236 リゼ、子ども扱いをされる
「動物はありのまんま自由にすごすのが可愛いですもんねぇ」
「……そうだな……」
とつぶやいたディオール様は、なんとなく虚無顔をしていた。
「あいつが賑やかにしていると私も楽しいよ」
「楽しくなりすぎて、わたしも騒いじゃうんですよねぇ」
「君にも魔道具をつけた方がいいか」
「虐待! ディオール様もつけてくれるなら考えます」
「私に必要か? はしゃいだ記憶がないが」
「ディオール様には、楽しい気持ちになれる魔道具があるといいですよね!」
「やめてくれ。依存性があったら危うい」
そっかぁ……と、わたしはちょっと残念になった。
ちょっと見てみたい。楽しそうなディオール様。
だいたいいつも不機嫌そうだからなぁ。
「さしあたって武器防具なら、剣の切れ味が鋭すぎるという点だけなら、それほど心配しなくていい。使いこなせるかどうかは結局のところ持ち主の練度に依存するからだ。防具のように、敵の動きに合わせて自動で展開、反撃を行うようになるものは、不可能だ、で通してもいいだろう。魔獣との戦闘に必要十分な威力の見極めも、これからの仕事にしていけばいい」
「そうします!」
今はちょっと魔獣狩りの知識が足りないけど、冒険者さんがたくさん来ている今のうちに、威力の加減も考えていこう。
やっぱりディオール様はいいこと言ってくれるなぁ。
相談してよかった。
きっとわたしがひとりで悩んでいても絶対に解決しなかった。
「それじゃあそろそろ寝ますね。また明日」
「ちょっと待ってくれ」
ディオール様が帰りかけのわたしを捕まえて、テーブルの上を指す。
「……君の気持ちはありがたいんだが、あのクルミの山は?」
わたしがそっと置き土産にした殻つきのクルミがこんもりと残っている。
最近、火の元の点検でチェックした在庫品だ。
「クルミの油は絵の具の材料に使いやすいんですよ。木の実のまま置いといて、使う分だけ絞れるので」
絵の具を溶かして混ぜるときの溶剤のことをメディウムって呼ぶけど、これはだいたいニスと同じような材料が使われる。油で溶かすから、油絵なのだ。
「それでたまに買って食料品庫にストックしとくんですけど、そろそろ古くなってきたので、入れ替えようと思って」
「だからと言ってこんなに置いていかれても」
「このくらいの量だったら一日あったらなくなっちゃいませんか?」
「君と一緒にするな」
えぇ……!?
こんなにちょっとしかない量なのに食べきれないなんて、ディオール様は食が細い。
「殻をむくのも面倒だから、フェリルスにでもやってくれ」
「割ってあげましょうか?」
わたしは魔法で一個掴んで、パキッと真っ二つにした。
日頃から大量に剥いてるわたしの【生活魔法】の練度に、ディオール様が目を丸くする。
「貴族の皆さんは、こういう魔法って使わないんですか?」
「剥き身で出てくるやつしか見たことがない」
だろうなぁと思ったんだよ。
殻を自分で割れないなんて、子どもみたいだ。
わたしはちょっと悪ノリしてきたので、ディオール様の隣に座り直した。
「おくちあーんしてください!」
「は……」
「あーん!」
子どもみたいにあやされて、ディオール様がしかめっ面になる。
ふふふ、嫌そうなお顔もかわいい。
「クルミは健康にいいんですよぉ! ディオール様も食べた方がいいです! ね!」
ディオール様は嫌そうにしつつも逆らわなかった。
殻を割るのが面倒くさいだけで、クルミはおいしいもんねぇ。
一個ずつ食べさせてあげると、ディオール様はなんだかんだよく食べた。
「ディオール様より、わたしの方が上手な魔法もあるもんなんですねぇ」
クルミの殻をパキパキ割りつつ、そんな風に勝ち誇ると、ディオール様は何か言いたそうにして、結局やめてしまったのだった。
何個目かのクルミをパキッと割って、殻からクルミをつまみ上げ、ディオール様の口元に運ぶ。なんだか雛の餌付けみたいだ。
「……何がそんなにおかしい」
頬を無遠慮につままれて、ようやくわたしは、自分がどうしようもないくらいニヤニヤしていたことに気づいた。
「す、すみません、でも、ディオール様が……! かわいいので……!」
あんまり嬉しくなかったのか、ディオール様がわたしのほっぺをぶにっと潰した。やめて。
首をそらして手から逃れ、不服そうなお顔のディオール様を見て、また笑ってしまう。
「だって、お口あーんしてくださいって言ったら、ちゃんと開けてくれるじゃないですか。かわいいです」
わたしの減らず口が気に入らなかったのか、むーっとしてるディオール様。
でも、クルミを口に運ぶと、律儀に唇を開いて受け止めてくれるのだ。
かわいい。
「クルミ、おいしいですよねぇ」
「……まずくはない」
「それ、けっこうおいしいときの言い方ですよね」
だんだんディオール様のことが分かってきたわたしには、ピエールくんほどじゃないけど、簡単な翻訳ができるようになった。
おいしいって素直に言えないディオール様もかわいい。
クルミの殻を剥くわたしの手元を、お行儀のいいお子様みたいにじっと待ちながら見つめているディオール様の視線に気づいたら、わたしはいよいよおかしくなってしまって、くすくす笑ってしまった。
「……だから、何がそんなにおかしいんだ」
「だ、だって、かわいくて」
「何がそんなにかわいいんだ……」
「な、何でしょうね……うふ、ふふふふ」
うまく言えない。でもかわいいって気持ちが溢れて止まらない。
「こ、こど、子どもみたい、クルミの殻も割れなくて、食べさせてもらって……っ、ふふふふふ」
わたしがヒーヒー言いながら異様に笑い転げているせいか、ディオール様はだんだん恥ずかしくなってきたみたいだ。
つるりとしたむきたての玉子みたいな頬が、じわじわと赤くなっていった。
照れてる……!
わたしは信じられなかった。
ハグもでこちゅーも甘い囁きも、顔色一つ変えずにやるディオール様が、こんな風に照れることもあるんだなぁ。
ディオール様と、つい手を止めて見つめ合う。
氷みたいに冷たい印象のお顔が、今は崩れてしまっている。
こんなに気を抜いているところは初めて見たかも?
そう思ったら、胸の奥がくすぐったくてたまらなくなった。
……この人は本当に顔がいいなぁ。
少し白い歯を見せて、形のいい唇を呆けたように開けている顔も、あどけない子どもみたいに見えてしまうほど、すっきりとした綺麗なお顔立ちをしている。
見つめていると時間がいくらでも溶けていく。
かきたてられる甘くうずくような感情は、いったい何だろう。
……もっといっぱいクルミ剥いてあげよ。
「たくさん剥いてあげますからねぇ~」
わたしはものすごくいい気分で、どんどんクルミを割っていった。
するとそのとき、ディオール様が突然、わたしの手からクルミを取り上げた。
あっと言う間もなく、ディオール様が長い指でクルミをつまみあげる。
「もういいから、残りは君が食べるといい」
それから遠慮なく、顎を親指で押し下げて、わたしの唇をこじ開けた。
歯と歯の間を通すように、無理矢理剥き身のクルミを押し込んでくる。
乱暴だったので、指の腹がわたしの唇にふにっと触れた。
「……!」
さ、さわった。
この人、唇に触った……!
ほっぺにちゅーをされたくらいなら、別に全然恥ずかしくはないけど、人に唇を触られたのなんか生まれて初めてだ。
電撃みたいに痺れて、びっくりしているわたしを見て、ディオール様が少しふっと笑った。
「子どもは君の方だろうに」
溜飲が下がった、という顔で、ほとんど独り言みたいに呟くと、ディオール様はわたしが割った殻からクルミをどんどん取り出して、次々と口に放り込んできた。
わたしは味なんかもう、よく分からなかった。
与えられるままにどんどん食べて、食べきった。
「うまかったか?」
「……」
何にも分かりませんでした、と言うのもなんだか気恥ずかしくて、わたしは曖昧に頷いたのだった。
1/25 本日書籍三巻の発売日です!
オーバーラップストア様かゲーマーズ様で紙の書籍をご購入いただくとSSが二本ついてきますので、ご購入先で迷ったらどちらかでお願いします。両方買うと全部揃います。
詳細を活動報告にまとめておきました。
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