになぜ攻略する?」
「趣味です」
変質神の趣味。
「……な、なるほど。趣味ならばどうこう言えんな。一応、神界にも共有しておくぞ。
趣味でいいのか。よし、今後は趣味で通そう。
「構いませんが、ヘレン様はどんなご様子ですか?」
「穴を通ってくれるのが新鮮で嬉しそうではある。しかし、それが君だという事に落胆を隠せない様子だ」
前者はちょっと意外、後者は予想通りだな。
「そうですか……落ち込むばかりでないのならよかったです」
「さて、話を続けよう。ここで更に困った神が現れた。死神イーザグリーム様だ」
「死神っ!」
筋トレに夢中だったメスブタが反応する。こいつの『自分にとって重要な話』を聞き逃さない能力は本当にすごい。
「死神が何を?」
「死神イーザグリーム様は『即座に捕えるべき派閥』だ。とはいえ、他の神々の合意もとれぬまま動くわけがない……と、思っていた」
「動いたと?」
「間接的にな。サラン君を使った」
ここでサランが登場か。なるほど、背後には神がいたのか。死神も死神で勝手に動いているし、神々の中の反逆者みたいなものだろうか。いろいろとおかしなことになっているな。
「サランについてですが、彼は他の魔界村でも名を知られていました。悪魔とどのような関係なのでしょうか」
「ただの知り合いだ。ある時、他の魔界村に現れてな。悪魔や天使、そして神界の話を聞くと夢中になってな。色々と知恵を貸してやっていた。対価としてみかんを」
「なるほど」
お話したらみかんをくれる良い人、みたいな認識だったのかな。
「それで話を戻すが、死神イーザグリーム様はサラン君に知恵をいくつか託したのだ。神託だな」
「神託?」
「そう。内容は我々の想像だが、君らが近々現れるであろうダンジョン、そして神界のマナをダンジョンへ多く流入させる方法だ」
マナフィールド越しに伝わる仲間たちの様子はそれぞれだ。
ブレアは話を聞いて考えこんでいる。死神の意図を考えているのだろう。
アルマは金の匂いになりそうな場面を虎視眈々と待っている。
メスブタは筋トレしている。
妹はアスモデウスの周りのサキュバスをけん制している。
ニノは聞いている風を装っているが聞いていない。わたしには関係ないという思いが強く伝わってくる。
ハミチチは黙って座って虚空を見つめている。完全なる無だ。
まともなのブレアだけだったわ。
「……サランに何のメリットが?」
「さてな。私が知っているのは、彼が『世界をひとつにしたがっていた』という事ぐらいだ」
「世界をひとつに」
ポエマー……。
「なんにせよ、今回の件についてボクらは穴の女神様に協力するつもりだ。サラン君を捕える。君らはボクらの意思と反する行動はとっていないが、死神イーザグリーム様のやり方はボクの主義に反するからね」
悪魔は敵ではないと。しかし、ヘレンちゃんには捕まるだろうから油断は禁物だ。
「……そうですか。助かりますよ。奴はまだ逃げているのですか?」
「ああ、死神イーザグリーム様の力と親和性の高いアンデッドだ。先ほど伝えた以外に何らかの神託があったのかもしれない。力の使い方とかね」
「わかりました。我々も彼を追って殺すつもりですが問題はありませんね?」
「無い。無いがなぜ彼を殺すのかな?」
ブレアがアスモデウスをまっすぐに見つけて答えた。
「復讐です」
アスモデウスは上品な椅子から立ち上がり、俺たちに背を向ける。
「ふーむ……私怨もあったか。死神様はそこも見越していたのかな? ま、いい。すまんがこれは早いもの勝ちだ」
なぜ突然立ち上がったのか。カッコつけたのだろうか。
「わかりました」
では急がないとな。でも一応聞いておこう。
「ところでこのシティにガチャってありますか?」
「ここは魔界村じゃないからな……ないね!」
アスモデウスは首だけ振り返ってそう答えた。なんか腹立たしい。
「そうですか。魔界村にしかないんですか。知らなかった……」
「魔界村はクルリアにあるからね。というかクルリアとテロイアはつながっている。ガチャがしたいなら途中で寄ることはできるよ。73階層だ」
そんな構造もあるんだな。確かに近すぎるダンジョンだとは思っていたが。
アルマはガチャの話にわずかに反応していた。
サランを何階で捕まえるかによるが、クルリアの魔界村に移動できることは覚えておこう。
「アスモデウスさま、お話おわりましたかぁ?」
「なら生きましょう。お昼のぉ、み・か・ん」
アスモデウスにサキュバスがまとわりつく。何が始まったんだ。うらやまけしからん!
「やめたまえ、君たち、やめたまえ! はしたない!」
額をピクピクさせながら怒るアスモデウス。
そんなことを言いながらも、その2つのお鼻の穴からは血が流れておられる。
顔を真っ赤にしながら怒り鼻血を流す悪魔王はとても気持ち悪い。
「我々に構わずどうぞ」
なんか見てられないしな。むかつくし。ずるい。
「やった! ほら行きましょ」
「そうよ、あまりお客様を拘束してはだめよ」
サキュバスたちはその豊満なバストをアスモデウスの腕に惜しげもなく押し付ける。
アスモデウスは非常に苦しそうだ。うれしいが主義に反するのだろう。
「くっ……この、悪魔め!」
お前がその王だよ。
アスモデウスはそのまま引きずられていき、会談はお開きとなった。




