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名前を大切にして生きる


「とりあえず自己紹介しようか?」


 興奮した妹にまともに返事をすると収集がつかなくなる。さっきの話は置いておいてとりあえずやるべきことを認識させると、ちょっとは冷静になってくれるだろう。


「でもさぁ! おヘソを吸わない理由なんてなくないっ!? なくないっ!? 魂壊れてんでしょっ?」


「えい」


「ぐは」


 目論見が大外れだったので、とりあえず気絶させた。痛いのは可哀そうなので、痛みを感じないスピードで気絶できるように気を使った気絶パンチだ。だが、起きた時は痛いだろう。なのでアルマ先生の出番だ。


「アルマ先生、なんか回復しつつ冷静になるような神聖術でお願いします」


 アルマは笑顔でこちらを向いて言った。


「イカれてるのです!」


「だな」


 アルマ先生はそう言いつつ治療を始めてくれた。

 しかし、ここまでイカれているとは……。ブレアを見る。


「イカれているのね。これからどうなるのかしら。ニトは刺されたりするのかしら?」


 怖いよ。やめてくれよ。メスブタは桃色の髪を揺らしながら首を傾げていた。


「おヘソ吸わないのかっ?」


「なぜ心底不思議そうにしているんだ。吸わないよ、メスブタのヘソなら吸うけど」


「えっ!? じゃあ、後でなっ!」


 えっ。いいの? これはエッチなことではないのか。でも、確かにそうか。エッチじゃないよな。気が動転してた。おヘソを吸うとか全然エッチなことじゃない。むしろ儀式に近い感じじゃない? ヘソという穴に感謝する儀式だ。今度からダンジョン探索の安全祈願として穴の女神ヘレンちゃんへ祈りを捧げようかな。おヘソを吸いながら。よし、じゃあ後で吸おう。


「回復したのです」


 アルマの治療が終わったようだ。


「おい、起きろ。おーい」


 妹の顔をぺしぺしと叩く。


「ん、うーん。お兄ちゃん……もっと……もっと……もっと、太鼓みたいに扱って……」


 どういうことだ。ドンドコ叩いても良いのか。俺にやられたら死ぬぞ。スルーしよう。


「起きたか。さあ、自己紹介の時間だ。お前から見て右から、ブレア、アルマ、メスブタだ」


「めすぶた」


「ああ、メスブタ」


「ど、どういう関係なの?」


「俺の大事な女だ。たまに卑しさを教えている」


「殺す」


 突如、鬼の形相になる妹。勘違いさせてしまったか。大事な女は全員だ。メスブタだけじゃない。


「まて、お前じゃ殺せない。じゃない、殺すな。ちがう、殺されるぞ!」


 どれが正解かわからんがどれか響け。


「お兄ちゃんどいて! そいつ殺せ──」


「カームダウンなのです」


 すとん、と座り込む妹。アルマの魔法で落ち着いてくれたようだ。最初からこれでよかったな。早く使ってくれればよかったのに。絶対に楽しんでたな、アルマめ。


「ごめんなさい、ちょっと殺意がアタシに『すべてを終わらせろ』と命令したの……」


 お前の人生が終わるところだったんだがな。


「そうか、ともかくそろそろ名乗ろう」


「あ、うん。初めましてニトお兄ちゃんの妹です」


 んん?


「……名前は何なのです?」


 至極もっともな疑問だな。


「名前というか……アタシという存在を確定する要素、アイデンティティはニトお兄ちゃんの妹であることだけであって、親が私の人格を尊重もせずに名付けた名前など記号に過ぎないので、私は私が自ら決めた私が存在する理由をその固有名詞として使用しています。すなわち『ニトお兄ちゃんの妹』です。探索者ギルドにも『ニトお兄ちゃんの妹』で登録してあります。よろしくお願いします」


 これは沈黙せざるを得ない。

 こういう時はブレア様にお願いだ。ちらりと視線をやると頷き、応えてくれた。


「……良いアイデアだと思うけど、他にもニトという名前の男性がいたらどうするのかしら?」


「それは消えてもらうしか……」


 沈痛な面持ちで言うけど、別に消えてもらわなくてもいいだろうよ。


「なんて呼べばいいのです? ニトの妹は長いのです」


 というかみんな、妹が名前を名乗らないことをナチュラルに受け入れているな。


「妹とでも呼んでいただければ」


「じゃあ、妹ちゃんなのです」


「わかったわ、妹さんね」


「わかったっ! イモウトだなっ!」


 メスブタだけニュアンスが違うがまあ良い。


「さて、一連のこの流れで俺たちがお前を容易に御せる存在であると理解してくれたか? つまりこれまでの話が本当であると」


「確かに油断していたアタシを抑えることはできたね。でもそれとさっきの話が本当かどうかに関連はないよ」


「その通りだな。だが話を信じてもらう必要も別にないな」


 妹は少し考え、確認したい点を絞ってくれた。


「……強さは確認したい。お兄ちゃんが死なないか心配で心配でしょうがないの」


「じゃあ、外で模擬戦でもするか。ルールはなんでもありだ。真剣を使ってもいい」


「お兄ちゃんが死んじゃうかも」


 腰に差した高そうなブロードソードの柄を握り、妹は心配そうに言った。


「死なない。お前が何をしても俺を殺すことはできない。心配なら初めは手を抜けばいい。徐々に本気になっていって信じるとよいだろう」


「……わかった。そこまで言うならやってみる」


 話をして外に出ると、偶然にも思わぬ人物に再会した。

 2人の男女──かつての幼馴染たちだった。向こうも俺に気付いたようだ。


「ニト……?」


 驚き目を見開いている女と目が合う。


「ニノ……?」


「名前似てるのです」


 アルマが面倒くさそうに言った。名前のことを言われてもな……。紛らわしくて子供の頃はよくからかわれたものだ。


「えーと、久しぶりだな」


 何を言っていいか分からない。行方不明になる前に絶縁宣言をされていたからだ。あまりに無能で怠惰だったために、2人は俺と距離を置くことを選んだ。そして俺がダンジョンで行方不明になり5年の歳月が流れたというわけだ。どんな顔すればいいのやら。


「生きていたのね……スキルもなしにダンジョンをどうやって……ああ、何かを覚えたの?」


「まあな。それを今から妹にお披露目するところだ」


「くたばんな、アバズレ」


 唐突に舌打ちしながらキレる妹。なんでそんな険悪なんだ。


「ふっ、この『四聖の剣』に対して生意気な口をきくものね」


「基本四属性の魔法を使える程度で大げさな名前だこと」


 あまりたくさんはいないけどな。だがこいつはそのせいで非常に質が悪い。


「きゃあ、いや~ん」


 始まった。ニノの寸劇だ。風が吹いて突然ニノのパンツが見えた。否、見せられた。特に興奮はない。だってニノだし。


「やだ、どうしよ……きゃっ!」


 慌てたニノは土の出っ張りにつまずき、地面に突っ込んだ。泥だらけだ。もちろん、パンツは見せたままだ。


「あわわわわ、きれいにしなきゃあ~」


 そしてニノは水魔法を唱えて頭から水をかぶる。泥は落ちたが下着はスケスケになっている。


「ひゃっ! やだやだ。乾かさなきゃ!」


 火魔法を唱え、体を温めるニノ。そしてスカートの裾に火が点く。


「きゃー」


 あわててスカートを脱いだ。痴女だ。立派な痴女だ。ドジっ子連鎖からの痴女だ。



「5年も経つのに相変わらずだな……」


「ふっ、どう? 偶然に見えたんじゃない?」


 下半身をパンツのみにして仁王立ちする幼馴染がそこにはいた。


「痴女かっ?」


「その通りだ、メスブタ。全部わざとだ。ドジっ子のふりをして様々なラッキースケベを再現し、どや顔するのがこいつなんだ」


 なれたもので、こいつに対してはほとんど興奮しない。ほとんどだ。ちょっとは興奮する。5年ぶりに会ったのにまだ同じ事をやっているのか。バカバカしさがなんかちょっと興奮する。健気な感じがするからだろうか。変態方向に健気というか。


 ブレアが少しそわそわした様子で幼馴染オスを見た。


「そちらの無口な彼はどんな変態なのかしら?」


 楽しみにしてるんだな。だが、悪いな。そいつは普通の男だ。


「ブレア、全員が全員変態なわけないだろ。たまたま俺の妹とニノがちょっと特殊なだけだ。ハミチチは普通の男だよ」


「ハミ……何?」


「え、名前……そうか、ごめんごめん。名前だけ変なんだよコイツ」


「名前のことは言わなくてもいいじゃないか……皆さんはニトの何ですか?」


 ハミチチは少し顔を赤くし、うつむきながら言った。


「ニトの主、ブレアよ」


「ニトの耳かき担当、アルマなのです」


「首輪もらったっ! メスブタだっ!」


「な、なにがあったんだ。無能のニトに、一体何が」


 驚愕するハミチチ。そりゃそうだよな。無能の男が5年後に美女を3人も連れて帰って来たんだ。エロ本の広告かと思ったよな。わかるよ、ハミチチ。


「あなたも自分で名乗ってくれないかしら?」


 何かを察したのか嗜虐心を煽られたブレアが名を問う。


「ハ、ハ、ハミチチです……」


 ダメだ、改めて本人から聞くと……インパクトが。人の名前を聞いて笑ってはいけない。こらえろ、こらえるんだ。でも、いつ聞いてもこいつの名前はどうかしている。笑わせに来てるとしか思えない。せめて名字は言わないでくれ。


「変わったお名前ね。珍しいわ。名字もあるのかしら?」


 あー、終わった。


「ハ、ハミチチ…………ハミチチ・スクランブルです」


 全員、笑顔になった。


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