138話 ターニア
ハーディーンが俺を巻き込む様に自爆した。
嫌な予感がして爆発する瞬間に、咄嗟に魔力のヴェールを羽織ったからダメージは大丈夫だとは思うが。
逃げ場を失った膨大な魔力の奔流に流されると、俺はついさっきまでいた所とは別の不思議な空間を漂っていた。
ここは、息苦しさや不快な感じなくどちらかというと、温かく落ち着く感じがする。
辺り一面がクリーム色したこの空間を浮遊していくと、泡の様な物体が何個かフワフワと浮かんでいるのが見えた。
(何だろうこれは。魔素でもないし、悪意があるものでもないみたいだな)
試しに触れてみると、頭に映像が浮かんだ。
(これは……誰かの記憶か?)
俺が知らない景色や出来事が、鮮明な映像として流れてきた。
そして、どうやらこの記憶の持ち主は、ハーディーンのようだ。
まるで映画の様に、ハーディーンの視点で映像は進んでいく。
最初に見えた景色は、緑豊かな草原。
そよ風が気持ちよく吹き、彩り豊かな花が咲いている。
そこに聳え立つ大木に背中を預け、目を閉じ静かに座っているその顔は、一見穏やかに見えるがどこか疲れた顔をしていた。
ハーディーンの思っていることが映像と共に、伝わってくる。
「ふう。ここは、いつ来ても私を優しく迎えてくれるな」
思い切り息を吸うと、新鮮な空気が肺を満たした。
少しだけ胸のモヤモヤも取れるようだ。
「この世界もようやくここまで育ったか。
人類は繁栄し、争いも少なくなってきて人々の生活も安定してきている。
この世界こそは、他世界の様になって欲しくない。
いつまでも謙虚に、他者を大事にする気持ちを忘れずに持っていて欲しいものだ。
おっと、もう少しでいつもの時間か」
目を開け、星の流れを見て時間を計った。
今回は私の方が先に到着したようで、ここには他に誰もいない。
それから少し経つ頃。
丘の下の遊歩道から、まだ幼い人間の女の子が一人この大木に向かってくるのが見えた。
少女が現れた方角には小さな町がいくつかあり、今日も町からここに来たのだろう。
「神様こんにちは。もう来ていたのですね。ごめんなさいお仕事が長引いてしまって遅くなってしまいました」
少女は明るい笑顔で挨拶をしてくれる。
着込んでいる服装は、ツギハギだらけでとても良い身分の家の娘には見えない。
小さな手には、幾つもの絆創膏が貼られていて、肌は荒れている。
現にこの子の家は、父親を早くに亡くし母親は病気がちで、貧しい事は、この子から聞いていた。
それでも決して笑顔を忘れずに、真っ直ぐな清らかな心を持って生きている。
「ああ。こんにちは。今日は、一段落がついたのでねここに来れたよ。毎日頑張っているようだね。偉いぞ」
一生懸命に生きている姿を見て、思わず褒めてあげたくなる。
「はい。お母さんと二人で一緒に頑張ってます。こないだなんですけど、こんな事があったのですよ」
少女が笑顔で近況を話してくれるのを見ながら、私は初めてこの子と出会った時の事を思い出していた。
始まりは、人間を信じることに疲れてきた頃。
神として世界の安定を図りながら、たくさんの世界で人間の醜い一面を、目を背けたくなるような残虐で姑息な一面を見てきた。
傲り高ぶり、私の声すら聞かない大勢の人間達を見てきた事で、私は疲れていたんだと思う。
アフロイーリスからも少し息抜きをした方がいいと心配をされ、どこかゆっくり出来る所をと探しているとこの世界の事を思い出した。
そこで立ち寄り、たまたまこの場所で座っているとこの子が話しかけてきた。
出会った時は今よりも幼く、貧しいのは変わらなかったが顔色が悪く胸をおさえる仕草に、私は直ぐにこの子は病魔に襲われている事に気づいた。
本来私や、アフロイーリスは神として人間達に干渉する事は良くない事として、必要な時以外関わらない様にしていた。
人々は神の存在は認識してはいるが、私は今まで必要な時以外は過度に関わることはなかった。
ただ、この子の頑張りや健気さ、貧しく病院に行くお金もない現状を聞いて助けてあげたいと思った。
神としての力を使えば、金銭に困らないようにすることも、運に恵まれるようにすることも造作もない。
だが、それはこの子にとってもこの世界の人間達にも良くはないこと。
だから、私はせめてもの助力として、この子の体に巣食っていた悪病を治した。
せめて身体だけは健康に、誠実に真面目めに努力出来る様にと。
力を行使し病を消し去ると、自身の体の異変に少女も気づいたのだろう。
驚き言葉を失くしていたが。
「これでお母さんを助ける為に働きに出ることができる」と涙を流しながら喜んでくれた。
何度も何度もお礼を言いながら、大きくなったら必ず恩返しをすると約束もしてくれた。
おそらくこの時の私は、誰かに感謝をされたかったのだろう。
人間を信じる事が苦痛になっている時に、こうして敬われたかったのかもしれない。
この時、私の心は軽くなるのを感じた。
久しぶりに本心からの、純真な心に触れあえたからだろうか。
私はこの子の未来が心配になり、幸せになって欲しいとこれからを見届けたいと、この場所に再度来ることになった。
それからは、この場所が集合場所になり私の時間が空いた時にはここに足を運んだ。この子は毎日来ている為、私が来れば会うことができる。
いつの間にかこの場所で少女の話を聞くのが私の癒しになっていた。
私も神としての役目があるので、そんな頻繁にくることは出来なかったが、時折立ち寄ってはこの子から話を聞くのが楽しみになっていった。
この少女の名前は、ターニアと言う。
ターニアは、とても純真な心を持ちとても優しく他者の為に頑張れる心を持っていた。
真っ直ぐな心を持ち穢れも一切ない。
世界を正しい方向に導く力と才を秘めた女の子。
この子は私が神だと、世界を造り導く存在だと教えても態度が変わらなかった。
それはターニアが成長していくにつれても変わる事はなかった。
大抵の人間は私を恐れるか、愛想笑いを浮かべ敬う様な仕草をし内心では別の事を考える。残り少数は、ターニアの様に、心から私を信じ受け入れようとする。
人間の闇ばかりを見てきた私達だが、少数ではあるが人間達にも善い人間もいる事は分かっていた。
だが。
私はずっと長い時を人間達を見守り、正しい方向に導く為に尽力してきた。
その過程で、間違った道を選び正しい道への修正が困難になって仕方なく滅んできた世界も見てきた。
人間達が自らの手で滅ぼす事も何度もあった。
私の神としての力をあてにして、利用しようとする不届き者もいたので、他の人間達の前では姿を現さずにいた。
私達、神には時間の概念が無い。
寿命も無いため、歳を取ることもない。
だからこの子が大きく成長する姿を見て、時間の経過を認識していた。
最初会った時は、5歳ぐらいだったと思う。
そこから毎年会ってはターニアから近況を面白おかしく聞く。
私はこの子と会うまでの間は神の役目で奮闘し、見たくもない人間の負を見る。
だけど、ターニアに接すると私の徐々に大きくなっていた闇の部分が小さくなる。
何度も会って話をした。
少しずつ生活が楽になっているとの、ターニアの話を聞き私は嬉しかった。
彼女の存在は、私にもう一度人間を信じてみてもいいのではないかと思わせるまでになった。
ターニアは大人になっても純真な心を持ち続け、どれだけ苦労し、大変な目にあおうとも、世の中を恨むこともなく美しく成長していった。
しかしそんな私にとっての平穏は、突如として終わりを迎える。
ターニアが成人を迎える頃。
私が狂う原因となった出来事が起きた。




