秘すれば花
「くそ! 逃げられたわ! アイツ……殺すっ」
ブレアらしからぬ乱暴な物言いだ。表情も怒りを露にしている。今にも裏ルートに飛び込みそうな勢いだ。
たまにはこういう風に罵ってくれてもいいのに。なんかドキドキしちゃう。
おや、ブレアのプレッシャーにあてられてハミチチが泡を吹いているぞ。死ぬんじゃないか。
「ブレア、もう少し冷静になった方がいい。念のため確認するけど、その裏ルートは使わずにアイツを追うって事で良いよな?」
俺が問うと、ブレアは深呼吸をしていつもの表情に戻った。
「……ええ、悪かったわ。そうね、私たちは裏ルートを使うべきでないわ。その瞬間、脱出の転移が出来なくなるのだから」
いつものクールビューティのお帰りだ。
「だな。俺たちの最優先は身の安全だ。それは穴の女神からの安全も考慮しないといけない」
ブレアがうなずく。そしてメスブタが意識をブラックアウトさせたのが目に入る。このタイミングならボディタッチオーケーなんだろうけど、他のみんなが見ているからな……。いや、起きている時にやった方が楽しいし今度お願いしてみよう。
「アルマ達の身の安全は大事なのです。だけどアイツは裏ルートを使ったから穴の女神に追われるのではないのです?」
「そうなんだよな。そこが解せない」
そこをわかっていて使ったのか、わからずに使ったのか。
「裏ルートの存在と使い方を認知していたのは間違いないわね。『あまり使いたくない』というセリフからも裏ルートを使えば何らかのペナルティがあることも理解していそうだわ」
ブチギレ寸前に見えたが意外に冷静に見ていたんだな。
「ペナルティがあることをわかっていて使ったということはそれから逃れる方法を持っているということか?」
「どうかしら。ここにいたら殺されるのが確定だから裏ルートで退避することを選択しただけの可能性もあるわ」
「でも、今は穴の女神に捕まらない方法がある事を期待するのです。あいつが捕まってホムンクルスの事を話したら大変なのです」
「確かにその通りだ。あとは牧場も気になるな……」
俺たちの村の事か? それともメスブタの事か? いや、無限牢獄の事という可能性もある。
「裏ルートでどこに行ったのかしらね?」
「それもあるな。最下層でいいんだろうか? とにかく急いで探すしかないが……」
妹たち三人を見る。ここから先、連れて行くのは厳しいな。
「ブレアお義姉さまの魔法すごかった! アタシが何度挑戦しても倒せなかったAランクのアンデッドをあんな容易く葬るなんて……ついていきます! もっとお義姉さまの雄姿を見たい!」
目をキラキラさせて妹はブレアの手を両手で掴んだ。妹がユリーネになろうとしている。妹とブレアのヘソプレイとか始まったらちょっと見てみたい気もする。
対してニノとハミチチは死にそうな顔だった。
「Aランクはともかく、さすがにSランクと対峙するのはムリだわ。ましてやSランクオーバーだなんて……」
「そうか、しかし送り届けるにも時間がな…………」
言い方は悪いが足手まといを連れていくのは避けたい。いや、しかし仮に最下層まで行くとしたら、送り届ける時間なんて誤差みたいなものかもしれない。
いやいや、やっぱり違うかもしれない。ホムンクルスの件がある以上、サランの確保は何をおいても優先すべきだ。
ここに友人を見捨てていっても……だろうか。ハミチチにも聞いてみよう。
「ハミチチはどうしたい?」
「おうちのべっどでねむりたいよ」
目が虚ろだ。優しくしてあげないと壊れちゃうかもな。
「わかるよ、ハミチチ。そのためにどうするべきだと思う?」
「ふわふわの綿をあつめてべっどをつくろうかな」
「なるほど……重症だな」
どうしようかな。
「ニノちゃんは連れて行っていいと思うのです。たぶん役に立つのです。そいつは邪魔だから置いて行くといいのです」
アルマが鬼だった。
ふと、マナフィールドが部屋の異変を感知する。
「部屋の様子がおかしい……」
これは……悪魔か? 複数いるな。通路の向こうから少しずつ近づいてくる。いや、一定距離で止まっている。マナフィールドで意志を読み取りにくい距離だ。
「部屋から出た方がいいかしら?」
「ああ、部屋から――――あ! しまっ」
裏ルートが設置されている部屋。それは普通の部屋とは違うのだろう。そこに思い至らなかった。
一定距離で近付かない悪魔。距離が遠くて上手く掴めないが、何かを狙っている空気。
その狙いが今わかった。
「落とし穴なのです!」
アルマが叫ぶとと同時に地面が崩壊した。この部屋すべてが落とし穴だったのだ。部屋への入り口の通路も全て岩でふさがっている。とりあえず意識が飛んでいるメスブタを片手で確保。抱きしめるが乳は当たらない。でも抱きしめているという事実が大事。とてもいい匂いでこのままどっかに行ってしまいたい。気分は誘拐犯だ。
さて、俺は宙を跳ねることができるが……みんな落ちてるし一緒に落ちるか。
意識を現実に戻してブレアは――大丈夫だな。岩の上に立っている。安定感あるな。妹はそれにしがみついていた。アルマは羽を生やして飛んでいる。ブレア達と一緒だ。あの三人は大丈夫だ。
ハミチチは岩にガンガン当たりながら落ちて行っている。なるべく死ぬなよ。
ニノは落ちながらも詠唱していた。
「――フォールソフトリー!」
便利な魔法を使えるんだな。アルマの言う通りニノは役に立ちそうだ。
岩だけが穴底に落ちていき、俺たち7人はゆっくりと下降し始める。
よし、落ち着るまでに状況を整理する時間が確保できた。
「ニノ、ありがとう」
「これでもBランク探索者よ。こんな危険はこれまでも乗り切ってきたわ。敵がSランクオーバーじゃなければね」
「はは。今日は災難だな」
軽口をたたくとジト目で見られた。こんな時こそラッキースケベじゃないのだろうか。俺やハミチチに抱き着いて何故か服が脱げ、あちこち触れ合ってキャーッてなってこそ本物と言えるのではないか。しかし生命の危機に瀕している彼女にその余裕はないようだ。
「何がどうなったのです?」
「悪魔が近づいてきていたんだ。今も穴の上で見張っている。あの部屋は落とし穴の仕掛けがあったようだ。裏ルートに関係しているんだろうが意図はわからんな。使われたことを検知して、もう使えないように部屋を破壊したのか、関係者を確保しようとしているのか。ま、下に行ったらわかるだろう」
「あ、悪魔? 逃げた方がいいんじゃないかしら?」
「お兄ちゃんなら悪魔なんか余裕でしょ! ボッコボコにボコってやろう!」
毎度のことながら物騒な妹だな。
「いや……下には悪魔王クラスの奴がいるから無理だな。これは説明を求められる奴だ。ちゃんと説明しないと拗れるから逃げるのもボコるのもなしだ」
ふわりふわりと落ちること数分。雑談したり、アルマが片手間にハミチチを回復したりしていたら地面に辿りついた。
「受け止めてやろうと思っていたがその必要は無かったようだな」
五頭身未満のおっさんみたいなのがいた。なんか肌ツヤが良いと言うか、テカテカしてる。髪もテカテカしてるな。服は上品だがシンプルで装飾も少なく、好感が持てる。顔は不細工だ。変態的な顔をしている。だが不思議と不快感も感じない。変態紳士か?
さて、それはともかくこいつは強い。悪魔王か亜神か、それに準ずる者か。
「ええ、お気遣いありがとうございます」
「私は悪魔王アスモデウス。君らは何者だね?」
悪魔王か。アスモデウスということは色欲の悪魔王だな。エッチな爆乳の悪魔王を勝手に想像していたがテカテカのおっさんか……。
色欲ということは純潔の女神とは仲良くはないのかな。
「俺はニト。探索者みたいなものです。よく魔界村にお邪魔することがあり、これまでにベルゼブブ様、サタン様、ベルフェゴール様にお会いしたことがあります。今日も探索をしていたのですが、アンデッドを殺そうとしたところ『穴』に逃げ込まれまして」
ぼかして言ったがこちらが色々と情報を持っている事は知っているだろう。
「ふむふむ。君がね……。そしてアンデッドか。サラン君を殺そうとしたのだろう。我々も追っている。まさか『裏ルート』を使うなんて暴挙に出るとはねぇ」
いろんな情報を出してきたな。いいのかアスモデウス。とりあえず大事なことを一つ聞いておこう。
「アスモデウス様の魔界村はエッチなサキュバスがたくさんいるのでしょうか?」
女子たちの冷ややかな視線と、ハミチチの頷きが感じられる。
アスモデウスの回答は予想外だった。いや、これまでの悪魔王の傾向を考えれば当然の事だったのだが。
「ボクはねっ、そういう事はみだりに口にするものではないと思うんだよね!」
「えっと、色欲を司るのでは?」
「色欲だとも! すなわち性的欲求である! 大っぴらにすべきことではない! そう、秘め事なのだ。秘め事だからこそ、だと思わないかい?」
「っ! 思います」
まさにその通り。俺のパンツ論に通じるものがある。娼館で見るパンツより食堂で見るパンツの方がえっちだ。総合えっち力では娼館も食堂もどっこいどっこいだが。
「わからんっ! 卑しさは関係するのかっ?」
いつの間にかメスブタが目を覚ましていた。
「関係するとも。しかしそれこそ秘してこそだ。限界に達してあふれんばかりになったソレが漏れ出るからこそなのだ! まったくけしからん! 女子がみだりにそのような事を口にしてはならん! ほんっとにけしからん! たまらん!」
なんだ普通にエロいおっさんじゃん。むっつりとも言う。
「むっつりのおっさんか」
ハミチチすごいな。悪魔王に面と向かってそれが言えるとは。
「むっつりではない! それは話が違う!」
「え、違うの?」
「違うとも! むっつりじゃない! ボクはむっつりじゃない!」
そこには理屈など一つもなかった。




