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【書籍・漫画化】魔道具師リゼ、開業します~姉の代わりに魔道具を作っていたわたし、倒れたところを氷の公爵さまに保護されました~【七章進行中】  作者: くまだ乙夜
五章 真理のゴーレム編

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150 リゼ、ディオールにもう限界だと言う



 限界だった。


「わたし、ディオール様とはもう仲良くできません……!」


 涙が浮かんでくる。ペンを持つ手に力が入り、インクの染みをじわじわと広げていく。


 この人、どうしてこんなに意地悪なんだろう?


 ずっと無理やり作業をさせられていたわたしは、もうディオール様のことが信じられなくなっていた。


「こ、こんな、こんなの、もう、耐えられません……!」


 学園の教室で、わたしはディディエールさんと机を並べて座っている。


 すぐそばに教科書を持ったディオール様が立っていて、泣き言を言うわたしを冷たく見下ろしていた。


「私から逃げても、試験からは逃げられんぞ」

「ううっ……!」


 あと少しで学園の試験が始まる。


 わたしにとっては最初の関門だ。


「わ、わたしは好きな授業だけ受ければいいって聞いてたんですけど……?」

「テストがないとは言ってないな」


 補習を買って出てくれたディオール様が、一年の試験範囲のページをパラパラとめくっていき、わたしに現実をつきつける。


 一、二、三、四、五ページ………数えるのも怖くなる量だ。


 うそ……


 全然進んでない……!?


 わたしの体感では、もう一生分の勉強をしたのに……!?


「たいした問題は出ない。まだ今からでも間に合う」


 ディオール様がわたしの手元にちらりと目をやったので、わたしは恥ずかしくなった。


 問題が解けなくて、ほとんど空欄だ。


「ディディは十分だな。よくできている」


 満点はなまるの答案と一緒に、大好きなお兄様からお褒めの言葉をもらったディディエールさんは、うれしそう……かと思いきや、わたしをチラチラ気にしていた。


「おねーさまは、お仕事でお忙しかったのですわぁ」

「うううぅっ……!」


 こんなちっちゃい子にまで気を遣わせて、わたしはそっちの方が泣けてきた。


 ディオール様がわたしの肩に手を置く。


「分かったろう? 仕事にかまけて君がいくら手を抜こうと、自由ではあるが。君のように不真面目な態度の者がいると、優秀な生徒のパフォーマンスにも影響する。ディディが勉強の手を抜くようになったら、君にも多少の責任があるだろうな」

「お、おにいさま……わたくしを使っておねーさまをいじめないでくださいまし」


 泣きそうになりながら、お兄様にささやかな反論をするディディエールさん。


 本当にやさしい。天使かな?


「何を言う。能力から考えたらぬるすぎるぐらいだ」


 ディオール様がわたしの顔を覗き込むようにして、ぐっと身を乗り出す。わたしの様子を優しくうかがうようなそぶりだったけど、さりげなく逃げられなくするような強い圧力を感じた。


「君には絶対に解けるはずなんだ。高機能の魔道具がこうして仕上がっているのに、分かっていないわけがない」


 わたしとディディエールさんが並んで座る大きな机には、ふたつ魔道具が置いてある。


 試験の内容と関連があるからと、ディオール様が選んで置いてくれた。


 指輪型の防具、そしてたき火を起こす箱。


 順繰りに眺めて、わたしは一番手前の白紙の答案を前に、がくりとうなだれる。


「でもご覧の有様なんですよねぇ……!」

「なぜだ……?」


 珍しく、ディオール様は真剣に悩んでいるようだった。


 わたしが空欄にしておいた練習問題を指で叩く。


「ごく初歩の数学だぞ。公式にさえ当てはめれば、いわばちょっとした等式の整理だが、そんなに難しいか?」

「かしこい人たちには一生分からないですね……わたしのこの、苦しみが……!」

「苦しむ要素があったか……?」

「×とか÷が入ってると絶望します」

「かけ算で絶望に至れるのは別の才がありそうだが……」


 ディオール様、別に嫌味で言ってるわけじゃないんだよね。


 わたしの実力を信じてくれているのだと思うとありがたい。


「君はもっと複雑な【魔術式】でも描きこなしていただろう? なぜ等式ごときが分からない?」


 仕方がないので、わたしもディオール様を信じて打ち明けることにした。


「何でも解けますよ? カンニングしてもよければですが」

「当たり前だ馬鹿」


 速攻で裏切られてしまった……


 せっかく信じようとしてたのにひどい。


「ディオール様すぐ馬鹿って言う!」

「今のを褒めて伸ばす余地があるか馬鹿。書写の練習でもしてろ馬鹿」


 そこでわたしは誤解に気がついた。


 ディオール様は答案を丸写しするんだって思ったんだなぁ。


「こういうのは【生活魔法(コモンマジック)】にいろいろと便利なのがあるんです。数字を入れると自動的に数式の魔術式が働いて、答えを出してくれるやつです。いわば魔法のソロバンですね」

「それは知ってるが」

「わたしはこのソロバンを使うのが得意なんです! 日頃から魔道具づくりに使っているので、満点取れると思いますよぉ」


 ディオール様はなぜかちっとも感心してくれなくて、すごく渋い顔をしていた。


 たぶんだけど、そんなもの誰でも使えるって思ってるんだろうなぁ。


「わたしが使うソロバンは、そこらのものと性能が違うんですよ! 複雑な式でも、入れたらだいたい勝手に解いてくれます!」


 ディオール様はすごく失望した顔になった。


「なるほどな……成果物と出来に差がありすぎるとは思っていたが……」

「解ければ何でもいいと思いませんか?」

「君は魔道具師だからそう思うんだろうが……」


 ディオール様は短気を起こしてもしょうがないと思ったのか、抑え気味の調子で淡々と説明してくれる。


「魔術師がそれでは困る。敵の攻撃が三秒後に迫っているのに、ちょっと計算するから待っていてくれと頼めるのか?」

「魔道具だったら間に合います」

「持っていなかったら?」

「その場で作ります。三秒では無理ですけど、数分時間を稼げればなんとかなります」


 ディオール様が首をひねる。


「……だから、その数分をどうやって稼ぐんだ?」


 わたしにもそれは分からない。


 なので、一緒になって同じ方向に首をかしげておいた。

 

 ふざけているのが伝わってしまったのか、ディオール様に「遊んでる場合か」と怒られてしまい、わたしはまた勉強に戻されたのだった。


 ――試験まであと少し。


 赤点回避を目指してがんばらなきゃなぁ。


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