40 リゼ、王女にドレスを作る
マルグリット様はわたしの住んでいる国、キャメリア王国の第一王女だ。
雰囲気は兄上のアルベルト第一王子に似ている。
柔和ではかなげな感じのするとてつもない美少女で、赤毛交じりのストロベリーブロンドと青い瞳の取り合わせが印象的。
今日のマルグリット様は落ち着いたローズブラウンの外套の下に、ひと目で高級と分かるピンクのドレスをチラ見せしていた。
もう、庶民とは着てるものからして全然違う。
本物の王女様なんだぁ……
圧巻の美しい佇まいに、わたしはしばらく見惚れてしまった。
「マエストロ、今日は例のものが完成したとか……?」
マルグリット様がお美しい唇を動かしてとんでもないことを言うので、わたしはちょっとのけぞった。
マエストロって、わたしのこと!?
「リゼでいいですよ!? 何ですかマエストロって!」
「何をおっしゃるのです! 王国の偉大なる首席魔道具師様には、マエストロとお呼びしてもまだ敬意が足りませんわ!」
「そんなに言われるほどの者では……」
「マエストロ。例のものをここへ」
「は、はい」
わたしはマルグリット様の迫力に押されて、いそいそと例のブツを差し出した。
試作用のため、見た目はなんてことのないプレーンなスカート。
「行きますよ」
マルグリット様がごくりと喉を鳴らす。
わたしはスカートに魔力を流した。
同時に、床に向かってスカートを垂らす。
すると――
床に接するか接しないか、ギリギリのところで、裾が、ふわりと、浮いた。
スカートをもっと床に近づける。
裾は自然に直角方向へ折れ曲がり、地面に触れることなく宙を漂った。
スカートを引きあげれば、するりと元に戻り、重力方向へだらりと落ちる。
そう。
これは、トレーンの長いドレスを引きずって歩かずに済むよう、床からほのかに浮かせる技術なのだ。
マルグリット様は瞳を輝かせてわたしの手を取った。
「マエストロ……ッ! なんて、なんて素晴らしいドレスなの…!? 美しいわ、まるで流れ落ちる滝の水のよう……!」
「いやぁ~……」
わたしは照れてしまう。
床から裾を浮かせるだけの技術に、マルグリット様がこんなに興味を示すのには、理由があった。
遡ること数日前、わたしは『首席魔道具師』の認定を受けて、ちょっとした式典に参加した。
王様から直々にマントとお声がけを賜ったんだけど、そのとき初めて思ったんだよね。
あ、トレーンの長いドレスって、こんなに邪魔なんだ! って。
転びそうになって危ないのはもちろんのこと、床を引きずって歩いていたら、せっかくのドレスが汚れてしまう。
だから、最近のドレスの流行も、裾が気持ち短め、長く引きずる部分はまとめて吊り下げる形式が主流――なんだけど、格式が高い式典のときはそうもいかない。
マルグリット様は王女様だから、特に不便を感じることが多いみたいで、今回の試作品にすごく興味を持ってくれたのだった。
「わたくしたちがトレーンの長いドレスを着て歩くとき、裾がねじれて転びそうになったら、どうしているかご存じ?」
マルグリット様がどこか自嘲的に聞いてくる。
もちろんわたしは庶民なので、そんなの知らない。
「ど……どうしてるんですか?」
「蹴っているの」
マルグリット様が、靴の裏で、ご自分のスカートの裏を蹴りあげた。
「……こうやって、裾を美しく捌くために、ドレスの下で、すばやく蹴っているのよ」
「へ……へえ~~~~!!」
もう長いことドレス作ってるけど、そんなの全然知らなかった。
貴族って大変なんだなぁ。
わたしが感心していると、マルグリット様は浮かない表情でうつむいた。
「その技術の習得だけで何か月もかかるのよ……ものすごくくだらないけれど、人に見とがめられないように、美しく最小限の力で蹴りあげるのって、それだけ技量がいることなのよ……ほんっとうに、くだらないけれど……!」
「そ、そんなことは……! 白鳥だって優雅に泳いでいるように見えて、水面下で必死に水かきを動かしているっていいますし……!」
「いいのよ。はっきりさせましょう? 本当にくだらないことだわ。時間の無駄よ」
断言するマルグリット様。
「今までは誰もその伝統に異議を唱えなかったわ。誰もそれだけの地位にいないがゆえに。でも、わたくしは王女よ。わたくしは訴えるわ!」
マルグリット様の青い瞳は闘志に燃えていた。
「意地悪な女官たちにイヤミを言われてもいい、教育係の夫人たちに叱られたって負けない! マエストロ・リゼの作る素晴らしいドレスで、わたくしはもっと快適な生活を手に入れてみせる!!」
マルグリット様は重たそうなヘッドドレスが乗る頭を振り乱して言う。
「王女だって楽がしたいの!!」
「ですよねぇ~……」
わたしも最近、ドレスを着る機会が増えたから、それは本当にそう思う。
重量級のドレスも、着るのに一時間かかるドレスも、セットにまた一時間かかる髪型も、本当につらいんだよね。
だから、魔法のかかったドレスが最高級品として売れていたわけで。
重量軽減のかかったドレス。
着脱の楽なゴムやファスナー。
髪の毛を自動で巻いてくれるアイテム。
現在普及している魔道具だけを見ても、魔法工芸の技術はそこそこの水準に達していると思う。
だから、ドレスの簡略化も、やろうと思えばもっといける分野なんだよ。
「もっと楽になれば、おしゃれだって楽しくなるはずなのよ!」
マルグリット様の意見には、わたしも賛成だった。
マルグリット様はひとしきり喋って、すっきりした顔になった。
「それにしてもマエストロ・リゼ、主席魔道具師を務めていただいてありがとうございます」
マルグリット様は何度もこのことでお礼を言ってくれる。
「権威のあるポストにリゼ様がいらっしゃるから、これまで『奥方様のクローゼットの問題』と呼ばれてバカにされ、誰にも取り合ってもらえなかった不便なドレス事情も、もっと訴えていけるのですわ」
「た、大変なんですね……」
「大変なのよ」
マルグリット様の口調にも疲れがにじみ出ていた。
マルグリット様は今更のようにお付きの女性を呼び寄せて、銀色に光る箱を取り出した。
「チョコレートボンボンはお嫌いだったかしら」
「ぼんぼん?」
「甘いお菓子なの。よかったらお試しになりませんこと?」
手の込んだ銀細工の箱の中に、黒っぽいお菓子が入っている。
「わぁ……とても可愛いですね!」
「さしあげるわ」
わたしはぎょっとした。
「ええっ!? いいんですか!?」
これでも魔道具師なので、細工物は見ればだいたいの値段が分かる。
この銀色の輝き……
間違いない、純銀製だ。
しかも、珍しい細工!
デザインの半分はおそらく北西地方の工芸都市しか使っちゃいけない特別な柄で、もう半分にはまだ一般では見たことがないアレンジが入っている。もしかしたら工芸都市の新作か、試作品、あるいは王家の特注品かもしれない。
総合して、とても値の張るお品だと思う。
きれいな手仕事だなぁ……すごいなぁ……勉強になる。
こんな綺麗な銀細工をお菓子入れにするなんて、王家はやることが違うよね……
ついものほしそうにじーっと見つめていたら、
「気に入っていただけて?」
声をかけられて、わたしは正気に返った。
「こんな素敵なもの、受け取れませんよぉ……」
「いいのよ。わたくしの気持ちなの」
「気持ちっていったってぇ……」
「本当にいいの。実はマエストロにお願いがあって。これはその前金の一部と思ってくださいまし」
マルグリット様はにこりと微笑んだ。
「来月のわたくしの誕生パーティ用のドレスを作っていただけませんこと?」
――もちろん、わたしは引き受けることにした。
二章開始




