71 悪役ドワーフの顛末
ヴィクトワールはリゼに作ってもらったドレスを着て、婚約者に会いに行った。
鑑定をしてもらい、そのドレスが温度調節機能しか持たないこと、そしてそれが購入店の店主の魔力紋とほぼ一致することを、偽装の狙い通りに確認させた。
もちろん、シークレット機能として、低身長化は仕込んであるので、今のヴィクトワールは、生まれつき背の低い女の子のように見えていることだろう。
鑑定人として呼ばれた質屋の男性は、『普通のドレスですね』と結論づけた。
「リヴィエール魔道具店のものではないでしょう」
婚約者とその家族は、ほっとした様子を見せた。
「それじゃあ、あの手紙はなんだったのかしら」
「誰かのいたずらだったのかもしれないね」
口々に言い合うご両親たちに、ヴィクトワールは慌てて言う。
「おそらく、わたくしのお友達だと思います。わたくしが無神経に婚約者ができたことを自慢してしまったせいで、少し怒らせてしまって」
「そうだったの……」
「よくあるトラブルね」
「ともあれ、何でもなくてよかったよ」
口々に言い合う彼らに、ヴィクトワールはすまなく思った。騙しているのは気が引けるが、そうでなければ結べなかった婚約なのだから、多少の罪悪感はなかったことにして、呑み込むしかない。
「ヴィック、少しだけふたりで話がしたい。いい?」
婚約者のジャコブが、ヴィクトワールを別の部屋に呼んだ。
ヴィクトワールに椅子を薦めて、その前に一冊の雑誌を置く。
見開きのページに、見慣れた名前を見つけて、ヴィクトワールの心臓がどくりと大きく跳ねた。
「リヴィエール魔道具店のことが雑誌に出ていたよ」
不都合なことが書かれてやしないかと気が気ではないヴィクトワールに、ジャコブが手振りで読むよう促してくれる。
「すごくいい記事だったよ。君にも読んでほしい」
ヴィクトワールは震える手を抑えながら、ページをめくっていった。
そこには、ヴィクトワールが恐れていたことが書かれていた。
背の高さに悩む顧客の物語だ。
――わたくしのことだわ。
名前などは伏せられていたが、それがヴィクトワールのことであるのはすぐに分かった。
ヴィクトワールは恐ろしくて、ジャコブの目が見られない。わざわざこれを読むように言ってきたのには、意味があるに違いなかった。
――バレていたのね……
冷たくなった手でページをめくると、魔道具師の少女の言葉がぱっと目に飛び込んできた。
「リヴィエール魔道具店の店主、リゼルイーズ嬢は本誌に語ってくれた。『その子は普通の女の子でした。それでも、普通の女の子になりたいと言って泣いていたんです。だからわたしは、普通の子が、なりたい自分になれる服を作ってあげたいと思いました』」
「いい記事でしょう?」
ジャコブに聞かれて、ヴィクトワールはハッとする。
彼はとても穏やかな目でヴィクトワールを見ていた。
「……怒っていないの?」
ヴィクトワールが小さな声で尋ねると、ジャコブは笑った。
「どうして僕が怒るの? 僕は普通の女の子に恋をしているのに」
――ああ……!
ヴィクトワールは唐突に気づかされた。
それこそが、彼女がもっとも欲しかった言葉だったのだ、ということを。
ヴィクトワールの目にみるみるうちに涙があふれそうになる。
「僕は、君が違うというのなら、それを信じるよ。でも、もしも何か打ち明けたくなったら、遠慮せずに何でも言って。きっと力になれると思うから」
ヴィクトワールは涙をこらえながら、そっとリゼのことを思い出した。
あの小さな女の子は、こんな結末まで見越してヴィクトワールのことを記事にしてくれたのだろうか、と。
「……はい……!」
――ヴィクトワールが真実を打ち明けたのは、それからしばらくしてのことだった。
もちろんジャコブの一家は、笑って受け入れてくれた。
***
デルラン伯爵邸。
ドリアーヌは、お通夜のように落胆している父と一緒に、書斎にいた。
原因は一通の封印状。王家の紋章が入っている。
工芸都市デルランの貴金属工芸品を、宮廷御用達の業者から外すと通知してあった。
「もうおしまいだ……」
デルラン伯爵がぽつりと嘆く。
「ここ数か月で、明らかに金銀細工専門の魔道具師が王都内に増えた。王家の保護政策の成果だ。苦しくなるだろうと思っていた矢先に……もはや、ほぼ死刑に近い……」
ドリアーヌもまた、呆然自失状態だった。
彼女のところにも、同様の死刑宣告が届いていた。
仮装大会のことを引き合いに出され、魔道具師の名誉を棄損したとして、宮廷への出入りを禁じるという通告だ。
おそらくドリアーヌの友人たちも全員そうだろう。
そしてうわさはあっという間に王都全体に回るに違いない。
ドリアーヌは、実質、貴族令嬢として終わったといってもよかった。
父が投げやりな視線をドリアーヌに送ってよこす。
「……うちの地下出版物が王女の逆鱗に触れたということだったが……」
ドリアーヌはビクリと体を揺らした。
ドリアーヌはときどき令嬢たちのゴシップを集めて事務所に流す、スパイのようなことをしていた。そのつながりで、ヴィクトワールが心酔している魔道具店を、少し懲らしめてやろうと思ったのだ。
悪評が広まれば、親友が目を覚ますに違いないと信じて。
「直接の原因はわたくしが王女の怒りを買ったことでしょうけれど、リヴィエール魔道具店を潰したいという思惑は、お父様とも一致していたはずよ。魔道具師の地位向上なんてとんでもない、工芸品は手工業細工のすばらしさで価値が決まるものであって魔術に頼るのは邪道――と、お父様もおっしゃっていたじゃない?」
デルラン伯爵領としても、同業他社が増えるのは歓迎せざることだったのだ。
だからあの中傷記事の発行になった。
父はため息をついて、手足を投げ出した。
「もはやどうでもよいわ。何をしても無駄だ。領地に戻るしかあるまい」
ドリアーヌはわなわなと震え出した。
それだけは嫌だったのだ。
ドリアーヌは見てくれこそぱっとしないが、センスを生かして、宮廷ではちょっとした美容のご意見番の地位を築き上げていた。
それなのに、あの忌々しい妖精姫が邪魔をした。
――どなたがどんなお色のお衣装をお召しになっても、『素敵ね』と言い合える。それこそが真のおしゃれなのですわ。
そんなことはドリアーヌだって分かっている。
でも、そんなのは理想論だ。
ドリアーヌがあのときの『妖精姫』と同じ服を着たら、きっと笑われただろう。
誰も笑わなかったとしても、ドリアーヌは笑う。これでも審美眼は確かだ。
鏡に映った自分と妖精姫との落差にショックを受けたら、きっと自分自身を笑い飛ばさなければやっていられなくなるだろう。
あのお姫様に、おしゃれをしたくてもできない人間の気持ちなんか分かってたまるかと思う。
自分のことを笑い飛ばすついでに、他の人も笑い飛ばして、少しずつ自虐の痛みを誤魔化すのだ。
そうすることでしか癒せない、深い痛みを抱えている。
本当は、自分のことだって笑わずに生きられたら、どんなにか楽になるだろう。
でも、鏡は真実しか映さない。
生きているだけで、自分のことも他人のことも傷つけずにはいられないドリアーヌの気持ちなど、あの妖精姫には永遠に理解できないだろう。
マルグリットへの憎悪で、ドリアーヌはショック状態から立ち直った。
「……戦わないのですか? お父様。王家なんて、弱体化した旧時代の遺物だと、恐るるに足らずと、口癖のようにおっしゃっていたではございませんか。これまでのように、地下出版で王家への批判を強めて、反魔道具派の勢力を盛り立てていけば、きっと――」
父は力なく首を振った。
「無駄だ。事務所の弁護士団がすっかり戦意喪失しておる。これまでどんな危険な出版物であっても恐れずに出してきたあいつらが、だぞ」
デルラン伯爵は恐ろしげにつぶやいた。
「あの魔道具店には、『何か』ある」
どうやら父親も、すっかり戦意喪失している人間のひとりらしかった。
ドリアーヌは嫌がって首を振った。
「わたくしまだこれから、素敵な婚約者を見つけて、結婚して、宮廷に――」
「わしと一緒に領地に戻るんだ。結婚相手はそっちで探せばいい」
ドリアーヌは友人たちにさよならを告げる暇もなく、最低限の荷物だけ持って、次の日には領地行きの馬車に揺られていた。
このときはひどく父親を恨んだドリアーヌだったが、一日後に、評価を一変させることになる。
――デルラン伯爵の顧問弁護団の事務所が、魔獣の襲撃を受けて、跡形もなく壊滅したという報せがもたらされた。
深夜のことだったので、被害者がいなかったのが幸いだった。
ドリアーヌは震えが止まらなかった。
――もしも、出発が一日遅れていたら……
そしてもしもドリアーヌが、諦め悪く、マルグリットの誹謗中傷文などの作成を依頼しようと事務所に赴いていたら、彼女は生きていなかっただろう。
魔獣の災害は人知の及ばぬものだと思われているが、偶然にしてはできすぎたタイミングだった。
――あの魔道具店には『何か』ある。
魔獣さえもが味方する『何か』が。
父の言葉が思い出されて、ドリアーヌは、王都への未練をすべて断ち切り、領地で生きていく決意を固めたのだった。




