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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第3章
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15.夢が叶った日





 ある日の昼下がり、島原に程近い茶店で、琉菜と小夏は「女子会」を開いていた。


「すごい、遊女ってこんなところであんみつ食べたりできないんだと思ってた」

「案外未来ではそういうの知られてないんやな。島原は江戸の吉原と違うて昼見世と夜見世の間に少うし外で遊んだってええんやで。もちろん、足抜けは厳禁。ばれたら折檻。それに、外出禁止になるから琉菜ちゃんとあんみつ食べることはできなくなるのえ」


 そういうもんなんだ、と琉菜は改めて厳しい花街の世界で働く小夏に尊敬の眼差しを送った。


「それで、うちに頼みってなんなん?」小夏はあんこを口に運びながら尋ねた。

「実はね、手紙の中継役をお願いしたくって」


 坂本には「自分に用がある時は、菊松屋の小夏という遊女に宛てて送ってくれ」と頼んでいた。

 琉菜のもとに、たとえ変名だとしても坂本龍馬から手紙が届いたことが知れれば、当然琉菜は窮地に立たされる。

 新選組以外には身よりのない天涯孤独の身、という設定でいる以上は、外部から琉菜に手紙を送って不自然でないのは小夏しかいなかったのである。


「ふうん。それは構わへんけど。坂本って確か土佐の人やね。噂はちらほら聞くけど」

「そうなの。あたしの時代じゃ超有名人で!それこそ、織田信長とか徳川家康に会えちゃうみたいな感じなの!」


 アイドルに会えて興奮しているファンのような顔をして琉菜は熱弁を奮ったが、


「琉菜ちゃん、家康公を呼び捨てにしたらあかんよ」


 とたしなめられた。


 この時代の人たちは、徳川家康が作った世界の延長に住んでいるのだと、当たり前といえば当たり前なのだが、琉菜はなんだか改めて今自分がいる時代が歴史の渦の中にあるのだと実感した。




 小夏を巻き込んでまでそんな策を弄した琉菜であったが、肝心の坂本からの連絡はなかなか来なかった。


 まあ、忙しい人だしな……


 と、琉菜は気長に待つことにした。




 そうしているうちに月日は流れ、六月がやってきた。

 池田屋事件から数えればちょうど三年。

 今年も、あの時と同じようにうだるような暑さだった。


 この季節は、賄いの仕事って、最悪!


 琉菜は立っているだけで汗が出そうなこのかんかん照りの日に、外で洗濯物をしていた。


 確かにさあ、まだ温暖化とかしてないから、三十度越えとかはないけど。いや、温度計があればもしかしたらいってるかもしれないけど。

 蒸し暑いし、キャミにショーパンってわけにもいかないし。

 着物、暑いよー。


 それでも琉菜は、だいぶ慣れた手つきで、洗濯物を片付けていった。


 その時、琉菜を呼ぶ声がした。


 振り返ると、沖田がやってきていた。


「沖田さん、どうしたんですか?」

「大事なお知らせがあるんですって!全員、大部屋に集まれとのことです」


 沖田はなんだか嬉しそうだった。全員、に琉菜も含めてもらえるのは素直に嬉しかった。



 沖田について大部屋に行くと、そこにはすでに隊士が密集していた。

 琉菜は暑苦しさに顔をしかめながら、沖田と前の方に行って、幹部らのそばに座った。


「みんな揃ったか!」近藤が前に立った。顔中に嬉しさが満ち溢れている。


 あ、もしかして。


 琉菜は新選組の歴史を思い出していた。


 確かこの頃……


 琉菜が考えているうちに、近藤の話が始まった。


「我々新選組は、四年前、壬生浪士組から始まって会津公のため、上様のために戦ってきた」


 近藤は少し間を開けてもったいぶった。

 横に座っていた土方は、おかしそうににやりと笑っていた。


「そんな中、我々は今まで農民上がりだの、烏合の衆だのとさげすまれてきた。だが、それも今日で終わりだ!」


 隊士らも何かを察知したらしい。お互いに顔を見合わせたりしている。


「本日、上様からのお達しで、我々が正式に、幕臣として取り立てられることが決定した!これで我々は、名実ともに武士になったのだ!」


 爆発が起こったかのように、隊士たちが沸いた。


「ついにこの時が来たんだな!」

「母ちゃん、天国から見てるかあ?」


 うれし泣きをする者、抱き合って喜ぶものと様々で、幹部も例外ではなかった。


「幕臣かあ。がんばった甲斐があったなあ」原田が目を輝かせた。

「ホントに。もう近藤先生たちも、農民上がりの浪人とか言われることもないんですねえ」沖田も満足げに言った。

「ついては、追っていろいろと話がある」土方が立ち上がって、ざわつく隊士らを制した。しかし、鬼副長の土方でさえ、うれしさを隠せないといった顔をしていた。


 土方は懐から書類を取り出すと、読み上げた。


「まず、近藤勇・見廻組支配頭格。土方歳三・見廻組肝煎格。副長助勤の沖田総司、永倉新八……」


 土方が読み上げるのをぼんやりと聞きながら、琉菜は憚ることなく笑顔を浮かべる近藤の顔を見た。


 よかったですね、局長。

 多摩の百姓の出だっていうのに、今や将軍お目見えを許された立派な幕臣なんだから。


 でも、時代が時代なら、こんなことありえないよ。

 悲しいけど、もう幕府は、地位を与えることを何とも思ってないんだ。

 幕臣という肩書きをほいほい出してなんとかしようとするくらい、弱ってるんだよね。



 それでも、みんなやっと本物の武士になれたって喜んでる。

 あたしはそれでいいと思う。

 今は、沖田さんや、近藤局長や土方さんに、少しでも笑顔でいてもらいたいから。


 好き勝手にしゃべっている隊士らをさえぎるように、土方が「それで」と声を大きくした。


「幕臣が、こんな風に寺を間借りしてるんじゃどうにも示しがつかねえ、ということで、不動堂村の方に新屯所が建設されている。五日後、そこに引っ越す」


 これには全員が、別の意味でざわめいた。


 もう屯所ができてるってことは、相当前から幕臣取立てを考えてたんだ。

 それにしても、五日後って……


 西本願寺ここに来る時といい、いちいち急なんだから……






 その日の夜、琉菜はそろそろ寝ようと布団に入った。


 いつもは、この時間にもなれば隊士らは大体寝静まり、屯所はしーんとするものだ。

 しかし、今日は静けさの中に、笑い声や話し声が聞こえる。


 琉菜は障子を少し開けて、その音が聞こえるようにした。

 隙間から覗くと、中庭の向こうの部屋の明かりだけがついていた。


 あれは、局長室。


 周りは静かで、局長室からの声だけが響いてよく聞こえた。


弥栄いやさか!!」

「俺たちもついに武士になったんだー!」


 琉菜は耳を疑った。

 いつも、そんなにテンションが高いのは大抵原田だったが、間違いなくこれは土方の声だった。

 琉菜は小さくぷっと吹き出し、ゲラゲラと笑い出したいのをこらえた。


「やったぞ歳!俺たちはついに武士だ!もう多摩の田舎百姓じゃないんだぞ!」

「ああ!ついにこの時が来たんだな!勝っちゃん!」

「勝っちゃんなんて久しぶりに聞きますねえ」井上の声だ。

「そんなに落ち着いちまってよ、源さんもうれしいんだろ?」

「そうですねえ。うれしいというよりは信じられないですね」

「私も、まさか本当にこんな日が来るとは思わなかった」沖田の声も心なしか弾んでいる。

「よし、とにかく、俺たち試衛館の同志、めでたく武士になったことを記念して、乾杯だ!」今度こそ、原田がテンションを上げて言った。

「おいおい、さっき乾杯はしただろ」永倉がさりげなく突っ込みを入れた。

「いいじゃないか。今日は宴だ」近藤が言った。

「よーし、じゃあ、」


「乾杯!!」



 琉菜は静かに障子を閉めた。


 本当は、もっと聞いていたかった。

 特にテンションの上がっている土方など、これを逃したら一生お目にかかれないかもしれない。


 それでも、これは試衛館メンバーだけの宴だ。

 バレいなくても、盗み聞きするのは気がひけた。



 みんな、本当にうれしいんだな。



 琉菜もなんだかうれしくなってきて、一人笑顔で布団に入った。






 五日後。


 隊士たちは、五日間で見事に荷物をまとめた。

 西本願寺は、新選組が来る前の状態にもどり、代わりに境内には大きな大八車が連なっていた。

 上にのった大量の荷物のせいで、大八車が通ったところには深い轍ができている。


「それじゃ、出発するぞ」土方がいつもの顔で、いつものトーンで声をかけた。


 琉菜は先日の宴会のことを思い出して、一人にやけないように顔に力を入れた。


 力自慢の隊士らが、大八車を押し始めた。

 それに続き、隊士がぞろぞろと列を作って西本願寺から出て行く。


 近藤が残って、西本願寺の僧侶たちに何か挨拶をしている。

 琉菜は沖田らと歩き始めていたので、会話の内容はよく聞こえなかったが、とりあえず僧侶が心からほっとしたような顔をしているのはわかった。



 不動堂村の屯所かあ。

 正確な場所はわからないけど、一番有力なのが京都の駅からちょっと行ったところで、今は普通のホテルになってる。石碑があるだけなんだよねえ。

 壬生の屯所や西本願寺は残ってたからいいけど、不動堂村の屯所は初めてだから、なんかわくわくする!


 そんなことを考えているうちに、あっという間についてしまった。

 西本願寺と不動堂村は、本当に近いのだ。



「でっけぇー!!」


 かつて西本願寺に越した時のように、隊士たちは大声を上げた。


 琉菜も、その広さに驚いた。

 西本願寺の屯所より、一回りは大きい。

 そして、新選組のためだけに建てられたせいか、塀もしっかりしていたし、訓練用の庭や道場もちゃんとあった。


「こんなものを建ててもらえるなんて、私たちは幸せ者ですね」沖田が陽気に言った。

「はいっ。すっごい住み心地よさそうです」琉菜もにっこりと笑った。


 広い屯所に越せたのは確かにうれしかった。

 しかも、借り物ではないから、誰に気兼ねすることもなくのびのびと暮らせる。

 もっとも、西本願寺でも気兼ねせず大砲、槍、鉄砲など、物騒な訓練は毎日のようにやっていたが。


 そんなメリットと同時に、琉菜は嫌でも考えてしまうのだ。


 ここが、京都で最後の屯所だということ。




 歓声を上げる隊士らを横目に、琉菜は心から喜べないでいた。


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