似てるとかそういう話じゃない
「10階層に着いたな。秘密の採掘スポットはどの辺なんだ?」
今さらながら思うが、秘密の採掘スポットってすごく響きが良いな。素性のしれぬ女の子と仮面で密会したくなるネーミングだ。誰ともわからぬ謎の仮面少女と秘密の密会。夜な夜な互いを採掘するのだ。すばらしい……。
「ここからボス部屋とは反対方向に2時間ぐらい行ったところ……普段ならね。今日はお兄ちゃんたちがいるし魔物もおかしいし、どれくらいかかるかちょっとわからないな」
「そうか、ところで秘密の採掘スポットにはいつも一人で行くのか?」
「うん。だって秘密だから」
だよな。ならば後は……万が一もあるし、聞いてみるか。
「そうか……ええっと、仮面をつけた少女がふっと現れたり消えたりすることは無いかな?」
「え! そんな摩訶不思議なことが起こったことはないよ! 何なのそれ?」
「いや、なんでもないさ」
さっと目をそらし答える。そりゃそうですわな。夢を見過ぎたか。しかし夢を見なくなったら人は終わりだ。俺はまだまだ人らしく生きれる。夢を見よう。いつか俺だけの秘密の採掘スポットを作ろう。
「ニトの妄想は置いておくとして、魔物が出なければどれくらいかしら?」
「うーん、1時間かな」
ブレアに妄想を読まれていたか。そうだ! ブレアが仮面をつけて現れてくれないかな。夜な夜な採掘を繰り返し、そしてある日仮面を取って『私よ、バカな人ね』とか言ってくれたら俺はそれだけで昇天──
「バカな人ね。悪い意味で。いい加減にその思考を停止しないと脳みそを圧縮して昇天させるわよ」
「失礼しました。もう冷静です。俺は生きていたい。夢など見ずとも生きていたい」
やりすぎてしまった。人らしくとかどうでもいい。死にたくない。
「何言っているのお兄ちゃん。ブレアお姉さまも」
「二人は通じ合いすぎて拗れているのです」
言い得て妙だなアルマ。
「近すぎるとパンチできないしなっ!」
メスブタも間違っているようで合っている。いや合っているようで間違っているのか? こいつは本当にわからん。
「よし、じゃあ道案内たのむ」
「うん! お兄ちゃん任せてよ!」
妹は戦闘においてメスブタと同じ脳筋スタイルではあるものの、コミュニケーションの難易度は格段に低い。しかも道案内が出来るんだからな。メスブタに同じことをやらせると、おそらくたどり着くのはアバドンちゃんなどの強敵のいる場所だろう。強敵との戦闘を引き当てる能力は異常だ。そういうスキルを持っているのではないかと疑うほどに。
数分歩くが魔物が出る気配はない。
さて、そろそろこのダンジョンの異常についてある程度の目星はつけておきたい。
まず、なぜヤバい空気と思えるのか。一つはこの浅い階層には似つかわしくない濃密なマナだ。まるで下層のようなマナ濃度。そして、それだけではない。何者かの意思が介在したマナなのだ。わずかながら攻撃的な意志を帯びている。
この意志の正体が何か。神か天使か悪魔か、それともそれと敵対する者か。あるいは関係ない第三者か。いずれにせよ攻撃的な存在であることは間違いない。この事象が故意か否かはわからないが。
どんなパターンが考えられるか。
まずは、故意であるパターン。例えば何者かが攻撃的な魔法あるいは儀式を行い続けている等だな。神陣営にそういうことをする理由があるか? わからんな。彼らの事情をすべて把握しているわけではない。だが、神陣営がやっているにしろ、それ以外の者がやっているにしろ、神陣営が動いているのは間違いないだろう。この状態を神陣営が放って置くはずがない。
次に、故意でないパターン。事故や自然現象だ。どちらかならば、おそらく事故だな。セバスチャン氏の講義ではこんな事象は聞いたことが無かった。彼がこういう特異な事象を伝え損ねることは無いはずだから、事故。あるいはセバスチャン氏が生きる3億年の中でも珍しい自然現象の可能性もあるが限りなく低い。何らかの原因で下層のマナが上層に流出している事故だ。だがそうなるとこの意志の出所が不明だ。
そして突然、秘密の採掘スポットに現れた強いアンデッド。Bランク冒険者以上のアンデッドだ。
「妹よ。アンデッドが巣食ったって言っていたが、そいつは移動しないのか?」
「しないよ。ずっと動かないんだ」
「強いって知っているってことは戦ったんだよな?」
「戦ったよ。でも逃げたら追ってこなかった」
その場を離れない。なぜだ。アンデッドがそんな決まった動きをするだろうか。何かを守っている? とすれば考えられるのは……
「死霊術ね。アンデッドの動きを縛るのは死霊術よ」
ブレアが俺の思考の続きを語った。
「ブレアお姉さま、アンデッドの背後に誰かがいると?」
「可能性が高いわ。嬉しいわね」
ブレアは表情を変えないが、心底喜んでいるのが伝わってくる。アンデッド、死霊術、前情報通りのダンジョン内部。復讐相手がいるのか。
「なんで嬉しいの?」
「会いたい人がいるからよ」
「浮気……! ブレアお姉さま、見損なったわ! 今すぐミサンガに──」
「早まるな! 仕掛ければミサンガになるのはお前だぞ! あと会いたい人は殺したい人だ!」
「殺して自分のモノにしたいほどの想いだなんて……もはや浮気じゃない! お兄ちゃんは弄ばれていたんだよ!」
「ニトの妹はおもしろいのです。気に入ったのです」
「なあ、そういえばミサンガってなんだっ!?」
「ニトの妹は頭がおかしいわね。同じBランクとして恥ずかしいわ」
「帰りたいよぉ、来るんじゃなかったよぉ」
「みんな、黙ってくれるかしら? 今すごく良い気分なの」
最後のブレアのセリフで全員黙った。気温が5度は下がった気がする。この場で喋ることが出来るのは同じパーティの3人か、亜神や神ぐらいなものだろう。途轍もないプレッシャーを感じた。今ブレアの精神は復讐に向けて研ぎ澄まされている。事実、弱気になっていたミスタースクランブルは気を失ってしまった。これを持つのは嫌だし、メスブタに引きずってもらおう。
そしてみんな黙って数分歩く。気まずい。どうしようこの悪くなった空気。このままじゃ、万が一の時にブレアが冷静に撤退を判断できるか心配だ。なんか話題ないか。
あ、そういえばアドバイス
「ニノ、戦闘のアドバイスがほしいって言っていたよな?」
「ひっ!」
あ、俺がしゃべったからブレアが俺を殺すと思ったのか。ものすごい形相で俺とブレアを交互に見ている。大丈夫、そんなことはたぶんない。ないはず……よし、無かった。10秒待ったけど殺されなかった。
「落ち着けって。ほら、戦闘のアドバイスだよ」
「ごめんなさい。調子に乗ってました。わたしはそんなものを望める立場ではないのに」
すごいなブレア。殺気だけでニノを飼いならしているぞ。どうしようかな、妹から行くか。
「おい妹」
「なに?」
妹は汗だくで普通に返事をした。お兄ちゃんを心配させまいとやせ我慢しているのだろう。頑張り屋さんだな。
「お前の戦闘スタイルってめっちゃ脳筋じゃん?」
「ええ? こんなに多様な武器を使い分けているのに……脳筋?」
妹は背中に巨大な袋を担いでいる。多種多様な武器を入れているのだ。探索するのに邪魔でしょうがないと思うが、なぜか成り立っている。
言われてみれば脳筋って程でもないのか?
うーん、ニノはアルマに、妹はメスブタに戦い方のアドバイスをもらえるように計らおうと思っていたが……。
その時だった。
「あ……」
ブレアが小さく声を漏らす。通路の向こうには一匹のアンデッドがいた。腐ってないしなかなか状態が良いな。ブレアからは懐かしさと悲しみの感情が感じられた。
「……知り合い?」
聞くのは躊躇われた。だが、聞いてしまった。
「実家が雇っていた庭師よ」
「そう……」
200年前の人。どうやら復讐相手は本当にこのダンジョンにいるようだ。
「ディメンションソード」
ブレアは、俺の返事の途中で詠唱を終えて魔法をアンデッドに放った。かつての庭師の肉体は細切れになり、そして灰となった。マナが分散し、200年前の肉体を維持できなくなったのだろう。
先ほどにも増して複雑な感情だった。彼との思い出のような映像が断片的に見え隠れしている。ただ、言えるのは決して前向きとは言えない感情であるということだけだった。ブレアは今、怒り、悲しみ、懐かしみ、後悔し、そして戸惑っていた。
押し黙る俺たちを見て、Dランク探索者の俺の幼馴染は一言だけ呟いた。
「なあ、今の奴、うちのオヤジに似てなかった?」
何が嬉しいのか、そこにはニヤリと笑う男が一人。空気を読む能力は持たない普通の男がいた。




