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2-2:身分

アリスがスマートボールの図面で修正を加え終えると、鐘の音が鳴り響く。


重々しく、そして街全体に響き渡っている。


一定の間隔で鳴っているため、時刻を知らせるための合図なのだ。


アリスはそのことに気が付いて、腕時計を見る。


時刻は午前7時丁度であった。


時間ピッタリに鐘が鳴るようだ。


再びアリスが外を眺めると、高い塔に取り付けられた鐘が大きく揺れている。


鳥たちが羽ばたき、奥の方に見える無数の煙突から黒煙が噴き始める。


「あれは……工場かしら?」


異世界にも工場のような施設が存在しており、歴史の授業で習ったようなレンガ造りの建物から黒煙がモクモクと噴き上げている。


噴き上げている工場の煙……。


ここから察するに、少なくとも近世から近代時代相当の技術力のある国であることが分かる。


丁度、産業革命時代のイギリスみたいな光景だ。


先ほどまで目先の安価亭に置かれていたスープは完売し、隣の店も「午前分完売」の看板を掲げている。


それを示すように、昨日来た直後には分からなかったが人々が身に着けている服装も多種多様だ。


早朝は労働者階級の人が多くいたが、今スフレの目の前を歩いている人々の服装は背広を見に纏った人々が多く出歩いているのだ。


(皆さん背広姿ですね……先ほどの人達は如何にも労働者階級という感じでしたが……今の時間帯の人達はそれなりに裕福な服装ですわね……)


作業用のズボンやシャツを着こんでいたドワーフなどとは打って変わって、機能面よりも自身の身なりと地位を示している。


まさに彼らを監督する人であったり、そうした人々を雇っている中流階級の出と思われる人々が通勤を始めているからだ。


タキシードであったり、その服装の上にシルクハットまでも被り、付添人までも従えて歩いている人の姿すら見受けられる。


そして、それらの人々の多くが人間種ばかりであった。


妙な違和感がベルの心の中に蠢く。


(ベルさんもそういえばハーフリングでしたっけ?先ほど問屋として赴いた方々はリザードマンや獣人の方でしたし……ドワーフは作業用の服を身に着けていましたわね……)


昨日会ったベルのようなハーフリングであったり、スフレに仕入れを行っていた問屋のリザードマンや獣人などが身に着けている姿はどこにもない。


ユニコーンの辻馬車の運転手であったり、人間種以外の付添人に関しては、黒を基調とした服であったり、メイド服のような服装で出歩いている。


つまるところ、人間種以外で背広を着ている男性陣がいないのだ。


また、斜め向かい側の邸宅から背広を着てシルクハットの帽子を被った初老の男性がいる。


その後ろを人間種以外の男性たちがゾロゾロと付き従う光景をアリスは目撃する。


彼らは男性とは違い、統一した黒一色の服装であった。


リザードマンが初老男性に日傘を差し、隣ではコボルトが今日の予定を語る。


「旦那様、本日の予定はこの後すぐにダンパ様との会談となっております」

「ダンパか……このところ税収が芳しくないからな。その件で詰めてくるだろう」

「事前に資料を用意しましたが……」

「有り難いが、資料に少しばかり()()()()()おいておけ、数値が悪ければあの人は怒り狂うだろう。少しだけ数値を良い数値にするだけだ」

「畏まりました。昼食はどうなさいますか?」

「そうだな……今日はキャンセルしておこう」

「では、アルゼン様を通じてキャンセルをお伝え致します」

「……あのレストランは亜人種お断りの店だからな……すまんが、対応をしておいてくれ」

「畏まりました」


これが意味するのは、人間種以外の人種の地位が低い事を意味する。


(……もしかして、この町では人間種が優性であるという考え方で成り立っているのではないでしょうか……?だとしたら、価値観なども現代人から見れば低いのかもしれません……)


人々を観察したアリスが感じたのは、この町における身分階級の中でも人間種以外の亜人種系では、地位などが制約されている可能性が高いという点を察したのだ。


地球でも第二次世界大戦後まで欧米では白人種が優性とされており、黒人やアジア人などの有色人種が公的な場で差別を受けていた時代があったのだ。


肌の色ですら差別が公然と成されていた時代が地球にもある故に、この世界では人間種以外の種族が職業や居住なども制限されている可能性が出てきた。


(もしかして……この町では人間種以外の人達は……いえ、まだ決まったわけではありませんし、もしかしたら深く指摘してはいけないタブーかもしれません……)


ダンパの統治はあまりよくないという話をベルから聞いている。


その事も相まって、尚更そういった何気ない会話で身分差別に当たるワードを踏み抜けば、それこそ日本のとは比べ物にならない程の地雷が起爆するだろう。


下手をすれば、命に係わる案件になりかねない。


(ベルさんにはさり気なく聞いてみるぐらいがいいですわね……)


ベルに聞いた方が無難だ。


この町、いや……元居た世界には居なかったリザードマンや獣人といった他種族に関するNGワードなどを聞いた方がいいだろう。


(あら、噂をすればベルさんがやってきましたわね)


そこに、ベルがやってきた。


偶々早起きしたベルが朝食も食べようとスフレにやってきたのである。


昨日と同じ、辻馬車に乗ってきたのである。


窓を開けていたアリスはベルに挨拶をする。


「ベルさん、おはようございます」

「おはようございますアリスさん。もう起きていらっしゃったのですか?」

「ええ、ちょっと図面で不備の箇所を直していたところです」

「あの……部屋に入ってもいいですか?」

「勿論!今鍵を開けておきますわね」


ベルを部屋に招き入れたアリス。


ベルは昨日のお礼と言わんばかりに改めてアリスにお礼を述べた。


「昨日はありがとうございました。お陰様で妹たちにお菓子をお土産で渡すことができました」

「それは良かったですわ、喜んでもらえたのであれば何よりです」

「はい……おかげさまで……」

「折角ですし、備え付けの保温器で紅茶でも飲んでみますか?」

「ありがとうございます、いただきます」


朝の一杯は格別だ。


それが紅茶なら尚更価値が高い。


ベルにとって滅多にできない贅沢だ。


現代日本みたく、紅茶がそこら辺で売っていないからだ。


売っているのも紅茶10グラム、銀貨1枚に匹敵する高級茶葉ばかりだ。


アリスの部屋に備え付けられている紅茶も、そんな高級茶葉として有名な紅茶である。


既に保温器の中にはお湯が入っている。


そのお湯を使って紅茶をティーポットに淹れて、ゆっくりと注ぐ。


慣れた手つきであった。


アリスの母親がイギリス人だったこともあり、母親と似て紅茶にはかなり通であった。


ティーポットに注いだ湯をゆっくりと混ぜてから、ティーカップに注ぐ。


量が均等になるように注ぎ、ベルの座っている椅子の前まで持ってくる。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「パトリシアさんが来るまでに、のんびりしていましょうか」

「そうですね……」


アリスはベルと雑談をしながらパトリシアが部屋にやってくるのを待つことにした。

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