側近Bと後始末
あたしは魔王様の側近B。
後始末は下準備より面倒らしい。
ユーディットの依頼から始まったクッキー騒動はようやく終わりを告げた。何故か酷く疲れた気がしたので、スフィロクにお茶を貰おうと調理房に向かっていたところだ。
「メーイ」
それを呼び止める…ああ、こういうのをデジャヴって言うらしい。
言わずもがなで、あたしを呼び止めたのはユーディットだ。やはり顔にはまったりと薄っぺらい笑みを浮かべている。
あたしには人の心は読めないけれど、何故だかユーディットの次の言葉は分かる。
「メイ、治療院に集合」
ですよね。
自分の不始末、まずは自分で何とかしましょう。
学塔で使われている基本標語だ。喧嘩をしたら、物を壊したら、自分で謝らせることによって事の大きさを理解させるためだという。
あたしは学塔の生徒ではないけれど、ユーディットにとってはあまり変わらない。ユーディットはあたしの名付け親であり、教育者でもある。
今回、調理房であれほど多くの魔人を前後不覚にしたのに、何も言ってこないからおかしいと思ってたんだ。
まさか時間差攻撃とは。
「クッキー騒動の被害者の治癒?」
うなだれながら聞くとユーディットの笑みはさらに深くなる。
はい、まだあるんですね?
「あと、調理房や各所の修復ね」
「修復?」
チャームアイに罹った被害者たちがなりふり構わず駆けたので、城のあちこちに傷がついたらしい。
確かに、こうして歩いていても分かる。石畳がずれていたり、柱にえぐれた傷がついていたり。
「魔王様の城が傷だらけ。…怒っていらした?」
「むしろ喜んでたよ。イベントみたいに賑やかだって」
「良かった」
ほう、と息をつくとユーディットはぽむとあたしの肩を叩く。
「あの方はそのくらいでどうこうなるような器じゃないよ。まあとりあえず、メイは後始末だね。治療院へ行こうか」
「はーい…」
あたしは淫魔だ。とはいえ、本来の淫魔がどういう存在かというのは、よく知らない。
あたしは森で生まれた。その時そばにいた魔王様とユーディットに拾われて、ずっと城で生きている。当時は動くこともままならなかったけれど、ひと月後には走れるように、半年後にはドワーフに混じって城の掃除をできるようになった。やがて戦いを覚え、ダンジョンの主になることを認めていただき。そこを任せる部下ができて、魔王様の側近になることができた。
これがあたしの人生の全てだ。だから、今まで他の淫魔の力を見たことは無い。
だからようするに、何が言いたいのかというと、だ。
「この人たちずっと魅了されっぱなしだったの!?」
治療院の扉をあけた途端、あたしに何かが襲いかかってきた。ユーディットが危なげなく透明な壁を展開して防いでくれなければ、潰れてひらひらになってしたかもしれない。
あたしを襲った者たちは、透明な壁にぶつかっても尚こちらに体を押し付けている。唇がたらこにみたいに変形しているのがとても怖い。
なんなのこの人たち。こぼれおちたあたしの呟きを拾ったユーディットが平然と「魅了中毒」と言ったので、思わずでた言葉が先ほどの第一声になる。
「そうなんだ。気絶から目覚めてもメイにメロメロのままで困ってるんだ。しかも効果が切れかけで辛いらしい。チャームアイにかかりたくて堪らないみたいだよ」
言い切ったユーディットはあたしの腕を後ろからがっしり掴んで離さない。逃がさないよ、という心の声が聞こえてきた。
他の淫魔のことはよく知らないけれど、こんなに魅了が続くものだなんて知らなかった。知っていたら発動を思いとどまっていた…かは分からないが。
「淫魔の魔術は唇か爪先からしか使えない。魅了は眼光でもかけられけど、魅了解除はその二つの方法しかないよ。
キスするか爪で切り裂くか、決めてね。
はい、頑張って」
「え、うそ」
ちょっと待って!!
というあたしの声は届かずに、ユーディットは壁を消し去った。
途端になだれてくる男たち。
唇か、爪先か? いやむり悩めない。ごめんね治療はちゃんとするから許してね!
自分の不始末、まずは自分で何とかしよう。
でも無理だったら、誰か助けて欲しいです。




