67 リゼ、普通の女の子のドレスを作る
「魔道具業界の盛り上げは国を挙げての政策ですもの、邪魔者は排除するわ!」
「協力いたします」
アニエスさんはそう言いつつ、ちょっと考えるように、天井に目をやった。
「……訴訟はもちろんするけれど、ねえ、リゼ、私たちも魔道具店の広告を打ったほうがいいかもしれないわ。イメージって大事だから」
「ポスター描きます? 今ちょっと仕事詰まってて余裕が――」
「私の方で考えてみるから、大丈夫よ。あなたは魔道具作りに集中して」
「わぁい」
アニエスさんほんと頼りになるぅ。
仕事受けすぎたせいでわたし今カッツカツだからね! よその人にポスター描いてもらえるなら助かります!
作戦会議はふたりに任せて、わたしはアトリエに引っ込んだ。
それにしても、連日連夜コルセットの錯視機能の計算してて、頭おかしくなりそう。
もういっそ、着用者の体格から自動で最適な縮小率を算出して合わせてくれるようにならないかなぁ。ならないよなぁ。わたしが書かなきゃ、なるわけないよねぇ。
とはいえ、何個も作ったので、ちょっとコツがつかめてきた。
そのうち自動算出するように式を見直そう。
いつになるか分からないけど、それまでがんばろう。
ちまちまと計算をしていたときに、事件は起こった。
なんかお店が騒がしいなぁ。
叫んでいる女の人の声が聞こえたので、わたしはそっちに顔を出した。
叫んでいたのは、ヴィクトワール様だった。
ヴィクトワール様はわたしの顔を見るなり、わっと泣き出した。
「マエストロ……! わたくし、わたくしもうダメかも……!」
「よかったら、奥にどうぞ」
驚いているマルグリット様とアニエスさんに、何でもないと目で合図しつつ、わたしは自分のお部屋でお話を聞くことにした。
ヴィクトワール様は、とうとうバレてしまったと言った。
「婚約者の家に匿名でわたくしの秘密を暴露する手紙が来たそうなの……!」
「ありゃー……」
「犯人は分かっているのよ、きっとドリアーヌさんたちだわ!」
ヴィクトワール様によると、しばらく前からサロンのメンバーとうまく行かなくなっていたのだということだった。
臨場感たっぷりに語ってくれるヴィクトワール様には悪いけど、先に婚約者とどうなったのかが知りたかったので、ちょっと飛ばしてもらうことにした。
「それで、お相手の方は、もう破談にするって言ってるんですか?」
ヴィクトワール様はちょっときょとんとしつつ、答えてくれる。
「……どうも、お相手の方は背丈が変わるドレスなんてものの存在が信じられないみたいなの。だから、根も葉もないでたらめなんじゃないかって、一応はわたくしを信じるそぶりを見せてくれているの……」
おお……! うわさを鵜呑みにしないで、ちゃんと確認してくれるんだ!
すっごいいい人たちだなぁ!
怒っていきなり破局、ってことも十分ありえたよねぇ。
「ヴィクトワール様は、どうするつもりなんですか?」
「どうもしないわ、もう終わりよ……! こんな嘘までついて、心も体も醜いのだってことまでバレたら、フラれるに決まってるわ……!」
「バレなかったら、フラれないですかね?」
「もう隠せないのよ!」
泣いているヴィクトワール様が落ち着くのを待って、わたしはそっと言う。
「……ダミーの魔術式を載せて、普通の温度調節機能のドレスに偽装することはできますよ。わたしの魔力紋でリヴィエール魔道具店のものだと特定されるのが問題だということなら、魔力紋も変えて、他人が作ったように見せかけることもできます」
ヴィクトワール様は目を丸くした。
「魔力紋は変えようがないのでは……?」
「そこはちょっと、企業秘密で。とにかく、隠し通すだけなら、全然できます。わたしの作った魔道具は、アルベルト王子にだって正体を見破れなかったんですから!」
わたしは彼女を安心させようと、ちょっと大げさにそう言った。
「騙そうと思えば騙せますから、落ち着いてよく考えてください。ヴィクトワール様は、これからどうしたいですか?」
ぽかんとしていたヴィクトワール様が、みるみるうちにまた涙ぐむ。
「わ……わたくし、怖いの。本当のことを知られたら、終わりよ。わたくしのことなんて、誰も愛しはしないわ! きっと今まで以上にひどい言葉でなじられるに決まっているわ!」
「お……お相手の方は、そんなにひどい人なんですか……?」
わたしがおそるおそる聞くと、ヴィクトワール様はわっと泣き出した。
「優しい人よ! でも、今までにわたくしを笑った人たちだって、優しい人たちだったわ!」
優しいとは一体……
とわたしは混乱しかけたけれど、ディオール様のことを思い浮かべて、納得した。ディオール様はすごく優しいけど、アニエスさんが「ひどい男」って言う気持ちもちょっと分かっちゃうもんね。
――優しい、善良な、普通の人たち。
そんな人たちでも、ヴィクトワール様の気持ちを全部分かってくれるわけじゃない。
「ドレスはもちろんお作りできます。でも、わたしがお手伝いできるのはそこまでです。わたしはお話を聞いていて、お相手の人、もしかしたらヴィクトワール様が思ってるほど怖い人じゃないのかもしれないな、正直に話したら分かってくれるんじゃないかな、って、ちょっとだけ思いました」
ヴィクトワール様は目に見えて怯えた顔つきになった。
「……あなたも、嘘はよくないって言うの?」
「いいえ! わたしは、ヴィクトワール様の辛い過去のお話を聞いて、泣いてしまいました。だから、思ったんです。ご婚約者様はそんなに悪い人じゃないのかもしれない、でも、ヴィクトワール様にひどい悪口の記憶がある限り、今すぐに本当のことを打ち明けるっていうのは、難しいんだろうな、って」
ヴィクトワール様にとって、秘密を打ち明けるのはとっても勇気のいることだろう。
「だから、わたしのドレスは、ヴィクトワール様を守るためのものです。秘密を守って、ヴィクトワール様が打ち明けてもいいと思えるまで、隠すドレス。わたしにできるのは、そこまで」
そこから先は、婚約者の男性にお願いするしかない。
「ヴィクトワール様と結婚する男性も、ヴィクトワール様のお話を聞いて、一緒に泣いてくれる人だといいと思います。そういう人だったら、もしもヴィクトワール様の秘密が、ばらしたくないと思うようなタイミングで漏れてしまうようなことがあっても、どうして背を低くしたいと思ったのかを、一緒になって考えてくれると思うので……」
わたしは大事だと思ったので、一応聞いておくことにした。
「ご婚約者様は、ヴィクトワール様と一緒に泣いてくれそうな方ですか?」
彼女は目を閉じた。
「……分かりませんわ、そんなの」
「そっかぁ……」
分からないかぁ。まあそうだよねぇ。分かるならこんなに悩んだりしない。
「でも、わたくし、あのドレスを着て、初めて普通の女の子として扱ってもらえたの。いつも魔物の仲間のように言われていたわたくしがよ、わたくしがどれだけ嬉しかったか分かるかしら!?」
ヴィクトワール様はまたぽろりと大粒の涙をこぼした。
「わたくしは結婚がしたいのではないわ。普通の女の子になりたいのよ……!」
ヴィクトワール様の決意が固い。
これは、わたしが何を言っても揺らがないだろうなぁ。
「分かりました。わたしは、ヴィクトワール様は普通の女の子だと思いますが――」
ここは大事だと思うので、気持ち強めに言っておく。
「なりたい自分になれるお手伝いをしたいと思います」
――そしてわたしは、安請け合いの代償として、また死ぬ思いで魔力紋を偽装しながらドレスを作ることになったのだった。




