9.囲われた花
砂漠の国において、花はとても貴重だ。
だからこそカマルヤでは女性を花に見立てた『五花制度』という通称が定着したのだろう。キレイな花は囲って守れ、それこそが男の甲斐性だ、と。
(囲われる花の気持ちはどうなんだろう……)
ぼんやりと、ザハラはそんなことを考える。
絶賛現実逃避中だ。
何故なら、またしても場違いな高級住宅に足を踏み入れていたからである。どのくらい高級かというと、この砂漠という土地柄にも関わらず花が咲き揃っている庭園があり、それを一望できる東屋にいる、と言えばわかってもらえるだろうか。
「そんなに固くならんでも良いぞ。彼女はそんなに作法をうるさく言わんタイプだ」
「は、はぁ」
ザハラは魔物使いギルドで出会った謎の紳士に連れられてここに来ていた。
彼の名はマルワーン。なんと、元魔物使いギルド長だった人物だという。あとで種明かしをされて冷や汗をかいた。
そして、『彼女』とはこの瀟洒な館の主のことらしい。マルワーンの今は亡き親友の奥さんだそう。親友を失ったあとも度々こうしてご機嫌伺いに訪れているとのことだから、生前の交友の細やかさが偲ばれる。
「ンー!」
ガチガチに緊張しているザハラとは対照的に、ナプはいつも通りの通常運行。その時の気分しだいで踊り出したり、回り出したり。最近謎ダンスのレパートリーが増えてきたようだ。
それ自体は元気な証拠だし可愛いので眼福なのだが、物事にはTPOというものがあるわけで。
「あ、ナプ。だめよ。いい子にしてね?」
魔物のナプに人間のTPOを理解しろという方が無理がある。だが、このいかにも上品なスポットで粗相をしてしまった場合が怖いのも事実。
必死にナプにお願いするザハラを見て、マルワーンは愉快そうに助け船を出してきた。
「よいよい。その子は今回の主役だ」
魔物使いギルドにて、ナプは正式に使役魔物と認定された。あの時の涙によって使役され、しかも進化までしたらしい。植物系魔物にとって過酷な環境であるこの砂漠の国で、マンドランに進化したのは日頃の世話の賜物だ、と褒められたのはちょっとだけくすぐったかった。
で、今である。
なんでもマンドランになったナプにできることがあるかもしれない、という話だった。
「本当にナプにできることがあるんですか?」
大まかな人物紹介はされたものの、肝心の依頼内容は聞かされていない。尋ねても「見てのお楽しみ」とはぐらかされていた。ザハラの不安は募るばかりだ。
「できれば良し。できなくてもお嬢さんが話し相手になってくれればそれで良し。私が依頼主だから、そこは安心してよいぞ」
「それはありがたいですが……できれば成功して笑顔になってもらいたいので」
ザハラがそう言うと、マルワーンは目尻のシワを深くした。
優しげな雰囲気にホッとするものの、緊張は未だに解けない。
(私なんかにできるかしら……。ううん、メインで頑張るのはナプだから、ナプを信じなきゃダメよね)
不安になる自分をどうにか励ましていると、日傘を差し掛けるお付き達に囲まれたマダムが現れた。年の頃はマルワーンと同じくらいだろうか。年齢を重ねてはいるものの「これは絶対すごい人に囲われた人だ!」と一目でわかる美しさである。ただ、その瞳にはどことなく寂しさが見えている気がした。
「やぁやぁ。相変わらず美人だな、ヤスミーナ」
「あなたは相変わらずお上手ね。もうただのおばあちゃんよ」
コロコロと笑う姿は、とても可愛らしい。守りたくなる感じ、とはこういうことかと思わせられる。
「今日は話し相手を連れてきたぞ。この年齢で魔物使いギルドに登録した猛者のザハラと、ナプだ」
「全く、女性に対して猛者はないでしょう? でも……魔物使いギルドに? そちらのナプくん、かしら? この子が魔物なのね」
「お、お初にお目にかかります。ザハラと申します」
正式な挨拶であれば父の名を出し、娘のザハラである、と言うべきである。だが、今のザハラは魔物使いギルド所属の人間として来ているため名だけを名乗った。無作法を咎められるかと思ったが、ヤスミーナは笑顔のままだ。
「ンー!」
ナプも続けて元気よく手をあげて挨拶をする。そして、いつもの謎の踊り。
「ナ、ナプ。ちょっとだけおとなしくしてて……」
「ああ、気にしないでちょうだい。あたくしはヤスミーナ。そこのジェントルマンの茶飲み友達よ。それにしても可愛らしい子ねぇ。どことなくマンドルっぽくない?」
「あ、はい。マンドルが進化してマンドランになりました」
咎められるどころかニコニコと褒められて、ザハラの緊張が少し解けていく。
「この砂漠だとかなり貴重でなぁ。もっと緑豊かな土地だと少しは見かけるし、更に進化した姿もあるらしい」
「えっ!? そうなんですか!?」
マルワーンの言によると、ナプには更に進化する可能性が秘められているらしい。思わず食いつきそうになるが、一旦我慢だ。
今日は依頼で来ているのだから。
「興味があれば魔物使いギルドで資料を集めることもできるぞ。ただ、ちょっと金はかかるがな」
「あとで是非! あ、話の腰を折ってすみません」
色々と話しているうちに、東屋の下はすっかりお茶会の様相になっていた。お付きの方々のプロフェッショナルな仕事ぶりである。
ヤスミーナはお茶に口を付けてから、フォローしてくれた。
「ザハラさんは気にしなくていいわよぉ。それで、マルワーン。今日、こんな可愛らしい子達を連れてきてくれたのは、どういう意図があってかしら?」
「キレイな花が萎れていくのは忍びないからな。若くて可愛い子と話すのはいい刺激になるだろう」
「本当にただの話し相手として連れてきたってこと? 全くもう。あんまり横暴だと嫌われちゃうわよ」
「なに、依頼として来てもらっているからなぁ。きちんと対価を出しておる」
「そういう問題? でも、折角だし、おばあちゃんの昔話に付き合ってもらおうかしら」
そう言うとヤスミーナは目を細める。昔を思い出しているのかもしれない。
楽し気に微笑みながら、彼女は語り始めた。
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