テロイアのアンデッド
狭い家の中で、6人で机を囲んで立っていた。ハミチチは部屋の隅で座り込んでいるから邪魔にならなくて非常に良い。
そんな状況で妹が俺に至極もっともな疑問を投げかける。
「お兄ちゃんってこれからどうするの?」
上目遣いにあざとさをフルパワーにしての質問だ。フィアンセをどうするつもり? なんて心の声が伝わってくる。何とか婚約解消せねば。スルーして旅立つのもアリだな。何があっても『お前がかわいいからここに永住する』なんてセリフは言ってはいけない。言う予定もないけど。
「実は娘ダンジョンのテロイアに潜ろうかと思っている。踏破するつもりだ」
踏破という単語に妹とニノが硬直する。ハミチチはブレアのおかげで停止しているので耳に入っていないようだ。
「踏破……さっきのステータスだと本気なんだよね」
「まあな」
神妙な面持ちで話す妹に余裕の表情で返事をする。具体的には鼻をほじりつつ。気兼ねしなくていいメンバーってホント楽。
ニノが何か考え込んでいる。なんだ、不意打ちでラッキースケベでもするつもりか。偽りなんてお断りだぞ。
「そう言えば最近……ダンジョン異常の噂を聞いたけれど、あなた達が何か関係しているのかしら?」
こんな田舎王国まで伝わっているのか。トローネ王国は中央大陸の中心部にあるが、田舎王国で街道も整備されていないため、商人も避けて通るほどだ。残念国家なのだ。
「ダンジョン異常なら俺たちのせいだ。グルガンは俺たちが踏破した。バトゥールは踏破していないがボスを全滅させた」
「と……踏破をすでにしているというのね」
ニノがごくりと唾を飲み込む。最近アルマに唾を吐かれていないな。さみしい。
「そうだな……踏破なら体験済みだ」
世界の探索者どもはダンジョン童貞ばかりだが、俺は5年前にクルリアで童貞を卒業している。そして人間界に戻ってからもグルガンと一発やっている。あれ、待てよ。探索しようとダンジョンに入った時点で童貞卒業か? いや、やはりコアを突いてこそだろう。しかし……これは難しい。いずれにせよ俺が卒業済みというのは変わらないが。
「あ……そういえば。5年前にクルリアに異常はなかったか?」
よく考えたらあの時、クルリアを踏破していた。裏ルートだからダンジョン営業活動に支障はなかっただろうが。
「5年前? あなたがいなくなったときね。異常と言えばダンジョンよりもそこの妹が……」
「殺すぞアバズレ」
おっと妹は何かをやらかしたようだ。この様子だもんな。何かやってない方がおかしい。というか俺が聞きたかったのはダンジョンの話なんだが。
「はあ? ちょっとマナ総量が多かったからって調子に乗っているようね。生き死にを分けるのは数字じゃないのよ」
「ふっ、数字を気にしちゃっているんだね。かわいそう。アタシより1万6千も低いんだもんね。ふ、ふふ」
よく覚えていたな妹。なんだかんだお前も気にしてるんじゃないのか。
「数字じゃないって言ってんのよっ!」
そしてニノも気にしていると。2人ともマナのために争わないでー、と思いつつ椅子に腰かける。
ブレアとメスブタはすでに座っており、2人でお茶を楽しんでいた。
メスブタは干し肉にがっついていた。
アルマは2人のバトルに興味津々だ。これがガチのバトルになればメスブタも興味を示すだろう。ブレアはどっちかが死んだら興味を示すかな、たぶん。
「なに必死になっちゃってるのーあははは」
妹は煽り上手だな。ニノの顔がどんどん真っ赤になっていくぞ。
「ぶっ殺す!」
妹もニノも本気の殺意を抱いている。妹はミサンガの素材狩りを本気でやるつもりかもしれんな。我が妹ながら恐ろしい。俺は幼馴染で作られたミサンガなどつけたくはない。
「アルマ先生、この辺で一つ、例の奴をお願いします」
揉み手でアルマ先生のご機嫌を取りつつカームダウンを促す。
「ふむふむ。しょうがないのです。女の喧嘩を収めるのは打算だと昔から言うのです。では…………カームダウン」
その昔から言うらしい格言は初めて聞いたし、打算が収めるとか言いながら魔法で収めているし。アルマ先生はどうかしておいでだ。そのアルマの魔法で妹とニノは落ち着いたようだ。
「じゃ、落ち着いたところで改めて……なんだっけ? まあいいや。えっととにかくテロイアに潜ろうと思っている」
「えっと、お兄ちゃん、騒がしくしてごめんなさい……」
いいけど……これを機に婚約解消するか……ダメそうだな。考えた瞬間に妹がすごい形相になった。こいつ心でも読んでんのか? それとも俺の表情で察しているのか。あのたくさんのお兄ちゃんスキルのどれかがこんな感じにさせているのか。怖いな。
「わたしも申し訳なかったわ。前なら『あなたには危険よ』って言うところだけど、今ではむしろわたし達の方が危ないわね」
「そうなるな」
ステータスの差がありすぎるからな。ハミチチは論外だが、妹とニノでも50階層にも到達できないだろう。50階層か……魔界村があるとすれその辺だろうな。小さいダンジョンだし。クルリアならもっと深い階層にあるかもしれない。
「お兄ちゃん、お願いがあるんだけど」
このタイミングでお願いか。何だろう。
「テロイア関連か?」
「うん、そう。実はね、アタシの秘密の採掘スポットがテロイアにあるんだ。クルリアを主な狩場にしているけど、稼ぎが悪いときはそこに行くようにしていて……そこにやたら強いアンデッドが巣食っちゃったんだよね」
「ほう」
アンデッドの事ならいくらでも関わっていい。魔王事件に続いてまたアンデッドかって気持ちはあるが。
「それを倒してほしいの。アタシ一人だと手に余ってさ……」
返事をしたのは俺ではなかった。
「いいわよ。他ならないニトの妹さんの頼みですもの」
「ブレアお姉さま……!」
え、そこはそんな関係になるの? 同じ男の妻で義理の姉妹。何と歪な……いや、そもそも兄妹で、という時点でアウトだ。
「あ」
「どうしたブレア、珍しい声だして」
「妹さんの困りごとはさておき、お父様とお母さまには合わなくていいのかしら?」
早速『さておかれた』妹はともかく、確かに両親には会った方が良いのだろうか。いや面倒くさいな。
たぶん、ブレアも妹が面白かったから、その続編みたいな気持ちで両親を見てみたいのだろう。
「両親には合わないでいいかな。厳格すぎて怠いんだよ。会っても『生きていたか』ぐらいだろうな」
「そうね、お父さんとお母さんならそんな気がする。ついでに『去れ』とか言いそう」
「そう……」
無表情だが、がっかりしてるなブレア。面白いのを想像していたのだろう。ちょっとネタを出してやるか。
「えっと、母親は厳格なんだけど、たまに奇声をあげるんだ。父親も厳格なんだけど、たまにテーブルとか舐めるんだ。そんなん会っても疲れるじゃん?」
「そうね……」
お、無表情と声のトーンは変わらないけど、目線がちょっと上向きになったぞ。元気になった証拠だ。ブレアが喜んでいる。
「待つのです。両親に会わないのはどうでもいいのです。でもここは絶好の『ざまぁ』スポットなのです。これまでニトを無能と蔑んでいた地元の人たちに復讐とかしないのです? 金をばら撒いて『ほしけりゃ拾えー、貴様らにはプライドがないのかー、わはははー』ってしないのです?」
「しないよ。お金もったいないじゃん」
「さすがニトなのです。合格なのです」
にこりと笑うアルマ。俺はいったい何を試されていたんだ。でも金をばら撒いて『ほしけりゃ脱げー、貴様らにはプライドがないのかー、わはははー』とかしたいな。ただし、この村は婆さんと爺さんばかりだからしないけど。いつかどこかの雰囲気が良い村でやってみよう。
「そうだ! 『ざまぁ』で思い出した! お兄ちゃん、闇鍋の舞には復讐をしないと!」
「いや、いいよ。どうでもいいというか……むしろ感謝してるぐらいだよ」
奴らが道に迷わなければ俺は裏ルートに到達できなかったし、いつか迷宮で死んでいた。今のこの状況はない。
「お兄ちゃんがいいなら……我慢するけど……」
「で、『復讐』とか『ざまぁ』とかするのかっ!? あたしはだれを殴ればいいんだっ!?」
突然のメスブタ。別に誰も殴る必要はないが、誰をと言われれば部屋の隅で座り込む青年を見るしかないのだった。
青年は理不尽にも土下座で謝罪することとなり、干し肉の提供で事なきを得るのだった。
オーバーラップWEB小説大賞にて奨励賞を受賞しました。
ブレア、メスブタ、アルマ、そして増殖し続ける変態どもが本になります。
となると当然、絵がつきます。大事なことだからもう一度言いますがイラストです。
変態が絵になります。恐ろしい事です。怖い。
皆さまのおかげです。本当にありがとうございます。引き続き変質者をよろしくお願いいたします。
念のため、もう一度言っておきますね。変態が絵で表現されます。まさにアート。




