11.初依頼、達成!
「ナプ!? ちょっと待って!」
まるでザハラの考えを感じ取ったかのように、ナプが元気のない植物達の元へ向かう。しかし、そこはヤスミーナの大事な場所だ。許可なく立ち入るわけにはいかない。
そんなザハラの制止は少しばかり遅かった。
ナプが例のへんてこりんな踊りをし始めたのである。
「あらあら、まぁまぁ。楽しそうねぇ」
「す、すみません。踏み荒らしたりはしない子だとは思うんですが……」
愉快そうな声を出すヤスミーナにこっそり安堵しつつ、ナプをフォローする。
「使役していると、主人の命令をだいたいは聞いてくれるから、まぁ大丈夫だろう。それより、私の予想通りだとするとなかなか良い光景が見られるんじゃないかな」
「予想通り、ですか?」
ここまで、この依頼の意図ははぐらかされていた。マンドランのナプにも受けられる依頼がある、と聞いて飛び付いたのだ。
マルワーンにその内容を問うよりも先に、変化が訪れた。
「ンンー! ンッンッンー!」
独特のリズムを刻みながらナプが踊り続ける。すると、どういう仕組みだろうか。徐々に元気のなかった花達が燦々と降り注ぐ日光にも負けずに上向いていった。
心なしか色も鮮やかさが増しているような気さえする。
「まぁ……まぁ……!」
「これは、ナプの踊りの効果? 植物魔法、なのかな?」
「ンッ! ンンー!」
フィニッシュ、とでも言いたげに、ナプが両手を挙げる。その様はどこか誇らしげに見えた。思わず、周囲が拍手をしてしまうくらいに。
「すごい、すごいわ、ナプくん! こんなに生き生きとした庭はいつぶりかしら! どんなに手入れしても萎れていく一方で……この景色がもう一度見れるだなんて!」
ヤスミーナの声はまるで少女のように弾んでいる。
「ナプ、すごいわ!」
ザハラもまたとても興奮していた。マンドルの頃から保水能力があることは知っていたけれど、まさかここまで劇的な変化をもたらすことができるなんて。
思わずナプに駆け寄る。
「ンー! ンー……」
「え、ナプ、シワシワじゃない!」
いつもはツヤツヤしている種のような顔部分が、水分が抜けたようにシワシワになっている。手足もちょっと干からびているようだ。
「いかんな。すまんがヤスミーナ。桶に水を一杯くれんかね?」
「もちろんよ。持ってきてちょうだい!」
ヤスミーナがお付きの人に声をかけると、すぐさま水で満たされた桶を持ってきてくれた。ちょうど、ナプが半身浴できそうな大きさである。
「ナプよ、入って良いぞ」
「ンー!」
マルワーンの許可を合図に、ナプがザブンと桶に入った。すると、顔のシワシワが改善されていく。手足も元に戻りつつあるようだ。
その様子を見てホッと息を吐いてから、ヤスミーナに向かって深々と頭を下げた。
「すみません。お水代はあとでお支払します」
痛い出費ではあるが、ナプの命には変えられない。それに、これだけ頑張ってくれたのだから、ご褒美はあるべきだ。
そう考えていたのだが、マルワーンがそこに割って入った。
「いやいや、これも依頼に含まれとるでな。そこは気にせんでよいよ」
「ザハラさんもナプくんも気にしなくていいわ。そもそもマルワーンが最初から説明していれば、前もって準備できたんだから。さ、改めて説明なさいな」
ヤスミーナに詰められて、マルワーンは慌てたように頬を掻く。
「説明といってもなぁ。魔物使いギルドの元長として小耳に挟んだ話があったのさ。マンドルが進化した魔物は『少々厄介だ』とね」
「厄介、ですか?」
最弱の魔物マンドル。その進化した姿であるマンドラン。ナプの愛らしい様子から考えても、厄介という言葉はどうにもそぐわない気がしてザハラは思わず聞き返した。
だが、マルワーンは大きく頷く。
「単体では、やっぱりどうしようもなく弱い。だが、他の植物系魔物と一緒にいると、そいつらが活性化してしまうらしいんだ。こんな風に踊る、というのは初めて知ったけれどもね」
「植物の、活性化……今ナプがやってくれたのはそれなの?」
そうナプに問いかけると、ナプは水の中でクルクルッと回った。恐らく肯定の意味だ。桶の八分目まであった水は、話している間に半分以下まで減っている。そのくらい力を使った、ということなのだろうか。
(お水の量も記録しておかないとね……それにしても、頼りがいもあって研究しがいもあるなんて本当にナプにはお世話になりっぱなしだわ)
「ありがとうね、ナプ」
「あたくしからもお礼を言わせてちょうだい。本当にありがとう、ナプくん、ザハラさん。素敵な贈り物をしてもらったわ」
「あ、いえ。すごいのはナプです。私は何も……」
恐縮して、ザハラの背が丸まっていく。実際、そうなのだ。ナプがすごいだけで、自分は何もしていない。そう思っていたのだが。
「それは違うよザハラさん」
マルワーンの強い口調に思わず顔を上げる。
「いいかい? この砂漠でマンドルがマンドランに進化したというのは、大変稀有なケースなんだ。魔物使いギルドの元長が断言しよう。マンドルは最弱だ。冒険者が相手にしなくても、この過酷な環境ですぐに死んでいく。そんなマンドルがマンドランまで進化できたのは、間違いなく君が愛情を持ってナプくんに接していたからだ。実際、彼は何も言われずとも君の意を汲んでこの庭を蘇らせてくれたじゃないか」
「ンー! ンー!」
マルワーンに同意するように、ナプがクルンクルンと回る。目が回らないか心配になってしまうくらいに。
「え、でも……」
「今日あたくしのお庭を蘇らせてくれたのは、確かにナプくんよね。でも、女性のあなたが勇気を出して魔物使いギルドに来たから繋がった縁なのよ?」
まだ上手く飲み込めないザハラに、ヤスミーナが優しく言葉を続けた。隣でマルワーンも大いに頷いている。
「ナプくんがこうやって能力を開花できたのは君がいたからこそ、だよ。あまり自分を卑下してはいけない。……天狗になるのも良くないがね」
「でも気持ちもわかるわぁ。あたくし達ってそういう教育を受けてるものね。謙遜は花としてのたしなみだ、とかって。あたくしもあの人によく言われたわ~。褒め言葉は素直に受け取った方がいい。せっかく褒めてくれた気持ちを否定するのは申し訳ないだろうって。あたくしもその通りだと思ったわ。ザハラさんも素直に受け取ってみたらどうかしら」
「あ、ありがとう、ございます……」
慎み深く、控えめに。それが求められる『花』像だと教えられてきた。だから、とても変な気持ちになる。
(顔が熱いし、落ち着かない。悪いことしてるような……でも、なんでだろう。すごく嬉しい気がする)
二人は優しい顔でそんなザハラを見守ってくれている。
ナプもまた、給水が終わったのかザハラに近寄ってはいつもの奇妙な踊りをし始めた。
「あ、あの……」
勇気を貰えた。自信を貰えた。
だからだろうか、二人に本心を打ち明けたいと思った。
「私……この砂漠に緑を増やしたいんです。ナプと一緒に。そのために研究をしているんです」
「あらぁ、素敵な夢ね。じゃあ、あたくし達はあなたの夢の第一歩に立ち会えたのねぇ」
「魔物使いギルドの登録も、その資金集めかな? 最近の子は進んでいるなぁ」
ヤスミーナは感激したように身をよじり、マルワーンは顎に手を当てて小さく唸る。現状では荒唐無稽としか言いようのないザハラの夢を聞いても、二人からは呆れたような様子は一切見受けられなかった。
と、ヤスミーナが不意に悪戯っぽい笑みを浮かべて覗き込んでくる。
「……本当はね。ナプくんを譲ってもらえないかって一瞬考えてしまったの。でもダメよねぇ。ナプくんはザハラさんと一緒だからこそ頑張ってくれたんだもの」
「使役した魔物の売買は正直私の立場からも勧められんぞ」
「でしょうね。でも、こんなにキレイにしてもらったお庭をまた元に戻したくはないの。だから、定期的に遊びにきてもらえないかしら? きちんと魔物使いギルドを通して依頼を出すわ」
「え、いいんですか?」
「もちろん。あなたがやろうとしていることは、この国ではきっとものすごく困難を伴うと思うの。だから、ちょっとした応援をこめて、ね? ナプくんにもお礼のお水を桶一杯あげることを約束するわ」
「そりゃあいい。魔物使いギルドでの実績にもなる」
こうしてザハラとナプの初依頼は大成功に終わったのだった。
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