禁断の果実
禁断の果実を食べた。甘く、水々しくて、脳が溶けるような感覚が病みつきになって、気付けば瞳孔がかっ開き、無心で10数個ほど口にすると、糖が僕の身体を蝕み、身体の震えが止まらなくなった時には、僕はもう廃人になっていた。その果実は劇薬で、一つ食べるごとに、そのことしか考えられなくなるくらいの幸福が、僕を支配する。ただその幸福は、単純な幸福として享受はされず、ある一定のラインを超えると、本当にこんなに幸せで良いのだろうかと、突如として不安に駆られ、その不安から目を背けるように、僕はまたその果実に手を伸ばす。透明で、水晶のような見た目をしたその果実は、鏡のように僕の姿を映し出すのだが、ひとたび齧ると、映った僕の姿が歪んで、自分がどんどん分からなくなっていく。ただ、果実の耽美で濃厚な甘さに溺れている僕は、そんなことすらどうでも良くなって、口の周りを水のような果汁でいっぱいにしながら、身体の危険信号を無視して、ひたすら貪り続けた。
好きだ。
僕はこの果実が、好きだ。
もっと、味を知りたい。
もっと、この味の奥深いところを、
僕に教えて欲しい。
禁断の果実のなる木は、天国にあると言う。禁断の果実に魅せられていた僕は、その木の下で眠るように日々を過ごしたいと思った。
天国に行きたい。
僕の手元に残る、禁断の果実は残り一つだった。
僕は果物ナイフで、それを丁寧に切り分ける。
皿に盛り付け、部屋でひとり、少しずつ食べた。
ひとくち。ふたくち。さんくち…
ゆっくりと味わうように、禁断の果実を口にする。
優しく、美しい甘さが、僕に寄り添う。
噛むたび、僕は泣いた。
しばらく、泣いた。
禁断の果実との別れを惜しむかのように。
最後のひとくちを食べ終えた後、僕はそばに置いていた果物ナイフで、自分の喉を切り裂いた。
鮮血が飛び散って、気持ち良くてーー
あははははははははは…
と、心底楽しく笑いながら、
僕は意識を失った。
目が覚めると、僕は真っ白な世界にいた。
眠ってしまっていたらしい。
ここがどこかは分からないが、何故かそこにいて、不思議と悪い気持ちはしなかった。
僕はおもむろに立ち上がって、ふらふらと歩き始める。
まるで何かに導かれるように。
しばらく歩き続けると、真っ白な世界の中にようやく、色のついたものが見えた。
それは一本の木ーー
その木は禁断の果実を、いっぱいに蓄えていた。
遂に僕は見つけたのだ。禁断の果実のなる木。
ただーー
その木は、腐っていた。
耐え切れなくなった腐りかけの枝から、禁断の果実が、時折ぽつり、ぽつりと落ちていた。
まるで、涙のように。
予想とは違う姿だった。
だけど僕はその姿を見た途端、心が軽くなってーー
気がつくと、僕はその木を抱きしめていた。
ああ。
やっと分かった。
君も僕と、同じだったんだね。
禁断の果実のなる木。
僕はゆっくり、抱きしめて、膝をついて、
そこからはずっと眠った。
愛してる。




