3-7:私と契約して、ボディーガードになってほしい
「この国での就労に関する事を学びましたが……亜人種を雇い入れる場合には反乱防止用の術を施されると聞いております。ラーマさんもご存知でしょう?」
「ええ、勿論知っております……”誓いの儀”……主に雇い主である人間種側が襲われない為の措置です」
「それです。つまるところ実質的な奴隷のような扱いであっても、反逆することができないようにしている……魔法という便利なものがあるのもその一つです。亜人種を雇用する際には必ずこの誓いの儀と反乱防止用の生体魔術を施すのが雇用条件として含まれております」
ツイールカム王国おける就労契約では、亜人種が就労する際には制約を設けている。
これは、亜人種による大規模反乱が起きないようにするためであり、特にノトレ家のような反亜人種思想を強く持っている領地では、これよりもさらに厳しい制約が課せられる。
例として、スプリタでは領主であるダンパへの誓いと共に、就労する亜人種に対しては反乱防止用の魔術が必ず施されるのだ。
それが『誓いの儀』である。
以下の内容を就労者である人間種の者と、役場から派遣される監視員の前で復唱した後、反乱防止用の生体魔術が施される仕組みになっている。
・一つ、亜人種はツイールカム王国に忠誠を誓う事。
・二つ、亜人種は人間種に対して従順に従う事。
ーただし、治安職に就いている亜人種のうち、領主や国家に対して反抗的な人間種に遭遇した場合はこの限りではない。
・三つ、ノトレ家の者に対して反抗的・反逆的な行動を行わない事。
・四つ、領主であるダンパへの忠誠を誓い、手取りの給与の一割を納付する事。
・五つ、上記のルールに従い、違反した場合には罰則を無条件で受ける事。
これはこの街で合法的に働いている全ての亜人種に施されている。
キャバレーで働いている亜人種であっても、ユニコーンの辻馬車の運転手をしているベルも、警備隊長として職務を務めているマンデルですら例外ではない。
人間種はダンパに対して好意的であったり、優遇措置を受けているため不満を抱いている人間は殆どいないのだ。
故に人間種に関してはこの誓いの儀は免除されている。
人間種であるアリスはこの誓いの儀を行わなくてもいいのだ。
その反面、反亜人主義思想を領法に組み込んで徹底した管理体制下に置く。
この誓いの儀を拒否している亜人種の多くは、ダンパの行為に反発しているという理由で誓いの儀を行っていない。
そのため、こうした誓いの儀を行っていない亜人種への迫害や差別が平然と行われているのが実情だ。
アムールも、そんなダンパに反発して誓いの儀を拒否している亜人種の一人だ。
「あのデブの下に忠誠を誓わされるなんてまっぴらごめんだ。もう死んでもやりたくない」
「やはり嫌ですよね……」
「当たり前よ……施された魔術を剥がすのはかなり痛いんだから……」
「えっ……剥がせるのですか?」
「なんだ、知らないのかい?あの魔術は剥がせるのさ、表面の肉と神経を削る必要があるけどね……」
「表面の肉と神経を……」
「こうやって……ほら、私は一回剥がしたんだよ。闇医者に頼んでもらってね」
「それはっ……」
アムールは左腕の布を捲って、アリスに痛々しい傷を見せる。
腕の部位は本来毛皮で覆われているはずなのだが、生体魔術を施されていた箇所がくっきりと毛皮の部分がはぎ取られている。
これはアムールが闇医者に頼んで行った手術痕である。
二人に手術痕を見せながら、アムールは過去の事を語る。
「最初に入らされた職場が最悪なところでね……亜人種が乱暴をされるような場所だったんだ……」
「そんなに……酷い所だったのですか?」
「そうよ……彼らは亜人種の女なら何をしてもいい……そう言って、乱暴してくるのよ……」
「……」
「私はそれが嫌だった。特に、自分より弱い相手に……されるがままに自分を汚されていくのが耐えきれなかったわ……」
アムールの職場はブラック企業という名前が相応しい場所であった。
夕方5時に起床し、夕飯を食べてから仕事に取り掛かる……。
夜の仕事だ。
アムールの仕事は、物好きな人間種を中心に女性が相手をもてなして接待をする仕事。
詳細は伏せるが、日本で例えるなら風営法に該当する場所で働いていたのだ。
ダンパが経営しているキャバレーに関係する系列店とだけ言っておこう。
その場所では、兎獣人やハーフリングなどの種族が客から指名される事が多い。
可愛らしく、少女のような見た目も相まって人気なのだ。
ベルも何度かそこで働いたことがある。
一回の金払いは良い。
故に、多くの亜人種の女性が一夜限りの相手をする。
アムールは猛獣としての容姿も相まって、好んで彼女を選ぶ客は少なかった。
鋭い目つき。
ガッチリとした屈強な肉体。
虎系の亜人種ということもあってか、指名されない日も多かった。
だが、アムールにとって指名されない日が一番幸せな時間でもあった。
なぜなら、物珍しさであったり亜人種の女性を屈服させてやりたいと思っているサディスト向けの【商品】としてアムールは弄ばれたのだ。
店のオーナーとの契約で、彼女は客からどんなに乱暴な事をされても反撃できないようにされてしまったのだ。
誇り高いティーガーにとって、心を許した相手以外との交わりは禁忌に等しかった。
故に、アムールは生体魔術を施されて種族としての誇りを失った自分自身を恨んだ。
亜人種への恨みつらみなどを晴らす目的で朝まで暴力を振るわれたこともあった。
だが、アムールは一年近くこうした苦痛に耐えて生活していたのだ。
精神と肉体が屈強であったが故に耐えきれた。
……だがある日。
オーナーがアムールを金持ちの遊び道具として売りさばこうとしているのを耳にしてしまった。
「オーナーが私を売ろうとしているのを聞いてしまったのよ」
「売る……?でも、アムールさんは店の従業員だったのでは……?」
「従業員?そんな大層な名前じゃなかったのよ……」
「アリスさん、亜人種の場合は商品として取引されているんです……」
「そんな……それじゃあアムールさんは……」
「男たちの道具ってワケ……」
「……」
「金持ちの遊び道具として売られた亜人種の末路は知っている……心も身体も壊れるまで徹底して弄ばれる……そこにティーガーとしての誇りも名誉もなくなるのよ……」
「それで……逃亡したのですね」
「そうよ、オーナーの隙を見計らって脱走したわ。……で、闇医者に頼んで手術をしたというわけ」
魔術師によって生体魔術を施され、故意に術を剥がしたりすれば激痛が走る。
それに、神経にまで魔術が施されていることも相まって、切除は難しい。
生体魔術を故意に切除するのは重大な領法違反であり、領法によって厳しく罰せられる。
懲役5年以上が確定している刑罰を与えられるのだ。
雇用主から断りなく逃げ出したりした場合には、領主に対する反逆と見なされて逮捕され、再教育という名目で収容所に収監される。
それ故に生体魔術の切除手術は素人が行えるものではなく、限られた医師でしかできない。
故に、アムールの行った行為はかなりリスキーであったが、手術は成功したのだ。
手術後のアムールは素性を隠して働いていたが、飲み仲間と一緒にダンパを悪口を言ったところを密告されて、現在に至る。
仮に、善意でアムールを雇用しようとしても生体魔術を嫌っている彼女を説得するのは難しい。
現にアムールは、アリスに対して生体魔術に否定的な言葉を口にしながら尋ねた。
「それで……私に誓いの儀と共に反乱防止用の生体魔術を再びさせるつもりなのかい?」
その問いにアリスは首を横に振った。
「いいえ、誓いの儀はともかく……アムールさんに反乱防止用の生体魔術を施す予定はありません」
「えっ……」
アリスの発言に、アムールは面を食らった顔をした。
横にいたラーマも同様である。
アリスは続けて、アムールにこう言った。
「反乱防止用の生体魔術を無効化する魔法を施します。表面上は反乱防止用の生体魔術をしているようにすれば問題ありませんから。就労契約においてはそちらが優先されるためです」
予想外の回答に、アムールとラーマは固まってしまったのである。




