46 リゼ、アルバイトを雇う
「そうね。簡単に言うと、王都で有名な大聖堂や王宮にお菓子を卸して成功した大店の息子が、ぼんくらだった……ってところかしら」
アニエスさんはちょっと遠い目つきになった。
「悪い人ではなかったのよ。でも彼自身の努力では士官や文官への道が開かれなかった。そこで貴族の娘と結婚して、その伝手で社交界になんとか潜り込もうとした……そして私の父は、私に不自由のない暮らしをさせたかったから、資産の額を見て彼を結婚相手に決めた」
アニエスさんは淡々と、性格の不一致ですれ違い、だんだんと仲が悪くなっていったことを喋った。
「彼に言わせると私は可愛げのない娘なのだそうで、話しているととにかく息がつまると言われたわ」
「そんな……! 全然そんなことないのに!」
「ふふ、ありがとう。でも、確かに私は可愛げがなかったのかもしれないわ。だって私、彼の喋る話に全然興味が持てなかったんだもの。彼、いつも買ったものの話ばっかりしていたのよ。どこそこに別荘を買った、馬を買った、コートを、魔剣を……お買い物は確かに楽しいのでしょうけれど、よく聞くと彼の両親が買ったもので、彼の選んだセンスを褒めてほしいというわけでもないのよ? ただ、親が色んなものを買ってくれる、というだけだったわ」
う、興味のない話ばっかりされたら辛いよね。
わたしも人に自分の好きな魔道具の話ばっかりしがちだから、気をつけないとなぁ。
「そんな彼に趣味が合う少女が現れて――彼女はとにかくお金持ちの男性との玉の輿志望だったから、必死にアプローチして彼を落とした、というわけ。でもね、変な話、私はそのとき、すごくせいせいしたの。ああ、私、もしかしたらこの人と結婚しなくて済むのかも……って思ったら、彼女に感謝したいくらいだった」
アニエスさんはふっと皮肉気に笑った。
「……でも、その少女もだんだん私のこと『寝取られ女』って態度で馬鹿にするようになってきて、いい加減うっとうしかったから、一泡吹かせてやろうかと思って。その子の家の古ーい噂話……母親がどうやら授かり婚をしたらしい、っていうのの真偽を洗い出してみたの。そしたら母親ともども真っ黒で、伯爵家の血を引いているっていうのも嘘だってことが分かって。証拠つきで訴えてやったのよ」
「お、おお……?」
貴族のおうちの醜聞って、一生懸命隠すものだよね。
よく真相が暴けたなぁ。
「訴えるだなんて、まるで弁護士みたいですね」
「まあね。わたくしの父がそうだから」
「ほあ~~~~……」
弁護士のお嬢さんだったのかぁ。
言われてみれば賢そうな雰囲気してる……!
アニエスさんはちょっとだけ照れたように笑った。
「いやだわ、私、そこまで話すつもりではなかったのに。あなたって聞き上手なのね。なんだか全部話してしまいたい気持ちになったわ」
「すごく楽しく聞かせてもらってます!」
「ありがとう……それじゃあ、世迷言として聞いてくれる?」
アニエスさんは視線をテーブルに落とした。
「もしもわたくしが彼と結婚していたら、彼が父の仕事を手伝って弁護士業を継いで、私はその補佐をすることになっていたわ。でも、私、ずっと納得がいかなかったの。私の方がずっと跡継ぎに相応しいのに……どうして補佐なんだろう、って」
アニエスさんは悔しそうに言う。
「本当は、私が父の跡を継ぎたかった」
「つ、継いだらいいのではないでしょうか……? アニエスさん、本当に向いてそうですよ」
わたしが不思議に思って尋ねると、アニエスさんは笑った。
「法律学校は男子校って伝統的に決まっているの。男性しかなれない職業なのよ」
「そ、そうだったんですね……!」
職人はその点、割と自由かもしれない。
おかみさんがやってるお店やアトリエなんていっぱいある。もちろん、同じ職業の男性と結婚しないとダメって風潮はあるけどね。
「しかも、貴族になれる道でもあるから、少し裕福な家庭の男子はみんな法律学校に通わせるの。だから、学校は卒業したけど資格を持っていない見習い書生もごまんといるのよ。私の入る隙なんてないわ」
五万人もいるのかぁ。
すごい世界なんだなぁ。
「でもわたしは、女性の弁護士さんがいたらいいなって思います」
わたしはタイムリーにアルバイトも探してたから、ついそう言ってしまった。
「家庭の女神ヘラが法の女神テミスを嫌って、呪いをかけているから、女性が弁護士になると家庭が不幸になる、と言われているの」
「知らない神話です」
「女王統治から国王統治に移行したあとの後付けって研究もあるらしいわ。だから私も信じてはいないのだけれど」
「難しいことはよくわかんないです」
わたしが曇りなき眼で言うと、アニエスさんは「そう……やめましょうか」と話を打ち切ってくれた。
「わたし、しばらく前からため込んでいた特許関連の申請書類がたくさんありまして」
「あら」
「ちゃんと申請しないと権利がなくなっちゃうからまずいって分かってるんですけど、全然無理なんです……」
書類を見るところから嫌なんだよね……
げっそりしていたら、アニエスさんがちょっと首をかしげた。
「うちの国は無審査主義だから、手続きもそこまで難しくはないと思うのだけれど……」
「無審査。……?」
「いえ、なんでもないわ」
アニエスさんは涼しい顔で紅茶を飲んだ。
「一週間くらいつきっきりで教えてくれた人がいたんですけど、全然分からなくって、わたしには無理だなって思っちゃって……そしたら今度は『弁護士でも雇え』って言われちゃったんですけど……貴族の人は怖いから、どうしようかなぁって……」
アニエスさんは「そうなの?」と、困惑気味だ。
「弁護士は厳密に言えば貴族とはちょっと違うと思うのだけれど。もちろん、正式に叙爵していれば貴族なのでしょうけど」
「職人のわたしにしてみればみんなお偉いさんです!」
「そんなものかしら……」
「そんなものなんです。わたしには近寄りがたくって……来てもらえるなら女の人がいいなって思ってたんですけど、女の弁護士さんっていないんですね……」
それなら、ディオール様にお願いして、知ってる人を紹介してもらった方がいいのかなぁ。
「せっかくアルバイト募集しようと思ってポスターも作ったのに、無駄になっちゃいました……」
「まあ、そうだったの」
アニエスさんはお茶のカップを置くと、少し上目遣いにわたしを見た。
「そのポスターって、見せていただけて?」
「あ、はい。けっこうよく描けたかなって思ってたんで」
わたしは裏からポスターを取ってきて、アニエスさんに一枚渡した。
「へえ……あなた、絵が上手なのね」
「あざっす」
アニエスさんは屋号と看板が書かれた書面をとっくり眺めてから、言った。
「これなら、私でも手伝えそうなんだけど、私を雇うのはどうかしら?」
わたしはピシャーンと落雷を受けたみたいな衝撃を受けた。
「で、できるんですか!?」
「ええ、まあ……一通りのことはできると思うわ」
アニエスさんは遠慮がちに言う。
「無資格だから公証人のように証書を発行することはできないけれど、代筆屋ぐらいの役には立てるわ。清書して、あとはサインするだけ、というところまで整えるのなら」
「十分ですぅぅぅぅ! 届けは魔道具師協会の人が処理してくれるので! 必要事項さえ埋まってればあとは心配しなくていいって言われてるんです!」
「要はあなたが届け出たい発明品の内容を聞き取って、私が書類のフォーマットに落とし込めばいいだけのことよね?」
「たぶんそうです!」




