65 ウェディングドレスは慎重に
ふたりがそれぞれの家族に連れられて、名残惜しそうに離れ離れになって帰っていくのを見届けて、わたしはほーっとため息をついた。
「……何も起きなくてよかったぁ」
「すごい技術でございますねぇ。どの位置から見ても自然な映像が投影されているなんて……」
「これねぇ、めちゃくちゃ大変でしたぁぁぁ……」
よくこんな複雑な魔術式書いたなって自分でも思うよ。
背丈をいじると頭の位置も変わるから、見え方の変更だけじゃなくて、相手と視線を合わせられるように調整しなきゃいけなかったんだよねぇぇぇ……
最終的に服に取りつけた魔石と目をリンクさせて、「そこから見える風景」を着ている人に見せるようにして調整したんだよね。
そうなるともう幻影魔術の範囲を超えるから、計算計算また計算で頭おかしくなるかと思った。
たまたまおばあさまが『魔石を使った義眼』の技術を遺してくれていたからなんとかなったけど、そうじゃなかったら完成しなかった。
わたしもまだ全然よく分かってないんだよね……
ほとんどコピーしちゃったから、あんま細かい調整はできてないんだ……
魔道具の研究は奥が深いね。
「一回書いたらあとは微調整でなんとかなるのが魔術式のいいところなんですよね。もう一回一からやれって言われたらしんどいです……」
「お疲れさまでございます。あとでお部屋にリラックスできるお飲み物をお持ちいたしますね」
「ありがとうございますぅぅぅ!!」
ともあれ、何事もなく終わったので、わたしはその日、よく眠れたのだった。
***
ヴィクトワール様はすぐに魔道具店に再来店した。
「彼と婚約することが決まりましたの!」
「おめでとうございます!」
ヴィクトワール様は泣いて喜んでいた。
よかったよかった、わたしもうれしいな。
にこにこしていたら、ヴィクトワール様はずいっと身を乗り出した。
「それで、婚約式のときに着るドレスと、結婚式のドレスの両方をお願いしたくて!」
おおっとぉ……
わたしは奥からスケジュール帳を持ってきた。
「そうですねぇ……こないだのドレスの色違い程度の簡単なものでよければ、すぐ作れるんですけど、ウェディングドレスとなると、ちょっとぉ……」
一回作ったものの【複製】は簡単でも、ウェディングドレスはほとんどがオーダーメイド。
『他の人と同じじゃイヤ』って人が多かったりする。
「いつごろの挙式のご予定で、着たいドレスのイメージはどんなかっていうの、ありますか? ものによっては年単位で製作日数かかるので……」
「背が低く見えさえすれば、あとは気にしません!」
「ほんとぉですかぁ……?」
でもぉ、せっかくのウェディングドレスなのに、妥協させるのもなんか違うよねぇ……
「ちなみに、婚約者の男の人には、背が低く見える仕掛けのことって教えてあるんですか?」
「……いいえ。そんなことをしたら、破談になってしまいますわ」
ヴィクトワール様の苦しそうなお顔を見たら、もうわたしも何も言えなくなった。
「だから本当は、ドレスだけじゃなくて、パジャマや普段着も全部オーダーしたいのでございます」
「隠し通すつもりなんですね!」
「いけないかしら……」
「いえいえ! お客様の夢を叶えるのがデザイナーの仕事です!」
なんて、わたしは魔道具師だけどね。
「えーっと……ちょっとスケジュール詰まってまして、ウェディングドレスは難しいですけど、普段着なら、こないだの製品と同じ機能の流用でいけますよぉ。あんまり面白みのあるデザインにはならないですけど、それは」
「構いませんわ! わたくし、服にはそんなにこだわりがないのでございます」
じゃーいっか。
わたしはいくつか用意している既製品のカタログからデザインを選んでもらうことにした。
大方の服はすんなり決まり、注文決定。
「そしたら問題はウェディングドレスですけど……」
「いつごろなら仕上がりそうなのでしょうか? それに合わせて挙式いたしますが……」
「決意が固いんですね……!」
わたしはレースやドレス生地の見本と一緒に、ドレスのカタログも持ってきた。
「複雑なのは本当に今ちょっと無理なので、このカタログに載ってるのでよければ、用意できると思います」
ヴィクトワール様は、カタログを三周した。
なかなか決まらないのはよくあることなので、じっくり見てもらうことにして、わたしはスケジュールに思いをはせていた。
あーあ、引き受けちゃったけど、しばらく辛いかもなぁ……
でも、あんなに思い詰めた顔されたら、断れないよねぇ……
わたしはアクセサリー類の打ちあわせまで大急ぎで済ませて、その日から猛スピードで製作に取り掛かった。
なんのかの言っても婚約式のお洋服って一生の思い出になるものだからね。
とりあえず大まかに完成させてから、時間の許す限り刺繍を入れた。
いつもと同じパターンばかりだと芸がないので、最新流行の図案を目立つところに入れていく。
「目が、目が痛い」
わたしが泣きごとを言っていたら、アニエスさんが目に塗る軟膏をくれた。
「あー……すっごい効きますこれ……」
極楽気分でソファに寝そべっていたら、アニエスさんがふと言った。
「本当にこれでよかったのかしら」
「何がですか?」
「だって、依頼人の子、本当は背が高いことを隠し通すつもりなんでしょう? それで結婚したって、いつかはバレるんじゃないかしら」
「いいんじゃないでしょうか? バレるまでに仲良くなれたら、笑って許してくれると思いますよ」
「そうかしら……相手の男性が騙されていたことに怒って、悪い結果になったりしないかしら。できれば婚約の段階で、ちゃんと告げた方がいいんじゃないかしらと思うのよ」
「ヴィクトワール様が今はまだ言いたくないっていうなら、別にいいと思います」
アニエスさんはちょっと悩むように間を取った。
「……詐欺罪……と言っていいのかしら? 背を低く見せかけるなんて前代未聞だから、法律で裁けるとも思えないないけれど、誠意って大切よね」
「難しいことは分かんないですが……」
わたしはソファの上で寝そべったまま、ちょっと考える。
「わたしが思うに、人間って、見た目にすごく左右される生き物だと思うんです。ぱっと見ただけの印象で判断する人がとても多い」
美人の姉の言うことばかり無条件に信じる人たちのことを思い出して、わたしは悲しくなった。
「ヴィクトワール様、『背が高いから』という理由で、色んなことを言われてきたんだそうです。『背が高すぎるから』好みじゃない、『背が高すぎるから』シャッフル塔みたいでみっともない、『背が高すぎるから』誰もお前を愛しはしない――って。それで、ちょっと疲れちゃったんだと思います」
あんなに泣いていた人に、『誠意を見せた方がいい』なんて、わたしは言えないよ。
「ヴィクトワール様が、今は聞きたくない、言われたくない、そっとしておいて……って思っているんなら、それでいいと思うんですよね。周りの人一人一人に『何も言わないで』って、お願いして回ることもできるでしょうけど、『悪気はなかった』『軽い冗談だった』『本気じゃないから気にするな』『善意のつもりでアドバイスした』――そんな言い訳をいちいち聞かされてたら、もっと疲れちゃいますよ」
失礼なことを言う方が悪い――と言っても、言う人たちの意識を変えることはできない。
いつだって、変えられるのは自分だけ。
「『誰かの意見』を何百回も聞かされているうちに、自分の正直な気持ちをすり減らしてしまうヴィクトワール様のことを思いやってくれる人が増えてくれればいいんですが、今はちょっと難しいんだと思うんです。だって、『みんなからきっとうまく行かないと言われた』って、初日に言ってたから」
親や友人まで、善意のつもりで厳しいことを言ってくるのなら、ヴィクトワール様に逃げ場なんてない。
だからわたしには、ヴィクトワール様に『逃げちゃだめ』だなんて、とても言えない。
「ありのままの自分を受け止めて、前向きに努力するのはすばらしいことですが、それは元気だからできることであって、今のヴィクトワール様にはそんな体力ないと思います。疲れている人には、お休みが必要です。たとえ嘘でも、まやかしでも、ヴィクトワール様が『背の小さい自分』を愛されて元気をつけたいというのなら、お手伝いしたいと思います」
ほんの数か月前、限界だったわたしにも、お休みをくれた人がいる。
今度はわたしが誰かの力になってあげられたらいいと思う。
きっとディオール様なら、そうしたと思うから。
わたしは喋っているうちに元気がでてきて、まぶたの軟膏をはがした。
すっきりした視界に、微笑んでいるアニエスさんが見えた。
「そう、あなたの考えは分かったわ」
アニエスさんはわたしの意見に賛成するように、うなずいてくれた。
「私はあなたの考えを尊重したいと思うの。あなたに雇ってもらった社長だものね」
「頼りにしてます!」
難しいことは分かんないけど、きっとアニエスさんがなんとかしてくれる。
……でも、訴訟沙汰とかにならないといいな。




